阻止と疑い
祝賀会当日。
城の大広間は、華やかな音楽と人々の笑顔に包まれていた。
豪華なシャンデリアが輝き、色鮮やかな花々が会場を彩る。
王子の婚約を祝うため、国内外の貴族たちが集まっていた。
リゼも給仕として、銀の盆を両手で支えながら会場を歩く。
「緊張するか。」
後ろから聞き慣れた声がした。
振り向くと、正装姿のノクスが立っている。
「少しだけです。」
「いつも通りでいい。」
短い言葉。
それだけで肩の力が抜ける。
「はい。」
リゼが笑うと、ノクスも小さく頷いた。
「俺は殿下のそばにいる。」
「わかりました。」
二人は少し言葉を交わし、それぞれの持ち場へ向かった。
◇ ◇ ◇
やがて、王子が婚約者とともに壇上へ姿を現す。
大きな拍手が響いた。
「本日は、皆さまに祝福していただき、心より感謝いたします。」
王子の穏やかな挨拶に、会場は和やかな空気に包まれる。
乾杯の準備が始まった。
給仕たちが一斉に杯を運ぶ。
リゼもその内の一人だった。
その時。
ふわり――。
「……!」
鼻先を、あの匂いがかすめた。
薬草。
金属。
そして、微かに甘い香り。
(この匂い……!)
昨日、あの青年貴族から感じた匂いと同じだった。
思わず顔を上げる。
視線の先には、王子へ運ばれる銀の杯。
そのすぐ近くを、あの青年貴族が何気ない顔で通り過ぎていく。
胸がざわつく。
心臓が速くなる。
(違う。)
(何かがおかしい。)
理屈ではない。
でも。
鼻が叫んでいる。
――危ない。
王子が杯へ手を伸ばく。
あと少し。
もう止められない。
「殿下!!」
リゼの声が大広間に響いた。
会場中の視線が一斉に集まる。
「その杯を飲んではいけません!!」
静まり返る会場。
王子の手が止まる。
ノクスが一瞬でリゼへ視線を向けた。
「リゼ。」
彼女の顔は青ざめていた。
「毒の……匂いがします。」
震える声。
けれど、その瞳には迷いがなかった。
ざわっ、と会場がどよめく。
「毒だと?」
「給仕が何を言っている。」
「どういうことだ?」
貴族たちが口々に騒ぎ始める。
その中で、ただ一人。
ノクスだけは迷わなかった。
「誰もその杯に触れるな!」
鋭い声が響く。
護衛騎士たちが一斉に動き、王子の周囲を固める。
「調べろ。」
ノクスの命令で、杯は慎重に回収された。
場内には重苦しい沈黙が流れる。
王子は静かにリゼを見つめた。
「……君は確信があったのか?」
リゼは首を横に振る。
「確信ではありません。でも……。」
胸に手を当てる。
「この匂いだけは、絶対に見過ごしてはいけないと思いました。」
その言葉に、王子はゆっくり頷いた。
「なら、調べよう。」
◇ ◇ ◇
しばらくして。
王宮付きの薬師が戻ってきた。
その表情は険しい。
「……殿下。」
「結果は?」
「杯には毒が混入していました。」
その一言で、大広間は騒然となる。
「本当だったのか……!」
「暗殺未遂だ!」
悲鳴とざわめきが広がる中、ノクスは静かにリゼの前へ立った。
まるで彼女を守るように。
その時だった。
「ですが。」
薬師が続ける。
「この毒は無色無臭に近く、通常は気づくことはできません。」
その言葉に、多くの視線がリゼへ向けられる。
「では、なぜこの娘は……。」
「どうして毒だとわかった?」
疑いの混じった声。
空気が少しずつ変わる。
リゼは息をのんだ。
そして、会場の隅では――。
あの青年貴族が、何事もなかったかのように静かに微笑んでいた。
その目だけが、冷たく細められていることに気づいた者は、まだ誰もいなかった。




