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残ったヒトは、ひとつきり  作者: Zacky


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3/7

Phase 7:意思なき意志

設定だけ決まってても時間食うもんだなあ

夕暮れの訓練場に、二つの影が長く伸びている。打ち合いを終えたばかりの体を地面に投げ出すと、隣に腰を下ろした男は、こちらを見ずに壁の向こうを眺めていた。橙に染まった空を、鳥の影がひとつ横切っていく。遠くの作業区画からは、規則正しく何かを打つ音が、まだ低く響いていた。「外には、何があると思う」「さあな」短く刈り込んだ髪が、夕陽を受けて赤く光る。男は右の拳を握り、開き、また握った。「何があろうと、この壁の内側だけは、な」そう言って笑った横顔から、笑みはすぐに消えた。訓練場の隅の長椅子から、修繕用の道具箱を膝に載せた誰かが「そろそろ戻りなさい」と声をかける。その顔だけが、陽炎のように揺らいで定まらない


——黒ずんだ雲が、すべてを押し潰すように垂れ込めている。

足元に、一体の機体が横たわっていた。右腕は肘から先を失い、陥没した胸部装甲の隙間からは、焼け切れた回路が神経のように剥き出しになっている。幾層にも重なった自己修復の痕跡が装甲を波立たせ、その一枚一枚に、八十年の歳月が刻みつけられていた。その上を走る細かな縫い跡だけが、裂けた胸の縁で、ぷつりと途切れている。赤黒い眼の奥で、緑とも呼べないほどかすかな光が、灯りきらないまま揺れ、消える。それは、動かなくなったその躯を見下ろして立っていた。


スキャンを実行する。


『名称:不明。性質:人型Android、男。命令:コミュニティ防衛。状態:駆動系停止』


左の肩口から胸にかけて、それの外装は大きく裂けていた。その下の脇腹では、半ばまで閉じたまま止まった古い裂け目が、もうひとつ口を開けている。打ち合いのあいだに受けた跡は、ひとつとして塞がっていない。傷口の縁ではナノボットがかすかに蠢いているが、蓄えの乏しい今、その働きは遅々として進まない。視界の隅で、残量の表示がまた一段階落ちる。


訓練場には、もう動くものはない。回路の奥には、命令がふたつだけ残っている。


『命令:帰還』

『命令:自己防衛』


どこへ、と問う語彙は残っていない、行き先だけは初めから決まっていたことだ。


周囲には、黒く焼けた残骸がいくつも折り重なっている。どれも人の形をしていない。作業用の腕、案内用の車輪、掃除用の円い胴。いずれも、壁の内側に引かれた境界線を越えたところで倒れていた。標的の並んでいた場所には、焼け焦げた支柱が数本、傾いたまま残っているだけだ。


訓練場を出ると、そこは境界を失った世界だった。崩れた壁はもう内と外を分けず、かつてコミュニティと呼ばれた場所は、黒い瓦礫の連なりへと成り果てている。剥き出しの配線が足元を這い、ところどころで金属の断面が、鈍い光を返していた。どこかで止まりきらない何かが、低い唸りを地面に響かせている。


通路の奥から、一台の機体が近づいてきた。細長い胴体に車輪をつけ、片側にだけ腕を備えた造りだ。軋む音を立てて瓦礫を乗り越え、こちらの前で止まると、その腕が持ち上がり、通路の先を指し示す。


スキャンを実行する。残されている命令は、来訪者の誘導。案内の記録は、八十年前のある日を最後に、一件も増えていない。腕はしばらく宙に留まっていたが、灰色の表示灯は沈黙したまま、やがて全体が傾き、瓦礫の上に倒れ込む。その脇を通り過ぎる。


通路の端では、四肢のうち三本を失った作業用の一台が、残る一本の腕で床を叩き続けている。コン、コン、コンと、終わりのない拍子が足の裏へ伝わってくる。その先では、掘削用の機体が巨大なアームを地中に突き刺したまま、地面と一体になって動かない。崩れた建物の入り口には、防衛用の砲座が、照準をこちらに合わせた射撃の姿勢のまま固まっていた。死んだ銃口の前を、静かに横切る。


北側の区画に、扉の外れた一軒の家がある。斜めに立て掛かった戸板の脇をすり抜けて中に入ると、床板が足の下で低く鳴り、舞い上がった埃が、裂けた天井から落ちるわずかな明るみの中をゆっくりと漂った。棚には大小の容器が几帳面に並び、褪せたラベルの奥で、補修材や冷却液が使いかけのまま固まっている。奥へ進むと、寝台が三つ、壁に沿って据えられていた。部屋の隅には毛布が七枚、それぞれ違う癖で畳まれて積まれている。振り返った先、その並びを見渡せる位置に、椅子が一脚だけ置かれていた。その脚の下の床だけが、深く擦り減っている。


肩口の裂け目をかばうように、歩みは少しずつ緩慢になっていく。雲は一日じゅう、一度も切れることがなかった。黒ずんだ空から落ちる薄い明るみは、外装に触れても取り込めるほどの光にはならず、瓦礫の陰を抜けるたびに、残量の表示はわずかずつ削れていく。やがて空はそのまま暗さを増し、境目もないまま夜へと移っていった。


外縁の近く、行き先へ続く道の手前に、小さな家が一軒だけ形を保っていた。開いたままの扉の奥を、暗視に切り替えた視界が濃淡で描き出す。壁一面に、紙が貼られていた。稚拙だが力強い線で、人や、動物や、名前のない形が描き殴られている。並んで立つ人の姿を描いたものが、いくつもあった。描かれた顔のどれにも、照合は応じない。部屋の中央では、腰掛けがひとつ、背後へ倒れたままになっている。


道の先に、その家はあった。二階建ての家屋は窓ガラスを一枚失い、外壁を時代に染められながらも、周りの廃墟よりはいくらか形を留めている。厚い雲の向こうに、月の気配はない。扉を開ける。濃淡だけの玄関ホールの奥で、何かが身を起こす。外装の人工毛皮はほとんど剥がれ落ち、関節は腐食に色を失っていた。白く濁った眼球センサーが、震えながらこちらを捉える。


スキャンを実行する。


『名称:サニー。性質:犬型Android、メス、ゴールデンレトリバー型。命令:住居警護。状態:外装損耗率推定九七パーセント、駆動系部分停止』


彼女は、床を蹴った。

修正事項はどうせ後で出てきますあしからず

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