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EP 7

現場の後の「至福の賄い(まかない)」と、泣き虫の人魚姫

役人たちが涙目で床をピカピカに磨き上げ、逃げるように村を去った日の夜。

村長宅の広いダイニングでは、尊の「新任フィールドマネージャー就任」を祝うささやかな歓迎会が開かれようとしていた。

「いやぁ、あの尊さんのモップ捌き(簀巻き)! 最高にスカッとしました!」

キャルルが特注の安全靴をパタパタさせながら笑う。

「せやな。あの手際、ただモンやない。ワイの算盤でも弾ききれん逸材やで」

ニャングルが煙管を吹かしながら頷き、ダイヤも「本当にデタラメなんだから……」と苦笑しながらも嬉しそうだ。

だが、尊の視線は祝賀ムードのテーブルではなく、部屋の隅でひっそりと夕食を広げている一人の少女に釘付けになっていた。

芋ジャージに健康サンダル姿の人魚姫、リーザ。

彼女の前に置かれているのは、タローソンでもらってきた『パンの耳』、どこかで拾ってきた『茹で卵』、そして公園で摘んできた『雑草のサラダ』だった。

「リーザちゃん、こっちのご馳走食べないの?」

キャルルが気遣って声をかけるが、リーザはツンと顔を背けた。

「ふ、ふんっ。トップアイドルたるもの、施しは受けないの! パンの耳のカリカリ感こそ、発声練習の顎の筋肉を鍛えるのに最適なんだから……ぐきゅるるるるるっ」

盛大に鳴り響く腹の虫。リーザは涙目で雑草を齧り始めた。

「…………」

その凄惨な光景を見た尊の眉間が、ピクリと引きつった。

彼の中で『食品衛生責任者』と『調理師』の資格が、激しい警報アラートを鳴らしていた。

「……おい。その雑草、きちんと洗浄と熱処理はしたのか?」

「えっ? 公園の水道でジャバジャバしたわよ?」

「寄生虫や微小な毒素(汚れ)の除去プロセスが甘すぎる。それに、その圧倒的なタンパク質とビタミン不足。栄養失調は現場のパフォーマンス(アイドル活動)を著しく低下させる『バグ』だ」

尊は立ち上がり、一直線に厨房へと向かった。

「大和様? 何を……」

リバロンが目を丸くする。

「歓迎会だろう。なら、新入りの俺が『賄い』を作るのが現場の流儀だ。厨房と備蓄庫を借りるぞ」

尊はMA-1を脱ぎ、ボーダーシャツの袖をまくり上げた。

水場に立つと、素早い手つきで徹底的な手洗いと器具の消毒(アルコール殺菌)を行う。その一切の無駄がない動線と衛生管理の完璧さに、執事であるリバロンすら息を呑んだ。

「素晴らしい……。あの流れるような殺菌工程。プロ中のプロです」

尊が選んだ食材は、ポポロ村の特産品だった。

「肉厚の『肉椎茸』、そして万能穀物『米麦草サンライス』か。それに『月見大根』と『醤油草』……。十分すぎる」

タンッ、タンッ、タンッ!

小気味良い包丁の音が響く。

尊は肉椎茸を絶妙な厚さにスライスし、熱したフライパンで香ばしく焼き上げる。そこに醤油草から抽出したエキスを絡め、ジュワァァッ! と食欲を暴力的に刺激する香りが部屋いっぱいに広がった。

「な、なにこのいい匂い……!」

ダイヤがゴクリと喉を鳴らす。

「はい、お待たせしましたわー!」

ルナが善意で『ハニーかぼちゃ』を大量に錬成しようとするのを、尊は「糖分の過剰摂取はNGだ」と物理的に制止しつつ、手際よく盛り付けを完了させた。

「待たせたな。『肉椎茸の特製ステーキ丼』と『月見大根のおろしスープ』だ」

テーブルに並べられたのは、ツヤツヤに輝くサンライスの上に、分厚い肉椎茸のステーキがどっさりと乗った極上の丼。仕上げに刻み海苔とワサビが添えられている。

「……さぁ、食え。アイドルなんだろう。現場で倒れられたら労災処理が面倒だ」

尊はリーザの前に、一番大盛りの丼をドンッと置いた。

「わ、わたしは施しは……っ」

強がるリーザだったが、肉椎茸から立ち昇る芳醇な香りと醤油の焦げた匂いに、本能が完全に白旗を揚げた。

「い、いただきます……!」

スプーンでサンライスと肉椎茸をすくい、一口放り込む。

「――っ!?」

瞬間、リーザの瞳孔が開いた。

肉のようなどっしりとした食べ応えと、キノコ特有の爆発的な旨味。そこに醤油草の香ばしさと、ワサビのツンとした爽やかさが完璧なハーモニーを奏でている。さらに月見大根のスープが、胃袋に温かく染み渡る。

「おいひぃ……っ! なにこれ、おいひぃぃぃぃぃっ!!」

ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、リーザは顔をぐしゃぐしゃにして丼をかき込み始めた。

パンの耳と雑草で飢えを凌いでいた彼女にとって、尊の作った完璧な栄養バランスと味覚の暴力は、まさに劇薬だった。

「ほ、本当に美味しい! こんな深い味、帝国軍のRCIR(高級レーション)でも食べたことないわ!」

ダイヤも夢中で頬張る。

「んふぅ~……お肉じゃないのに、闘気が満ちてくる気がしますぅ!」

キャルルも安全靴をパタパタさせながら満面の笑みを浮かべる。

ルナもキュララも、そして静かに食べていた龍魔呂も、微かに口角を上げていた。

「見事です、大和様。胃袋を掌握するのも、また優れたマネジメントの一つ」

リバロンが深く一礼する。

「ただの『労働環境の改善』だ」

尊は照れ隠しのようにタバコを取り出すと、ふらりと外の縁側へと出た。

二つの月が照らす、ポポロ村の静かな夜。

部屋の中からは、リーザのおかわりを要求する声や、みんなの笑い声が聞こえてくる。

(……悪くない現場だな)

尊はポケットから、使い込まれたブルースハープ(ハーモニカ)を取り出した。

そして、静かに息を吹き込む。

プァーー、パララ、プァー……。

奏でたのは、陽気でテンポの良い『おおスザンナ』のメロディ。

清掃スタッフたちと過酷な現場を乗り越えた後に吹く、士気をブーストさせるための一曲だ。

「あ、尊さんがなんか吹いてる!」

キャルルたちが縁側に顔を出す。

「ええ曲やないか。手拍子したるわ!」

ニャングルが算盤でリズムを取り始め、リーザが「私も歌うわ!」と即興でハミングを合わせる。

夜風に乗って、ハーモニカの軽快な音色と手拍子が村に響き渡った。

女神のくしゃみで落とされた異世界。理不尽な環境と未知のバグだらけの世界。

だが、大和尊という一人の現場責任者は、自らの腕と知識だけで、この『ヤバい村』に完全にシフトイン(受け入れられた)したのだった。

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