第52話 経済査定
翌朝、帝国使節団は王国財務院を訪れていた。祝意の名目で来訪したはずの使節団が最初に求めたのは、舞踏会ではない。帳簿だった。
「再編後の税収推移、月別で」
帝国側の文官が、静かに言う。声は穏やかだが、視線は鋭い。王国の官僚が、綴じたばかりの資料を差し出した。
カイゼルは、無言でページをめくる。数字だけを見て、感想は言わない。紙をめくる間隔が最初から最後まで一定なのが、かえって落ち着かなかった。
「……均衡している」
小さく呟く。
「短期的な借入も抑制されている」
ユリアン宰相が、補足する。
「無駄は削減されています」
アリシアは、少し離れた位置でそれを見ていた。ここは彼女の戦場ではない。だが、彼女の設計図が卓の上に開かれている。
「資源輸入比率は?」
カイゼルが、唐突に問う。王国側の官僚が、一瞬詰まった。
「……鉄鉱石は三割、穀物は二割を輸入に依存」
「主な供給元は」
「帝国、および北方連合」
沈黙が落ちた。カイゼルは、ゆっくりと資料を閉じる。
「再編は内政特化型だ」
断定だった。
「内側は整えた。だが外に依存している」
それは、事実だった。レオンハルトが、低く言う。
「交易は相互利益だ」
「当然だ」
カイゼルは頷いた。
「だが依存比率は力関係を生む」
穏やかな言葉だが、重い。王国の官僚たちの間に、緊張が走った。
「仮に」
カイゼルは、視線を上げる。
「鉄輸出を一時停止すれば?」
空気が凍った。仮定の話だ。だが、できる。
「王国の軍備更新は遅延する」
さらに続ける。
「穀物価格を調整すれば、市場は揺れる」
脅しではない。計算だ。アリシアが、静かに口を開いた。
「帝国は、そうしますか」
視線がぶつかる。カイゼルは、少しだけ笑った。
「合理的であれば」
否定はしない。レオンハルトが、拳をわずかに握る。
「王国は、敵対するつもりはない」
「我々もだ」
即答だった。
「だから査定している」
査定。その言葉が、重く落ちた。友好か敵対かではない。価値があるかどうか。それが帝国の基準だった。
「再編は優秀だ」
カイゼルは続ける。
「だが自立していない」
その言葉は、刃のように静かだった。
――
会議のあと、王宮の執務室。
「……弱点は、そこか」
レオンハルトが、低く言う。
「ええ」
アリシアは頷いた。
「再編は崩壊を防ぐ設計」
「拡張ではない」
「そう」
内側を整えることに集中した六か月だった。だが外部供給のリスクは、手つかずのまま残っている。
「対策は」
「短期では無理」
正直な答えだった。
「国内鉱山の再開発は時間がかかる」
「農地拡張も同じだ」
沈黙。カイゼルは、そこを見抜いた。彼は戦を仕掛けていない。ただ、構造を理解しただけだ。
「彼は、攻めるか」
レオンハルトが問う。
「攻めない」
アリシアは即答する。
「条件を出す」
依存を、契約に変える。それが帝国のやり方だった。
「……同盟か」
「名目は」
実質は、影響力の拡大だ。
――
一方、宿舎。
「王国は脆い」
カイゼルが、静かに言う。
「内部は整った。だが外部刺激に弱い」
ユリアンが問う。
「圧力をかけますか」
「まだだ」
即答だった。
「まずは提案する」
「条件付きで」
穏やかな侵食。それが最も効率的だと彼は知っている。
「ヴァレンシュタインは理解している」
カイゼルは、窓の外を見た。
「だから面白い」
彼女は敵意を見せない。だが妥協もしない。
「試してみよう」
王国の合理は、どこまで通用するか。
王都の空は、穏やかだった。だがその下で、数字はすでに武器になっている。
次に来るのは――友好の名を借りた、条件提示だった。




