知られちゃいけない秘密
――匂いで、人の秘密がわかる。
そんなこと、誰にも言えなかった。
だって普通じゃない。気味が悪いって思われるに決まってる。
だから私は、ずっと黙ってきた。
この城で働き始めてからも、それは変わらない。
給仕として、ただ静かに、目立たないように過ごす。それが一番安全だった。
けれど――
「……おかしい」
思わず、手にしていたトレイを強く握りしめる。
今日の配膳先は、王子の執務室。
銀のポットから立ちのぼる湯気に、ほんのわずかな“違和感”が混ざっていた。
甘い香りに紛れて、舌の奥がひりつくような刺激。
知らないはずなのに、本能が警鐘を鳴らす。
――これは、だめな匂い。
足が止まる。心臓がうるさいくらいに跳ねる。
(気のせいかもしれない。いつもより香りが強いだけで……)
そう思おうとしたのに、鼻がそれを許してくれなかった。
むしろ近づくほど、その違和感ははっきりしていく。
逃げたほうがいい。関わらないほうがいい。
頭ではそうわかっているのに――
気づけば私は、扉の前に立っていた。
コンコン、と控えめにノックをする。
「入れ」
低く落ち着いた声が返ってくる。
扉を開けた瞬間、別の匂いが流れ込んできた。
――静かで、澄んだ空気みたいな香り。
思わず、息を吸う。
(……え)
こんな感覚、初めてだった。
人のそばで呼吸が楽だなんて、今まで一度もなかったのに。
「どうした」
その声に顔を上げる。
部屋の奥、王子の傍らに立つひとりの青年と目が合った。
無表情で、感情の読めない瞳。
けれど、さっきの“あの匂い”は、この人からしている。
胸の奥が、妙にざわついた。
でも、それよりも――
「っ、あの……!」
気づけば声が出ていた。
「このお茶、飲まないでください」
部屋の空気が、一瞬で張りつめる。
やってしまった、と思った。
けれど、もう遅い。
青年の視線が、まっすぐに私を射抜く。
――見つかった。
そんな感覚に、背筋が冷たくなる。
「……理由を聞こうか」
静かな声だった。
怒っているわけでもない。けれど、逃がさないという圧がある。
どうしようもなくなって、私は小さく息を吸った。
そして――言ってしまう。
「……変な匂いが、するんです」
それが、すべての始まりだった。




