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息のしやすい場所

沈黙が、痛いほどに重かった。


 言ってしまった。


 取り返しのつかないことを――そう思ったのに。


「……下がれ、全員」


 静かな一言で、部屋の空気が動いた。


 王子付きの侍従たちが顔を見合わせ、それでも命令に従って一礼し、次々と部屋を出ていく。

 最後に扉が閉まる音がやけに大きく響いた。


 残されたのは、王子と、あの青年と――私。


「さて」


 王子が面白そうに口元を緩める。


「給仕が突然、毒だと言い出すとは。なかなか大胆だな」


「も、申し訳ありません……!」


 慌てて頭を下げる。声が震えるのが自分でもわかる。


 でも、間違っていない自信もあった。

 あの匂いは、どう考えても“普通じゃない”。


「顔を上げろ」


 命じたのは王子ではなかった。


 低く、抑えた声。


 恐る恐る顔を上げると、あの青年がすぐ目の前に立っていた。


 ――近い。


 一歩分の距離。

 なのに、不思議と息が苦しくならない。


 むしろ、落ち着く。


(なんで……)


 こんな状況なのに、そんなことを考えてしまう自分が信じられない。


「変な匂い、と言ったな」


 青年が静かに問いかける。


「具体的には?」


 試されている。そう直感した。


 ごまかせば終わりだ。

 でも正直に言えば、もっと面倒なことになるかもしれない。


 それでも――


「……甘い香りの奥に、少しだけ……舌が痺れるような刺激が混じっていました」


 言葉を選びながら、なんとか説明する。


「嗅いだことはありません。でも……危ないものだって、わかります」


 沈黙。


 青年はしばらく私を見つめていたが、やがて視線をポットへ向けた。


「殿下」


「うん?」


「確認を」


「いいよ。どうせ暇だしね」


 軽い調子で言う王子に、青年はわずかに眉をひそめた。


 次の瞬間、彼は自らカップに茶を注ぎ――


「待ってください!」


 思わず声を上げていた。


 ガタン、と音がして、自分の手が彼の袖を掴んでいることに気づく。


 ――触れてしまった。


 やってしまった、と思ったのに。


「……離さないのか」


 低く落ちる声。


 怒っているわけじゃない。けれど、試すような響きがあった。


「あ……す、すみません……!」


 慌てて手を離す。顔が熱い。


 けれど彼は、特に気にした様子もなくカップを机に戻した。


「……検分は別の者に任せる」


 ぽつりとそう言ってから、再び私を見る。


 その視線が、さっきよりもわずかに柔らかい気がして――


「お前」


「は、はい……!」


「名前は」


 一瞬、言葉に詰まる。


 こんなふうに、まともに名前を聞かれることなんてほとんどない。


「リゼ、と申します……」


「リゼ」


 ただ呼ばれただけなのに、胸が小さく跳ねた。


「来い」


「……え?」


「もう一度、確認する。お前の言葉が正しいかどうか」


 それは命令だった。


 けれど、なぜか拒否する気にはなれなかった。


 むしろ――


(……この人のそばに、いられる)


 そんなことを、ほんの一瞬思ってしまった自分に驚く。


 普通なら怖いはずなのに。


 この人の近くは、どうしてか――


 息がしやすい。


 それが、たまらなく不思議で。


 そして、少しだけ嬉しかった。

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