EP 8
土壌汚染と不法侵入者。危険物取扱者の「害虫駆除」
ポポロ村の朝は早い。
尊は支給された作業着(村の仕立て屋がMA-1を模して作ってくれた頑丈な服)を羽織り、朝日が昇ると同時に村のインフラ点検を開始していた。
「……土壌のペーハー(pH)値が少し酸性に傾いているな。雨水の影響か。後で石灰を撒いて中和しておくか」
『造園技能士2級』の知識を持つ尊にとって、陽薬草や月見大根の畑も、管理すべき重要な「現場」の一部だ。指先で土の感触を確かめながら、独自の環境アセスメントを済ませていく。
その時だった。
――ウゥゥゥゥゥンッ!!
突如、村中にけたたましい警戒サイレンが鳴り響いた。
同時に、村を覆う透明な『魔導防衛フィールド』の北側の一部が、ジュウッという不気味な音を立てて白煙を上げ始めた。
「なんだ!?」
「尊さん! 北の森から、魔物の群れが!」
特注の安全靴を履いたキャルルが、自警団を率いるダイヤと共に駆けつけてきた。ダイヤの手には、物騒な『魔導誘導バズーカ』が握られている。
尊が視線を向けると、防衛フィールドの外側に、異常な光景が広がっていた。
黒光りする金属の装甲を持った、体長2メートルほどの巨大な蟻の群れ。その数、ざっと五十体。
機械の駆動音を響かせながら、口の砲塔から黄緑色の液体――『強酸』を吐き出し、村の防衛フィールドを溶かそうとしているのだ。
「あれは……『死蟲機』の死蟻型! なんでこんな緩衝地帯に!?」
ダイヤが焦った声を上げる。
「一気に吹き飛ばすわ! みんな、バズーカの射線を――」
「待て、撃つな」
尊はダイヤのバズーカの砲身を、片手でスッと押し下げた。
「えっ? なんで!?」
「アレの腹部タンクに入っている液体は、極めて濃度の高い強酸だ。爆発物で吹き飛ばせば、酸が霧状になって周囲に飛散する。村の土壌が完全に汚染されるぞ」
尊の目は、死蟲機を『敵』としてではなく、処理すべき『有害危険物』として分析していた。
「強酸性の液体……俺の世界の消防法で言えば『危険物第6類(酸化性液体)』に該当する厄介な代物だ。しかも機械仕掛けの自律型ドローンとなれば、力任せの破壊は二次被害を生む」
「じゃあ、どうするのよ! このままだと結界が溶かされちゃう!」
ダイヤが悲鳴を上げる。
「簡単なことだ。酸を無力化しつつ、機械の構造的弱点を突いて機能停止させる」
尊はスッと息を吸い込み、右手に握ったURデッキブラシを前に構えながら、防衛フィールドの外へと一人歩み出た。
「ブラシ、材質変更。柄は軽量かつ高硬度のチタン合金。ブラシ部分は耐酸性フッ素樹脂コーティング」
尊の意思に応え、URデッキブラシが瞬時に最適な『清掃用具』へとカスタマイズされる。
防衛フィールドから出てきた尊を見るや否や、最前列の死蟻型三体が、一斉に強酸の液を噴射してきた。
触れれば骨まで溶ける死のシャワー。
「大和様!」
背後でリバロンが叫ぶ。
だが、尊は慌てることなく、テフロン加工されたURデッキブラシを頭上で回転させ、傘のように展開した。
ジュジュジュジュジュッ!!
ブラシの毛に強酸が直撃するが、耐酸性100%のURブラシは一切溶けない。それどころか、『汚れを落とす(浄化)』の機能が発動し、酸の持つ毒性と腐食性を瞬時に「ただの水」へと中和してしまった。
「よし、液状汚れの中和(無害化)は確認した。次は解体作業だ」
尊の瞳に、冷徹な『機械設計技術者』としての光が宿る。
(所詮は機械だ。関節の駆動系、シリンダーの配置、装甲の継ぎ目……全て手に取るように分かる)
無双流・遊撃の構え。
尊の体が、文字通りブレた。
「シッ!」
鋭い呼気と共に、尊は死蟻型の群れの中へ飛び込んだ。
フィリピン武術『エスクリマ』の変則的なステップで強酸の射線を完全に躱し、チタン合金となった柄で、機械の「最も脆いジョイント部分」だけを正確に打ち抜いていく。
ガァンッ! ギィンッ! バキャァッ!!
甲高い金属音と共に、死蟻型の脚がもげ、顎が砕け、次々とバランスを崩して倒れ伏していく。
力任せに装甲を砕くのではない。機械の「構造的弱点」にピンポイントで運動エネルギーを流し込み、機能不全に陥らせているのだ。
さらに、倒れた機体から漏れ出す強酸の液体を、尊は戦闘のステップのついでにデッキブラシでササッと撫でていく。
「こぼれた洗剤は、その場で拭き取るのが現場の鉄則だ」
ブラシが触れた瞬間、強酸は光の粒子となって消滅していく。
敵を破壊しながら、同時に環境の清掃(原状回復)を完璧に行う、異常すぎる一石二鳥の戦闘。
「……凄まじい。あれだけの数の死蟲機を、土一握り汚すことなく処理していくなんて……」
リバロンが感嘆の溜息を漏らす。
「尊さぁん! かっこいいですぅー!!」
キャルルがぴょんぴょんと跳ねて歓声を上げた。
開始からわずか三分。
五十体いた死蟻型は、ただの一滴の酸も周囲に撒き散らすことなく、すべて「ただの鉄くず(粗大ゴミ)」へと変わっていた。
「……よし。害虫駆除、完了だ」
尊はデッキブラシを肩に担ぎ、汗一つかかずにセブンスターを取り出して火を点けた。
平和な村を脅かした鋼鉄の脅威は、現場責任者の徹底した「衛生管理」の前に、手も足も出ずに掃除されてしまったのだった。
だが、その様子を遠くの森の奥から、双眼鏡で観察している一つの影があった。
『……ホゥ。我が死蟲機を一瞬で……。面白い人間がいたものだナ』
道化師の格好をした魔人、ギアン。
彼は気味の悪い笑みを浮かべ、手にした鎌を軽く振り回した。
ポポロ村の「大掃除」は、まだ終わっていなかった。




