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第67話 統合命令

 南部穀倉地帯――アウレリア平原。王都から馬で三日の距離にある、王国最大の農地帯だ。


 朝霧が晴れきらぬうちに、王宮の紋章を掲げた騎馬隊が到着した。村の広場に、布告書が掲げられる。


『農地統合命令』


 静かなざわめきが広がった。


「統合……?」

「うちの畑が?」


 布告の内容は明確だった。


・一定面積未満の農地は統合対象

・収穫効率向上のため区画再編

・希望者は大規模農場の雇用へ移行


 合理的だ。読み違えようのない文面で、余白にも救いは書かれていない。だが。


「うちは三代続いてるんだぞ」

「土地は家族だ」


 声は怒号ではない。戸惑いと、不安だった。


 ――


 王宮。


「第一波の反応が出ました」


 農政官が報告する。声の調子だけは、報告のたびに少しずつ低くなっていた。


「暴動はありません」


「抗議は?」


「嘆願書の提出が増えています」


 理性的な反発。それが最も厄介だった。斬れる相手がいないという点で、帝国の圧力と形が似ている。


 アリシアは、淡々と資料を見る。


「収穫予測は」


「三年後、二割増」


「短期の落ち込みは」


「初年度一割減」


 計算通りだった。だが数字の外にあるものは、この表に載らない。


「王女殿下が動いています」


 補足が入る。レオンハルトが顔を上げた。


「どこへ」


「南部へ視察」


 沈黙。


「単独か」


 従者も、記録係も連れていない。


「護衛のみ」


 アリシアは、わずかに眉を動かした。


「民と直接話すつもりね」


「止めるか」


 レオンハルトの問いだった。


「止める理由はありません」


 だが声は硬い。理由がないことと、望ましいことは違う。


 ――


 アウレリア平原。セレナは、簡素な外套姿で農民と向き合っていた。王女の装いではない。


「統合すれば、効率は上がります」


 村長が言う。統合の利点を、彼は自分の口で先に並べた。


「だが土地は、俺たちの誇りです」


 老農の手は、土で荒れている。


「若い者は雇用でいいと言うが」

「俺はここで死にたい」


 セレナは、静かに耳を傾けた。反対の声は、激情ではない。ただ、守りたいものの声だった。


「収穫が増えれば、国は強くなります」


 セレナは言う。


「ですが」


 一瞬、言葉を選ぶ。


「その強さは、皆さんの誇りを奪う形であってはなりません」


 農民たちは、驚いたように彼女を見た。


「王女様は、反対なのか」


「いいえ」


 静かな否定だった。


「国は強くならなければなりません」


「ですが」


「皆さんが納得できる形でなければ、続きません」


 その言葉は、穏やかだ。だが力がある。彼女は一度も、統合をやめるとは言っていない。


 ――


 同時刻、王宮。リュカが、報告を受けていた。


「南部で抗議」


 届いた報告を、リュカは最後まで読まずに畳んだ。


「予定通りです」


 淡々と答える。


「統合を早めるべきです」


「強行すれば、反発が拡大します」


「拡大前に終わらせる」


 冷静な声だった。


「感情は、時間を与えると増幅します」


 彼の目は、揺れない。合理は加速する。止める重石を、まだ誰も彼に持たせていない。


 ――


 夕刻、セレナが王宮へ戻る。レオンハルトが迎えた。


「どうだった」


 外套の裾には、乾いた土がついたままだった。


「理性的な反発です」


「暴動は」


「ありません」


「だが」


「納得していません」


 短い報告だった。そこへアリシアも現れる。


「視察の結果は」


 問いは短い。答えを聞く前から、返ってくる言葉の見当はついている。


「時間が必要です」


 セレナは、まっすぐに言う。


「説明と参加の場を」


「三年は短い」


 アリシアの声は低い。


「三年後に依存を減らせなければ」


 言い切らずに止めたのは、続きを二人とも知っているからだった。


「分かっています」


 セレナは頷いた。


「ですが急げば、民は離れます」


 沈黙が落ちた。どちらの言い分にも、退ける材料がない。レオンハルトが言う。


「段階実施だ」


「南部は説明期間を延長」


「他地域は調査継続」


 アリシアは、わずかに息を吐いた。


「了解しました」


 決定は、妥協だった。だが火は消えていない。


 アウレリア平原では、夜になっても農民たちが語り合っている。


「国のためだと言う」

「だが俺たちはどうなる」


 合理は正しい。だが正しさだけでは、人は動かない。統合命令は出た。


 その夜、語り合う輪から離れて、老農が一人、畑の端に立っていた。


 明日、この線から向こうは、彼の土地ではなくなる。


 彼は線の手前に座り込み、朝までそこにいた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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