第53話 友好提案
帝国使節団滞在四日目。王宮会議室には、いつもより少ない人数しか集められていなかった。公式交渉ではない。だが実質は、これが本番だった。
レオンハルト、アリシア、軍代表ヴァルク将軍、財務官。そして対面に、カイゼルと宰相ユリアン。無駄な前置きはない。
「提案がある」
カイゼルは、簡潔に言った。机の上に置かれたのは、数枚の書面だった。
「第一に、関税の相互引き下げ」
「第二に、鉄および穀物の長期安定供給契約」
「第三に、帝国商会の王国内常設拠点設置」
静かな声だった。だが、内容は重い。財務官が書面をめくる。
「条件は……優遇価格?」
「五年間固定」
破格だった。市場価格より低い。ヴァルク将軍が、低く言う。
「軍需鉄材も含まれるか」
「含む」
即答。室内が静まった。
これは“好条件”だ。短期的には、王国にとって大きな利益になる。
「見返りは」
レオンハルトが問う。
「帝国商会の税制優遇」
カイゼルは淡々と答える。
「そして港湾利用権の一部共同管理」
それは、書面の末尾に置かれた小さな一文だった。だが、重い。港湾は物流の要であり、軍事にも関わる。ヴァルクの視線が鋭くなった。
「共同管理とは」
「監査権の共有」
支配ではない。だが、内部に入る。
アリシアが、初めて口を開いた。
「経済的な安定を保証する代わりに、
帝国は王国の動脈に触れる」
カイゼルは、わずかに笑う。
「言い方次第だ」
「違いますか」
「違わない」
正直だった。沈黙が落ちる。レオンハルトは、ゆっくりと書面を閉じた。
「これは同盟か」
「経済協定だ」
「軍需供給を含む以上、同盟に近い」
カイゼルは、目を細める。
「王国は、自立を望むか」
問いは直球だった。
「それとも安定を優先するか」
部屋の空気が、重く沈む。
アリシアは、静かに資料を見つめた。数字だけを見れば悪くない。いや、優秀だ。短期リスクは激減する。だが。
「この条件では、依存度が上がる」
彼女は、淡々と言う。
「供給を握られたままでは、交渉の余地が消える」
ユリアンが、穏やかに返した。
「供給を止める理由はない」
「合理的であれば、でしょう」
アリシアの声は冷たい。カイゼルは、否定しない。
「帝国は、感情で動かない」
「それが、脅威よ」
沈黙が落ちる。ヴァルク将軍が、低く言った。
「軍は、他国の管理下に入らない」
「管理ではない」
「監査も同じだ」
軍人の直感は鋭い。
レオンハルトは、視線を落とした。再編で内側を整えた。だが外の圧力には、まだ備えていない。この提案は、王国の弱点を正確に突いている。
「回答は即答しない」
彼は、静かに言う。
「精査する」
「構わない」
カイゼルは頷いた。
「七日」
期限。短い。だが十分だと彼は判断している。
「七日後、正式回答を」
立ち上がる。交渉は、ここで終わった。
――
会議室を出たあと。廊下で、ヴァルクが言う。
「殿下。受けるべきではない」
「理由は」
「港を触らせるな」
軍人の言葉は単純だ。
「一度触らせれば、二度目は容易い」
レオンハルトは、無言で頷いた。
アリシアは、窓の外を見る。中庭に立てられた帝国の旗が、風もないのにかすかに揺れていた。
「条件は悪くない」
彼女が呟く。
「だが構造が悪い」
「断るか」
「断れば、圧力が来る」
短い言葉だった。
「価格操作。供給調整」
合理的に、合法的に。レオンハルトは、息を吐いた。
「選択を迫られている」
「ええ」
アリシアは、淡々と答える。
「安定か、自立か」
その言葉は、重い。王国は今、戦争をしていない。だが、理と理の戦場に立たされている。
七日。短い猶予だった。
王宮の廊下は、いつも通り静かだ。その廊下の途中で、レオンハルトが足を止めた。
「七日だ」
「ええ」
「……七日で、お前は何手先まで見る」
「見えるところまで」
答えになっていない。それを、彼はもう咎めなくなっていた。




