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逃げられない

結論が出るまで、そう時間はかからなかった。


「……間違いないな」


 低く告げたのは、先ほど呼ばれた薬師だった。


 小さな瓶に移された茶を慎重に調べていた彼は、やがて顔色を変えて一礼する。


「遅効性の毒です。すぐに倒れるものではありませんが、継続して摂取すれば確実に体を蝕みます」


 部屋の空気が、一気に張りつめた。


「へえ……随分と手が込んでるね」


 王子は相変わらずの調子でそう言ったけれど、その目だけは笑っていない。


「誰がやったのか、気になるところだな」


「調べます」


 即答したのは、隣に立つ青年――側近のノクス様だった。


 その声は冷たく、迷いがない。


「この件、私に一任を」


「いいよ。おまえに任せる」


 軽く許可を出した王子は、ちらりと私を見る。


「それで? この子はどうするの」


 びくりと肩が揺れた。


 忘れられていなかった、と思うのと同時に、どうなるのか怖くなる。


 余計なことを言った給仕なんて、普通なら――


「この者は」


 ノクス様が一歩前に出る。


「私が預かります」


「……へ?」


 思わず間の抜けた声が出た。


 今、なんて?


「へえ?」


 王子が楽しそうに目を細める。


「理由は?」


「毒を見抜いた能力。再現性の確認が必要です」


 淡々とした口調。感情はほとんど乗っていない。


 なのに、なぜか――


(守られてる……?)


 そんなふうに感じてしまった。


「それに」


 ノクス様は、ほんのわずかだけ視線を私に向ける。


「この件に関与した可能性も、否定はできません」


「っ……!」


 息が詰まる。


 さっきまでの安心が、一瞬で崩れた。


 疑われている。


 当然だ。証拠なんて何もない。

 ただ“匂いがした”なんて、普通なら信じられるはずがない。


 けれど――


「いいんじゃない?」


 あっさりと、王子は頷いた。


「おまえがそう言うなら任せるよ。逃げられないようにね」


「承知しました」


 短く返してから、側近様は私の方へ向き直る。


「来い」


 また、それだけ。


 拒否権なんてないのはわかっているのに。


「……はい」


 小さく答えて、足を動かす。


 すぐ隣に並んだ瞬間、あの匂いがふわりと届いた。


 ――落ち着く。


 こんな状況なのに、胸の奥が少しだけ軽くなる。


(変なの……)


 怖いはずなのに。


 疑われているのに。


 どうして、この人のそばだと大丈夫なんだろう。


 部屋を出る直前、王子がくすりと笑った。


「その子、あまり怖がらせるなよ」


「必要な範囲で対応します」


 振り返りもせずに答える声は、やっぱり冷たい。


 けれど――


 廊下に出たあと。


「……無理はするな」


 ぽつりと落ちたその一言は、とても小さくて。


 それでも、はっきりと耳に届いた。


 思わず足が止まる。


「え……?」


「顔色が悪い」


 こちらを見ずに言う。


「……気分が悪くなったら言え」


 それだけ言って、また歩き出す。


 置いていかれないように慌てて後を追いながら、私は胸の奥を押さえた。


 さっきより、少しだけ――


 鼓動が速い。


(優しく、された……?)


 違うかもしれない。

 ただ必要だから気遣っただけかもしれない。


 それでも。


 ほんの少しだけ、嬉しいと思ってしまった。


 ――この人のそばにいるのは、きっと危険だ。


 なのに。


(もう少しだけ、近くにいたい)


 そんなことを思ってしまった時点で、たぶん私は――


 もう逃げられない。

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