第17話 月に一度の贅沢は
「真下家第2回家族会議を行います」
「「はい」」
夕食を終えた後、すぐにテレビをつけようとしたセイを止め亘は重々しくそう切り出した。
「明日は・・・・給料日です!!!!!」
「やったー!!!」
「よっしゃあぁぁぁぁぁ!!俺いくらだろう??楽しみ!!」
「慣れないなかセイもシュウもありがとう。そこで俺からの提案です!明日はどこかでご飯食べて帰ろう!せっかく街に行ってるのにずっと家と職場の往復じゃ味気なさすぎ!なので今日の議題は明日何を食べるかです!ただしテイクアウト限定でお願いします。はい、セイさん!」
「はい!1番街にすごい人気のサンドイッチ店があるって聞いた!そこは?」
「そこ、ダリンジーさん行きつけの店みたいだけどいい「やっぱなしで」・・・OK。シュウは?」
「中央の公園が、夕方になったら屋台街になるって聞いた!そこは??」
「屋台!いいじゃんいいじゃん!!セイは??」
「行く!いっぱい買おう!」
「じゃあ、明日は屋台街で食い倒れだー!!!」
「「おぉーーーー!!」」
テンション高いまま夜は明け、屋台に期待膨らましたまま過ぎる勤務時間。
ニヤニヤしながらいつも以上にダイナミックな動きで清掃に力をいれる亘。
クールな鬼教官と恐れられるセイは、今日は目が輝き高揚した様子でいつも以上に訓練指導に熱が入る。
そんな悲鳴止まらぬ訓練場に笑顔のダリンジーがやって来た。その姿を捉えた途端セイは死んだ魚のような目になり舌打ちまでする。露骨に『早く消えろ』という態度を前面にだす。
それを分かった上であえてスルーのダリンジーはセイに近寄り、ウインクしながらセイの給料明細書を見せつける。普通は会計部から各部署に配布され手渡されるので、指導部所属のセイに騎士団管理職のダリンジーが届けに来るのはおかしいのだが彼はわざわざしなくてよい仕事を引き受け、わざわざ渡すためだけに執務室から対極に位置する訓練場に足を運んでいるようだ。
『副団長って暇なんだな』と一人で勝手に納得するセイ。
『また、団長に仕事押し付けて遊んでるな副団長は・・・団長もワーカホリックだからなぁ。婚期が益々・・・』と団長に同情する訓練中の騎士たち。
心情は様々なようだ。
「これな~んだ?正解!セイの給料明細で~す!!」
「・・・ありがとうございます。そこに置いて下がって下さい。両手は上に」
「ちょっと~俺わざわざ!わざわざ持ってきたのに~!!そんな犯人みたいな対応しないでよ~。渡すついでにセイの働きぶりを見に来た~。推薦人としては心配だからさぁ~」
「問題ない。今までは軽い体術しかやってないけど、来週からはもう少し難易度を上げる」
(((あれで!?あれで軽いの!??来週どうなるの!??死ぬ?死ぬよね???)))
セイの無慈悲なセリフに悲壮感漂う訓練場。その様子を面白げに見ながらダリンジーは給料明細書と給料を手渡す。
「はい、今月分。といっても途中からだから少ないけどね。来月はその3倍はあると思うよ」
「・・・こんなに?まだそんなに入ってないのに??」
「言ったでしょ??うち、給料いいんだよーって。ママさん楽にさしたげなよ~」
「うん。ありがとう」
給料を両手で抱きしめ、セイにしては珍しく素直にダリンジーにお礼を伝える。
セイは初めて労働の対価をもらいその達成感に感激していた。そんなニコニコしながら給料を抱きしめる姿は年相応に見え、珍しく笑うその姿に、ダリンジー含め今までセイにボコボコにされていた騎士たちは暫し呆けてみている。
そんな視線に気づかないセイは、『お金をもらう以上適当なことは絶対出来ない。来週の難易度は考えてたやつより倍のレベルにしよう。それくらいしなきゃ悪いよな』と、より鬼畜な訓練メニューを考えていた。
「それ何に使うの~??」
「??母様に渡すけど??」
「え?全額!??欲しいのないの!??」
鬼畜な訓練メニューを考えていたセイに、ダリンジーは気になっていた疑問をぶつける。セイも亘も仕事が終わればすぐに自宅に帰るし、休日も家に引きこもっていると聞いた。セイくらいの年齢の子供は欲しいものが尽きないものだが、真下家の経済状況はなかなか逼迫していると聞いたのでセイはかなり我慢していると思っていた。多少は今回の給料で好きな物を買うとばかり思っていたダリンジーは驚愕し、まだまだ子供のセイを不憫に想い、好意で提案する。
「あぁ~・・・セイさ、今度俺と出かける??何か欲しいのがあったら俺がかお」
「え?絶対嫌です」
「最後まで言わせてよ!」
その行為はセイ本人から秒で断られてしまった。
「欲しい物ないの~??お菓子とか服とか~」
「欲しい物・・・」
そう言ったきりセイは黙ってしまった。欲しい物が全く思いつかなかったからだ。その後いいタイミングで昼休憩に入ったので、セイはいつもならすぐに亘に会いに行くのをやめ、人目につかない訓練場端の大木にもたれてシュウに相談する。
「兄さんは欲しいのある??これは2人で稼いだ給料だから二人で使おう」
「ん~・・・そう言われて欲しいのない。セイ使いなよ。セイのほうがずっと頑張ってるから」
「そんなことない!兄さんがずっと助けてくれるから・・・でも本当に俺が欲しいのない。服もあるし本も玩具もあるし・・・」
「そうだね」
2人はそもそも物欲が少ない上に、大体の物は祖母が家に揃えてくれていた。服は現代日本製の物なのでこちらでは浮くが、セイと亘には制服が支給されているので街にいる間はそれを着て、家では祖母が用意してくれた物を着る生活を送っている。だから生活する上で不便を感じた事がなかったのだ。なにせ以前は風呂にも入れないような不衛生な教会と、家すらない森で過ごしていた2人にとっては今の生活は天国のようなものだった。
「う~ん・・・やっぱり母様に渡して少しでも楽させてあげよう!欲しい物思いつかないし!」
そう結論付けた2人は、亘が待つ集合場所に向かいそのまま持っていた給料明細ごと亘に渡す。2人の頑張りを褒めた亘だったが、給料をそのまま家に入れると言った途端慌てて付き返す。
「ダメダメダメ!これは2人が頑張って稼いだお金なんだから2人が好きに使いなさい。家の事は大丈夫だから。心配しない!!」
何度言っても受け取らない亘に、2人は再び給料の使い道に悩む事になる。
悩んだ末午後練が始まる前に、セイは普段なら近づきもしない場所に足を向けた。
「いらっしゃ~い!!どうしたのどうしたの??セイから会いに来るなんて~!!!!」
「それ以上セイに近づいたら首絞める」
「はい、近づきません。神に誓います」
セイが向かった先はダリンジーの執務室だった。他に相談する相手が思いつかなかっただけなのだが、満面の笑みで出迎えるダリンジーにセイは引き気味で、シュウは警戒心丸出しで応対する。
「母様が、給料受け取ってくれなかった。どうしたら受け取ってくれるんだろう?」
「ん~・・・やっぱママさんは親として子供からお金は受け取りたくないんじゃない?セイたちの好きに使って欲しいんだよ」
「でも、僕たち本当に欲しいのない。母様に喜んでもらえたらそれでいいのに」
「じゃあ~、その給料でママさんに何かプレゼントしたら??初給料で親に何かを贈るっていうのは結構皆やってるよ~」
「「プレゼント・・・」」
それは思いつきもしなかったが、候補にあがるとそれ以外考えられない程魅力的な給料の使い方だと思った。問題は何を贈るかだ。
「ママさんの好きなものって何~??酒?甘味??宝石・・・は、なさそうだね」
「「母様が好きな物・・・」」
そう考えて2人には思いつく物があった。常々よく亘が口にしているものがあるのだ。
「ダリンジー・・・さん。あのさ、俺欲しいものがあるんだけど・・・」
「・・・・・・・・あぁーそれは難しい~!!あっ、でも2番街の端にある店になら・・・」
ダリンジーに教えられた店に向かう2人。午後からの訓練は許可を得て自主訓練にさせてもらった。その日訓練に割り当てられていた騎士たちは皆拳を上に向け暫しの休息に歓喜した。
その日の夕方。仕事を終えた亘は給料を手にニマニマしながらセイとシュウを待っていた。
何食べようかなー
屋台街ってどんな感じなんだろう。祭りの屋台みたいな感じなのかな?それとも座って食べる感じ?
あぁ!すげー腹減ってきた!!!
「母様!!!お待たせ!!」
「セイ!!待ったよって・・・・何それぇぇぇぇぇ!??」
「母様へのプレゼント!!俺と兄さんから!!」
「え?えぇぇぇぇぇ~????何で・・・何でフランス人形???」
急いで駆けてきたセイの手にあるのはまさしく『フランス人形』。ウェーブかかった金髪碧眼の精巧な作りをしている赤子サイズのフランス人形だ。着ているドレスも華やかでより人形の可愛さが際立っている。しかし、なぜ2人は成人男性の亘にフランス人形をプレゼントしようと思ったのか。
「母様?いらなかった??好きじゃない??」
大喜びしてくれると思っていた反応と違い、亘はずっと困惑の表情を浮かべている。それを好みではなかったと判断したセイはしょんぼりと切なげな表情になる。
「え!?いやいやいや!!嬉しい!嬉しいよ!!2人からまさかプレゼントをもらえると思ってなかったからビックリしただけ!!ありがとう!!大事にするね!・・・ところでなぜフランス人形??」
「良かった!!だって、母様いっつも言ってるじゃん『カノジョ欲しい』って!だから本当はカノジョを買おうと思ったんだけどダリンジーが『カノジョはまだセイには買えない』って言うから・・・俺が大きくなったらカノジョ買ってあげるね!それまではその娘がカノジョでいい??」
「ええっと・・・どこから突っ込めばいいんだ・・・まずね、彼女は買えないから。買えるならもう買って・・じゃなくて、そうか・・・俺いつも言ってたっけ?それをダリンジーさんに言っちゃったの?」
「うん!え?カノジョ買えないの?ダリンジーが買える店もあるけど、そこは年齢制限があるから俺には無理だって言ったのに。あいつ嘘つきやがったな!!とっちめてやろう」
「僕も手伝う。今すぐ行こう」
「待て待て待て!ある!彼女売ってる店あるよ!分かったわ、どんな店か。あのな、その店の彼女は短い時間しか俺の彼女になってくれないの。だから俺は、ずっと俺の傍にいてくれるこの娘がいいな!本当にありがとう!!わーぃ、初彼女がフランス人形って俺すげー」
ダリンジーの言う『彼女販売店』がどんなものなのか察した亘は、偽情報を掴まされたと憤る息子二人を落ち着かせる為に人形を抱きかかえ嬉しがる。若干後半は棒読みになってしまったが致し方ない。
明日から、ダリンジーさんとどう接していけばよいのか、それが当面の問題だ。
亘の喜びように満足した2人は、良い買い物をしたと誇らしげだ。
そんな2人からのサプライズを、プレゼント内容はともかくその心遣いが嬉しく亘の表情も緩む。3人の周りはほのぼのとした空気が流れていて亘たちは気づかないが、この一連の流れが行われているのは騎士団詰所入口なのだ。つまり、帰宅する人に溢れているわけで、翌日から会話の一部分だけを聞いた通行人たちによる尾ひれ背びれが付いた噂が広がる。
副団長ダリンジーは如何わしい愛玩人形店の常連である。




