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リゼの能力

通されたのは、城の中でもひときわ静かな一室だった。


「ここだ」


 ノクスが扉を開ける。


 足を踏み入れた瞬間、思わず息を吸った。


(……やっぱり)


 あの匂いだ。


 澄んでいて、落ち着く香り。

 この部屋全体に、ほんのりと残っている。


「どうした」


「い、いえ……」


 慌てて首を振る。


 まさか“あなたの匂いが落ち着きます”なんて言えるはずもない。


 部屋の中は整然としていて、無駄なものが一切ない。

 机の上には書類が山積みになっているけれど、不思議と散らかっている印象はなかった。


「そこに座れ」


 示されたのは、部屋の隅にある椅子。


 言われるまま腰を下ろすと、少しだけ緊張がほどけた。


 ――ここなら、大丈夫。


 人の匂いが混ざらない空間。

 それだけで、こんなにも楽だなんて。


「まず確認する」


 向かいに立ったまま、ノクスが言う。


「お前の能力だ」


「……はい」


「常に匂いがわかるのか」


「いえ……強いものほど、はっきりします。あと……近いほど」


 言いながら、少しだけ視線を逸らす。


 “近いほど”なんて、今の状況だと余計に意識してしまう。


「人の感情もか?」


「……なんとなく、ですが」


「嘘もわかるか」


「完全ではありません。でも……違和感は」


 短く答えるたびに、じっと見られている気がして落ち着かない。


 けれど、その視線はどこか冷静で――

 ただ評価しているだけのようにも見えた。


「……なるほど」


 ひとつ頷くと、彼は机に向かう。


「しばらくの間、お前はここにいろ」


「……え?」


「他の給仕の仕事は外す」


 さらりと言われて、言葉を失う。


「で、でも……」


「異論は認めない」


 きっぱりと切り捨てられる。


 それ以上何も言えなくなって、口を閉じた。


(ここに、ずっと……?)


 不安がないわけじゃない。


 でも。


 この部屋なら、この人のそばなら――


 ほんの少しだけ、安心してしまう自分がいる。


「書類の整理を手伝ってくれ」


「え……あ、はい!」


 慌てて立ち上がる。


 渡された紙束を受け取ろうとして――


 指が、触れた。


 ほんの一瞬。


 それだけなのに。


 びくりと体が反応してしまう。


(近い……)


 距離も、体温も、全部が意識にのぼってくる。


 なのに、不思議と嫌じゃない。


 むしろ――


「……どうした」


 低い声が落ちてくる。


 顔を上げると、すぐ近くに彼の顔があった。


 思った以上に整った顔立ちで、余計に心臓がうるさくなる。


「な、なんでもありません……!」


 慌てて一歩下がる。


 けれどその瞬間、別の匂いが混ざった。


 かすかに、鋭い――刺すような違和感。


「っ……」


 思わず顔をしかめる。


「……?」


 ノクスの視線がこちらに向く。


「どうした」


「い、今……」


 迷う。


 気のせいかもしれない。

 でも、この違和感は――


「この部屋に、変な匂いが……」


 言ってしまったあと、はっとする。


 また同じことを繰り返している。


 でも。


 彼は怒らなかった。


 むしろ、ほんのわずかに目を細める。


「どこだ」


 短い問い。


 試すような響き。


 私は息を整えて、ゆっくりと周囲に意識を向けた。


 落ち着く匂いに紛れているあるはずのない匂い。


 ――場所を、探る。


「……机の、右側の引き出し」


 そう答えた瞬間。


 彼の手が、迷いなくそこへ伸びた。


 カチャリ、と小さな音がする。


 開かれた引き出しの奥。


 そこにあったのは――


 部屋の主であるノクスにも見覚えのない、小さな包みだった。

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