第16話 お母さんは心配性
ダリンジーからの突拍子もない申し出を受けて数日。食堂の人々から惜しまれながらも退職し、ついに騎士団内部への侵入を成功させた真下家一同(ただの転職)
どんな話で通したのか、亘とセイはダリンジーが来た翌日にはダリンジーの上司である騎士団団長との面会を行い、その場で採用された。
騎士団と騎士予備生をいれて軽く100人はいるのだが団長はそれら全てを統括している凄腕の人物だ。どんなハードでダンディな人なのだろうかと期待と緊張で執務室に亘たちが入ると、そこにいたのは燃えるような紅色の髪を高い位置で結っているグラマラス美女だった。
これは、これでいい・・・
最初に亘が抱いた感想だ。
正直「思ってたのと違う」とは思ったが、豊満な刺激的ボディとそれを覆う騎士団独特のかっちりとした制服。そこに追加される「上官」というカテゴリー。最高だ。最高だが女性経験が全くない上にこちらに来てから女性と関わる機会すらなくなっている亘にはかなり刺激が強かったようで、扉を開けた状態で固まってしまった。脳内ではすごい速さで女上官の可能性を繰り広げてはいるのだが。
そんな出だし最悪な面接であったにも関わらず、団長のアッサムは即日採用してくれたので亘の方が驚いてしまったくらいだ。
「えぇ!?いや、そんな名前を言ったくらいで採用って・・・俺が言うのも何ですが、それで大丈夫なんですか???」
「あっはっはっは!!ワタルは心配性だな!!!!心配はないさ、ダリンジーや前の職場、利用者の騎士たちに君の事は聞いていたからね。真面目で働き者だと皆言っていた。安心して任せられるよ。問題は・・・・そちらだな」
少しの間の後、アッサムは亘の横に立っていたセイに目を向ける。
「セイです」
「シュウです」
短く自己紹介する2人。シュウはセイの後ろから四方に触手を伸ばし団長を見下ろす。
団長には全て話を通していると、副団長ダリンジーに言われていた亘たちは最初から隠すことなく正体を明かす。さすがに『森の主』を初めて見たアッサムもシュウの見た目と溢れる魔力の強さに緊張の面持ちだ。
「本当に・・・我々を攻撃する意思はないのでしょうか?貴方はずっとあの森で我々人間を襲う準備をしていると思われていました。・・・正直、戸惑っています」
「ない。僕はお前たちなんてどうでもいい。母様とセイだけいればいい。その為にお金が欲しいからここにきただけ。本当は・・・国襲う方が楽だけど、それは母様がダメって言うから」
「当たり前だろ!!」
「母様真面目すぎ」
「これが普通なの!!!どこの世界に子供の犯罪を薦める親がいるんだよ!」
「えぇーーー」
先程の緊迫した空気は飛散し、目の前にいる最強魔物は母親に甘えるただの子供に見える。
完全に信用した訳ではないが、相手の出方や身体能力を測る上でも自分の近くに置いた方が今後最適と判断したアッサムはシュウとセイの教官就任を許可した。さすがにこの高レベルで騎士候補生は無理があるとの判断と、騎士たちに困難な壁を与えて奮起してくれればいいという少しの下心ありの采配だった。
すんなり転職活動に成功した亘の新生活は、忙しくはあるが比較的充実した日々だった。
騎士団詰所以外に、騎士候補生の養成所、騎士団の訓練所に宿舎全ての清掃が亘の仕事内容だ。仕事内容自体は簡単なものだが如何せん広い敷地内全てとなると一日中動き回るので終わる頃にはクタクタになっている。
それでも職場の人々は親切で、たまにお菓子もくれる。年配の人が多いこの職場で亘は完全に子供扱いだった。
22歳で日本では平均体形の立派な大人なのだが、こちらでは小柄で顔も童顔でとても大人に見えないのだろう。その上その若さでそこそこ大きい息子を一人で養わなくてはならない状況に、周りはかなり同情的だった。
食堂にいた頃よりも給料も上がり、職場環境もいい。そこだけ見れば亘の新生活は最高そのものだ。
そう、亘だけみればいいスタートだった。
「ワタルさん助けて下さい!!!セイ教官が!!!」
亘が詰所廊下の窓を拭いていると、一人の青年がボロボロの状態で頼み込んできた。ここで働き初めて呼び出しをくらった数は10を越える。「またか・・・」と思いながら青年について騎士訓練所に駆けつけるとそこには、騎士に馬乗りになってボコボコにしている可愛い我が子の姿があった。
無表情で殴り続けるセイと、意識のない青年。他にも横たわっている青年たちが数人いる。中には泣いて許しを乞う者もいる。その状況にため息つきつつ、このままでは死者が出てしまうので制止の声をかける。
「セイ!もう止めなさい!」
「母様!!どうしたの??俺に会いに来てくれたの??」
先程までの無表情はどこかにいき、満面の笑みを浮かべて亘に抱きつくセイ。輝くような笑顔に、しばし見惚れて放心する負傷者たち。余りのセイの変わり身に引き気味なのはこの場で亘だけだ。
「セイ~!!何度目だ!ちゃんと制御しながらやりなさい!お前は指導者としてここにいるんだぞ。分かってるの??」
「そいつらが、本気でお願いしますって言ったからやっただけだし。そもそも、俺はまだ本気出してない!手加減してる!」
セイの「手加減」と言う台詞に驚愕する騎士団たちの「あれで!?」という突っ込みはスルーして、亘は再度ため息をつく。
教官に就任したセイを受け入れられない騎士はまだ多い。子供のセイに教えられる事がプライドの高い騎士たちには堪えられなかったようだ。だからセイを挑発する。「実力をみせてみろ」と。結果はセイの全勝だ。しかも、そのどれもにシュウは手を貸していない。本気を出していないセイだけで勝てるので、団長のアッサムは国から受けた『森の主討伐』がどれほどの無茶振りだったか再確認し頭を抱え、ダリンジーはセイの無双っぷりに「俺達弱~!!討伐行ってたら死んでたね~うける!」と腹を抱えて笑っていた。
セイの強さの認知度が上がると、今度は「自分と勝負お願いします!」という熱血タイプが増えてくる。「頼みは出来るだけ断らない主義」の亘に育てられているので、そういう人はきちんとボコボコにする。たまに「蔑んで下さい!!!」という特殊性癖な奴らもくるがそういう人には全力で無視しなさいと亘は教えている。
セイの指導方法はシンプルに「見て覚えろ。体に叩き込め」の実践スタイルだ。というか、セイ自身がシュウにそう教わって身に付けたのでそれ以外の教えかたを知らないのだ。セイが就任してから医務室に毎日人が運ばれている現状に、完膚なきまでに叩きのめされて、育つ前に騎士たちの心が折れるのではないかと、亘は毎日ハラハラしている。それは頼まれた職務を全うしなくてはという真面目さ故だ。
そんなスパルタな教えでも、戦闘センスの高さと見た目とのギャップもあって着々とセイほ信者を増やしつつある。亘はそこも心配している。
他者からすればセイの圧倒的な強さに敵う人間などいないのに亘の目には『自分が守るべき存在』というフィルターがかかっているので、毎日シュウには「セイをよろしくな」と護衛を頼み、セイには「知らない人には着いていったらダメだぞ」と口酸っぱく言い聞かせている。
毎日屈強な騎士たちをボコボコにしている姿を見ても、亘の心配が尽きる事はない。
無表情でボコボコにする鬼教官を完全に子供扱いするワタル自身も有名になりつつあることを彼らはまだ知らない。




