EP 5
ポポロ村到着。新現場の「環境衛生チェック」
森を抜けると、そこには絵に描いたようなのどかな田園風景が広がっていた。
青々と茂る『陽薬草』の畑、丸々と太った『月見大根』の畝。遠くでは農家の人々が笑い合いながら作業をしている。
「ここがポポロ村よ。ルナミス、レオンハート、アバロンの三大国の緩衝地帯になってる、平和な村」
ダイヤが誇らしげに案内する。
確かに、牧歌的で争いとは無縁に見える村だ。
だが、尊の目はまったく別のものを捉えていた。
(……いや、偽装が甘いな)
『建築物環境衛生管理技術者(ビル管理士)』、そして『第一種衛生管理者』の資格を持つ尊の視線は、村の景観ではなく「インフラと構造」を冷徹にスキャンしていた。
(畑の横にあるあの不自然な盛り土。あれは地下シェルターへの通気口だ。しかも村の四隅にある小屋、あれは農機具入れじゃない。対空用の魔導砲座が格納されている。極めつけは広場の石畳の配置……いざという時に魔導戦車を展開させるための、完璧な放射状の動線だ)
「平和な村」というダイヤの言葉とは裏腹に、この村は完全に要塞化されていた。
「ほら、村長の家に着いたわよ。ちょっと変わってるけど、いい子だから」
案内されたのは、村の中央にあるひときわ大きな木造建築。
中に入ると、エントランスの奥からパタパタと軽い足音が聞こえてきた。
「あ、ダイヤちゃんお帰りなさーい! 無事でよかったぁ」
現れたのは、長い兎の耳を持った可憐な少女だった。
ラフで動きやすい服装に、足元はなぜかゴツい特注の『安全靴』を履いている。
「紹介するわ。この子がポポロ村の村長、キャルルよ。キャルル、こっちは森で私を助けてくれた大和尊。すごく強いのよ」
「初めまして、尊さん! キャルルです。ダイヤちゃんを助けてくれて、ありがとうございますっ!」
キャルルがぺこりと頭を下げる。
その愛らしい笑顔の奥に、常人離れした身体能力と膨大な闘気が隠されていることを尊は見抜いたが、表情には出さなかった。
「大和尊だ。少しの間、この現場(村)で厄介になりたい。もちろん、対価として雑務や設備保全は引き受ける」
「現場……?」
キャルルが小首を傾げたその時、音もなく奥から一人の男が現れた。
「お客人、遠路はるばるご苦労様でございます。まずは喉をお潤しください」
漆黒の燕尾服を完璧に着こなした、長身の男。
人狼族特有の鋭い瞳と、一切の隙がない洗練された所作。ポポロ村の宰相兼執事、リバロンだった。
彼は銀のトレイから、淹れたての陽薬茶が入ったティーカップを尊に差し出した。
尊はそれを受け取り、一口含む。
「……良い水だ。硬度も適切で、茶葉の抽出温度も完璧。水源の濾過システムがしっかり機能している証拠だな」
「おや。お褒めいただき、光栄の至りに存じます」
リバロンが恭しく一礼する。
だが、尊はティーカップをソーサーに置き、周囲をぐるりと見渡して言葉を続けた。
「だが、村の『インフラ整備』と『安全衛生管理』については、いくつか看過できないバグがある」
「は……?」
ダイヤが素っ頓狂な声を出す。
「まず、村の地下にある避難用シェルター。換気効率(空気環境の調整)が悪すぎる。あの通気口の配置では、長期滞在時に二酸化炭素濃度が基準値の1000ppmを確実に超える。さらに言うなら、村を覆う魔導防衛フィールドの発生装置。北西のジェネレーターの出力が僅かに落ちているせいで、防壁に直径2メートルの死角ができているぞ」
しんと、部屋の空気が凍りついた。
ダイヤは目を丸くして尊を見ている。
「ちょ、ちょっと大和? なに言ってるの? 地下シェルター? 防衛フィールド? この村はただの農村で――」
「――ダイヤ様」
リバロンの低く、冷たい声が遮った。
先ほどまでの穏やかな執事のオーラが消え、絶対的な捕食者である人狼の闘気が静かに漏れ出している。
彼の瞳孔は細く収縮し、尊の一挙手一投足を値踏みするように睨みつけていた。
リバロンの内心は驚愕に包まれていた。
ポポロ村の軍事設備は、彼と一部の幹部しか知らない最高機密だ。ルナミス帝国の内務局ですら全容を把握していないそれを、この男は村を一瞥しただけで、しかも『換気効率』や『結界の死角』という具体的な数値レベルで看破してみせたのだ。
「……大和様、と仰いましたね。貴方様は、一体何者なのですか? ルナミスの密偵、あるいはレオンハートの特務機関……?」
いつでもネクタイを刃に変えられるよう、リバロンの手が首元へとゆっくり伸びる。
一触即発の空気。
だが、尊はまったく動じることなく、ポケットからセブンスターの箱を取り出しながら、平然と答えた。
「買い被りすぎだ。俺はただの清掃会社のフィールドマネージャー(現場責任者)だよ」
「清掃……会社……?」
「そうだ。俺の仕事は、現場の汚染状況と構造的欠陥を洗い出し、『原状回復』することだ。防衛設備の点検も、空調の管理も、俺にとっては日常業務に過ぎない」
マッチで火をつけ、紫煙を細く吐き出す。
「安心しろ、俺は敵じゃない。むしろ、この現場の『環境改善』を提案してやれる立場だ。……契約する気はあるか?」
唖然とするダイヤ。
目を輝かせるキャルル。
そして、警戒を解かないものの、口元に微かな笑みを浮かべるリバロン。
「……ふふっ。清掃員、ですか。これはまた、とんでもない『劇薬』が村に迷い込んだものです」
こうして、規格外の現場責任者・大和尊は、三大国の闇が渦巻くポポロ村への入場を完了したのだった。




