第20話 命の危機は突然に
いつもの日本家屋内風景が、数日前からちょっと変わってきている。
「母様、し」
「師匠!塩をどうぞ」
シュウの欲しい物を察して誰よりも早く渡すコウ。
仕事を終えて帰れば、家は綺麗に掃除され、さらに
「皆様お仕事お疲れ様です!お風呂沸かしておきました!!」
コウが庭掃除をしながら笑顔で出迎えてくれる。
「夕飯何にしようかな~」
「あぁ!ワタル様!!食事は私が!!ゆっくりしていて下さい」
「「母様じゃなきゃやだー!!」」
「そ、そんな・・・」
コウの献身的な働き姿がここ数日の真下家の日常光景となっている。
アッサムの執務室でのやりとり以降、コウは堂々と家に入り浸っている。本人は主の住環境を整えているだけだと言うが、そもそも、真下家はコウの居候を許可していない。
何度も亘が「家の事は自分たちで出来るからやらなくていい」と言っても「なんと謙虚な方々なのだ!!」と聞き入れず。シュウが「教える事なんてない。弟子とかいらない」とコウの弟子入りを拒否すれば「教える事がない、それすなわち真の継承者として認められたという事ですね!!!ありがとうございます。今後も師匠の教えを守り続けますね!」とポジティブに捉えてやっぱり聞き入れてくれない。しかも「弟子はいらない」の部分を歪曲して受け取り『シュウに認められた唯一の愛弟子』を自称し始めた。これに怒りだしたのがブラコン気味でもあるセイだ。「俺は最高に愛される唯一の弟!」とコウに張り合っている。
そんな訳で、どう言っても出ていかないポジティブストーカー改め居候コウが真下家の新メンバーとなった。
コウが来て、料理以外の家事をしなくてよくなった亘は空いた時間を使って、シュウ、セイと共に日々この世界の勉強をしている。家庭教師はもちろんコウだ。コウやダリンジー、アッサムにはもう亘が異世界人という事は告げている。家を見られている以上どう頑張っても取り繕える自信が亘にはなかったし、嘘をつく必要性も感じなかったからだ。
家族が増え、知識も増えてきたが、亘たちの日々は以前と変わらず平凡そのもので仕事して、家族とテレビ見て笑って、夕飯メニューに頭悩ませ、休日は庭という名の森でピクニックしたり市場行ったりとゆったりとしたものだった。
亘がこの世界に来てからの日々ほとんどがゆったりとしたもので、本気で驚いたのはシュウと対面した時くらいだ。それ以降は最強セコムのシュウが傍にいたので、元来の楽天的な性格と平和な日本で生まれ育った事もあり、魔獣潜む森も見慣れぬ街でも危機感持たず平気でウロウロと徘徊していた。
だから、今両手を後ろに結ばれ、冷たい牢に入れられている状況に置かれても『映画のエキストラになった気分だなぁ』と変に冷静だった。
「この状況でも泣き叫ばないとはさすが、あの男の従者なだけあるな」
亘を見下ろし太った中年男性は、フンと鼻を鳴らして呟く。
この太ったおっさん、誰?
従者って言った?誰?俺??誰の??は??
いや、そもそもここどこだよ。
目まぐるしく亘の頭をたくさんの『?』が浮かぶ。状況がさっぱり分からない。それが余計亘を『なんかこういうシーン映画で観たな』と冷静にさせていく。人間は驚きすぎると逆に冷静になるのかもしれない。始終真顔でいる亘に、何を勘違いしたのか男は「余裕でいられるのも今の内だけだ」とこれまたよく聞くフレーズを残して去って行った。
いや、だから誰だよアンタ
亘の疑問は一つも解決されないまま時が過ぎる。
そもそもなぜ、亘がこのような状況になっているかと言えば至極簡単拉致されたからだ。しかも、白昼堂々と職場、騎士団詰所内男子トイレで行われたのである。
どうしてそのような事態が起こったのか、それはいくつかの不幸と亘の優しさが重なった結果だ。
基本仕事は2人1組で動くのだが、本日相方は昼過ぎからお腹の調子が悪かった。掃除場所がちょうどトイレだったのをいいことに長く個室に籠り一人孤独な戦いを繰り広げていたので亘はその時一人だった。さらに場所も悪かった。人通りの多い執務室や事務局がある階ではなく、1階奥の備品置き場に近い人通り少ないトイレだった。さらに亘は優しさで相方が個室トイレで頑張っている音が漏れないようスマホで音楽を流してあげていたので、相方はドアの向こうの異変に気づくことが出来なかった。
易々と拉致された亘は、こうして現在石造りの暗い牢に転がされている状況に陥った。
「今、何時頃だろ・・・シュウたちお腹空いてないかな」
現実逃避する亘が思うのは、突然消えた母を心配しているだろう子供たちの事だった。
「あいつら心配・・・してるよな。はぁー、マジなんだよこの状況。俺普通のしがない掃除夫なのに・・・」
ぶつくさ文句を言いながら、亘は周囲を見渡す。先ずは縄を取らない事には何も始まらない。
「ほんと、何で俺なんだよ!ふざけんなー!おりゃおりゃおりゃおりゃー!!!!!」
大声で叫びながら、亘は縄を石に擦りつける。摩擦で切ろうと考えたのだが、如何せん後ろ手という不自由な態勢の為なかなか擦るスピードは上がらない上に確認出来ない。結局、揺らす肩だけが疲れただけだった。
「こういうピンチの時に、秘められた力が開花するのが物語の鉄則じゃないか!!くそー!やっぱ何か力もらっておけば良かったー!!」
「ようやく自分の状況が分かったか?お前の主がどう森を攻略しているのかを吐けばよいだけだ」
「うわっ!?さっきの・・・主?」
突然きた先程の男が不明な単語を発する。主と言われ思い付くのは雇用主の騎士団長アッサムだ。彼女の事を言っているとして、今度は『森を攻略』の意味が分からない。キョトン顔で亘もまた男を見つめる。
「調べはついてるからな、誤魔化しはきかんぞ。あの東の剣士はどうやってあの森を攻略しているんだ!!」
「え!?コウ!!?なんで??」
「お前、主を呼び捨てとは・・・やはり、唯の主従関係ではなさそうだな。あの、最年少教官が突然就任したのも偶然等ではなかろう」
「最年少って、セイの?いや、だから全然話が見えないんですけど・・・??」
「ふん、凡人ぶっているが、大体の検討はついている。お前の『どこにでもいるような地味な容姿と目立たない個性』・・・周囲の目を誤魔化す為の演技だろ?なかなか上手いな。どうやったらそんな完璧に魔力を消す事が出来るのか教えて欲しいな」
「・・・凡人凡人言われるとさすがにへこむ。ハートも普通仕様なんでこれ以上抉るの止めてもらっていいですか?」
「見事な普通ぶりだな。徹底しているとは素晴らしい。だが・・・大方お前は密偵だろう。簡単に捕らえられたのも業とか?残念だが、お前の魔力が外に漏れないよう複雑な結界を張っているからな。仲間は来ないぞ。ここを破ろうと思ったらかなりの時間を使うからな。お前を吐かす時間はたっぷりあるということだ」
「マジか、俺の存在感のなさ密偵レベルなのかマジか」
「「そんな事ない。母様は神」」
己の普通っぷりを全肯定されへこむ亘の耳に、よく聞く台詞と声が聞こえた。
「シュウ・・・と、セイ?だよな??」
マザコン度100%の台詞を言う時点で息子たちなのは間違いないのだが、亘は思わず確認する。なぜなら、シュウを背に立つセイの格好が
「な、なんで天狗?」
セイ?は浴衣を着て天狗の面を装備しているので男だけでなく亘も困惑している。
困惑しているうちに背後に控えていたシュウは部屋全体を覆う程巨大化し、触手の口を開き威嚇する。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
その恐ろしい姿を前に、平静を保てる訳もなく、男は腰を抜かしアワアワと狼狽え亘のいる方向に後ずさる。
セイ?はゆっくりと右手をあげ、男に向かって手を振る。その瞬間、男と亘の間にあった牢の鉄柵が切れる。
「母様、迎えに来たよ。帰ろう!」
天狗の面を外して、笑顔で駆け寄るセイ。男の事は完全にスルーして、亘の縄を切ると手を引いてシュウのとこに戻る。
「ありがとうな、2人とも。心配かけてごめん。怪我とかないか?あと、セイはなんでそんなの付けてるの?わざわざ浴衣まできて。似合ってるけどさ」
「ありがとう!かっこいい??侍っぽくない?木刀も持ってきたんだ!」
「副団長が、暴れるならせめて正体は隠してねっていうからお面持ってきたの。隠せば何してもいいって」
「そうか・・・何してもいいとはたぶん言ってないと思うけど。俺はほら、無事だったわけだしさ、ね?帰ろうか」
「「ダメ」」
「・・・やっぱり?」
超絶マザコンの2人がこのまま簡単に引き下がらないだろう事は容易に想像つく。それだけ愛されている自負が亘にはあったからだ。
「お前、よくも母様を・・・絶対に許さない」
「兄さん、一発で仕留めないでよ。俺にも残しといて」
「・・・程ほどにな」
「ひぃぃ!どうか、どうか命は!金ならあるんだ!!」
触手魔族と右手が武器変形している少年。対するは顔面真っ青で命乞いする太った中年男性。もはやどちらが悪役なのか分からない構図だなと、第3者的立場で亘は眺めていた。




