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EP 4

戦術的戦傷救護(TCCC)と、人体に対する「シミ抜き」作業

「……くっ、あぁっ……」

ジオ・リザードの猛毒を受けたダイヤは、木の根元に背を預けたまま苦しげな息を漏らしていた。

傷口周辺の皮膚は赤黒く変色し、徐々に全身の感覚が麻痺していくのがわかる。

(まずい……解毒用のポーションは、前回の任務で使い切ってたわ……)

朦朧とする意識の中、ダイヤの前に一つの影が落ちた。

先ほど、デタラメな棒術――否、掃除用具で魔獣の群れを瞬殺した男、大和尊だ。

「敵の無力化(CUF)は完了した。これより戦術的野外救護(TFC)に移行する」

尊は独り言のように呟くと、ダイヤの横に片膝をついた。

「おい、意識は保てるか。毒の回りは?」

「……ジオ・リザードの麻痺毒よ。すぐには死なないけど……数時間は動けな……ひゃっ!?」

ダイヤが悲鳴を上げたのは、尊が躊躇いもなく彼女の装甲の隙間に手を入れ、インナーの肩口をナイフで手早く切り裂いたからだ。

あらわになる白い肌と、痛々しい裂傷。

「ち、ちょっと! 何するのよこの変態!」

「騒ぐな。患部の露出と汚染状況の確認だ。日本赤十字社の救急法でも基本中の基本だろうが」

「にほんせきじゅうじ……? 何それ……っ」

尊は傷口を冷静に観察した。

血管に沿って毒の変色が広がっている。血流を止め、毒を吸い出すのがセオリーだが、手持ちの装備に医療キットはない。

しかし、彼の手には『絶対に壊れず、どんな汚れも落とす』URデッキブラシが握られていた。

「……そもそも『毒』とはなんだ? 人体という正常な環境に入り込んだ、異物であり汚染物質だ」

尊は咥えていたタバコを携帯灰皿に捨てると、真剣な眼差しでデッキブラシを見つめた。

「つまり、毒も『汚れ(シミ)』の一種に過ぎない。俺の管轄だ」

「は……?」

ダイヤが間の抜けた声を出すのも無理はない。

尊はあろうことか、その清掃用のデッキブラシの先端を、ダイヤの生傷に押し当てようとしていたのだ。

「ま、待って! 嘘でしょ!? 傷口をそんな硬いブラシでゴシゴシする気!? 痛い! 絶対痛いから!」

「安心しろ。材質は最適なものに変更してある。極細の天然獣毛と医療用シリコンのハイブリッド・ソフトブラシだ。赤子の肌より柔らかい」

「そうじゃなくて! 衛生観念どうなってるのよぉ!」

半泣きで抵抗しようとするダイヤの肩を、尊は左手でガッチリと固定した。

「動くな。――シミ抜き(ディープ・クレンジング)、開始」

尊が静かに念じると、デッキブラシのヘッドから、淡い浄化の光が溢れ出した。

そして、その極めて柔らかいブラシで、ダイヤの傷口を優しく、かつ素早く撫でるようにブラッシングしていく。

「あ……れ……?」

ダイヤは思わず声を漏らした。

痛くない。それどころか、ブラシが肌を滑るたびに、体内に侵入していた不快な熱や痺れが、嘘のようにスーッと引いていくのだ。

ブラシの毛先が、傷口から紫色の毒液(汚れ)だけを文字通り「吸い出し」、光の粒子へと変えて消滅させていく。

「な、なにこれ……私の体に回っていた毒が、消えて……」

「ただの『汚れ落とし』だ。ついでに、傷口の細胞組織も『原状回復』させておく」

尊がブラシを数往復させると、あろうことか裂けていた皮膚がみるみるうちに塞がり、傷跡一つない元の白い肌へと戻ってしまった。

「…………」

ダイヤは完全に言葉を失った。

ポーションでも回復魔法でもない。ただの『清掃作業』で、致命傷になりかねない毒傷が完治したのだ。

「よし、清掃完了だ。……気分はどうだ?」

ブラシを肩に担ぎ直し、尊が顔を覗き込んでくる。

至近距離にある彼の顔は、整ってはいるが、どこか仕事終わりの職人のような無骨な色気があった。

さっきまで容赦なく魔獣を圧殺していた冷徹さと、傷口を撫でる時の信じられないほど優しい手つき。

「あ、えと……」

そのギャップに、ダイヤの顔がカァッと熱くなる。

自分の肩口がはだけていることにも気づき、彼女は慌てて布をかき寄せた。

「だ、大丈夫……。毒も抜けてるし、痛みもないわ。……その、助けてくれて、ありがとう。私はダイヤ。ダイヤ・マーキスよ」

大和やまと たけるだ。清掃会社のフィールドマネージャーをやっている」

尊は立ち上がり、ダイヤに手を差し伸べた。

ダイヤはその大きな手を取り、立ち上がる。

「それで、大和。あなた、これからどうする気? 見たところ、流れの冒険者みたいだけど」

「いや、今日からこの現場(世界)に配属されたばかりでな。まずは状況把握と、安全なベースキャンプの構築が急務だ」

尊は周囲の森を見渡し、ビル管理士の目つきで言った。

「この辺りで、十分なインフラ……安全な水と寝床が確保でき、かつ情報が集まる場所はないか?」

ダイヤは少し考え込み、思い当たったように顔を上げた。

「……ここから少し歩いた緩衝地帯に、『ポポロ村』っていう小さな村があるわ。私もそこを拠点にしてるの。宿屋もあるし、一応の設備は整ってるはずよ」

「ポポロ村か。いいだろう、案内してくれ」

尊は満足げに頷き、再びセブンスターを取り出して火を点けた。

女神のくしゃみによって異世界に落とされた現場責任者は、こうして最初の目的地を定めた。

彼が向かうその村が、三大国の思惑が交錯する「ヤバい村」であることなど、今はまだ知る由もなかった。

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