会えない時間
「護衛任務ですか?」
朝の早い時間にリゼが思わず聞き返すと、ノクスは静かに頷いた。
「ああ。殿下の視察に同行する」
「何日くらい……?」
「三日」
三日。
たった三日。
そう思うはずなのに、その言葉はリゼの胸を少しだけ締めつけた。
「……そうですか」
笑おうとした。
けれど、少しだけ声が沈んでしまう。
そんなリゼを見て、ノクスはそっと近づいた。
「すぐ戻る」
短い言葉。
でも、その一言だけで少し安心する。
「はい。気をつけてください」
そう言って笑うと、ノクスは優しくリゼの頭を撫でた。
「いい子で待っていろ」
「……もう子どもじゃありません」
頬を膨らませると、ノクスは珍しく口元を緩めた。
「そうだったな」
その笑顔を胸に刻むように見つめる。
それが、出発前に見た最後の笑顔だった。
◇ ◇ ◇
「リゼ?」
同僚に呼ばれて、はっと我に返る。
「ぼーっとしてるよ?」
「あ、ごめんなさい」
謝りながらも、視線は無意識に廊下へ向いてしまう。
(……いない)
いつもなら。
少し歩けば会える。
仕事をしていても、どこかで姿を見かける。
その”当たり前”が今日はない。
それだけで、城が広く感じた。
「寂しい?」
同僚がにやりと笑う。
「っ!」
顔が熱くなる。
「そ、そんなこと……」
「あるんだ。」
「うぅ……」
否定しきれず、俯いてしまう。
同僚はくすくす笑った。
「大丈夫。ノクス様も同じ顔してたから」
「え?」
「出発する前、何度も給仕室の方を見てたよ。」
その言葉に、胸がふわっと温かくなる。
(……ノクスも?)
そう思うだけで、不思議と元気が湧いてきた。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
「ノクス。」
馬を並べていた王子が声をかける。
「はい。」
「今、何回後ろを振り返った?」
「……振り返っていません。」
「三回。」
即答だった。
ノクスは小さくため息をつく。
「無意識か。」
「……そのようです。」
「重症だな。」
王子は肩を揺らして笑う。
ノクスは否定しなかった。
否定できなかった。
胸の奥が妙に静かで、少しだけ落ち着かない。
城にいるはずの、小さな給仕の姿が浮かぶ。
(ちゃんと食事はしているだろうか。)
(無理をしていないだろうか。)
気づけば、そんなことばかり考えていた。
「早く帰りたいか?」
王子の問いに、少しだけ間が空く。
そして。
「……はい。」
素直な返事だった。
王子は目を丸くしたあと、吹き出した。
「昔のお前なら絶対に言わなかったな。」
ノクスも少しだけ笑う。
「昔の俺なら、でしょう。」
「今は違う?」
「帰りを待ってくれている人がいますから。」
その一言は風に乗って、どこか優しく響いた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
リゼは窓辺から夜空を見上げていた。
「今日は星が綺麗。」
思わず呟く。
返事はない。
それでも、少しだけ笑った。
「……ノクスも見てるかな。」
同じ空を。
同じ月を。
そう思うだけで、少しだけ距離が近く感じた。
会えない時間は寂しい。
でも。
会えないからこそ、わかることもある。
会いたい。
顔が見たい。
声が聞きたい。
その気持ちは、三日後に会えた時、きっと今よりもっと大きくなっている。
リゼは胸元でそっと手を重ね、小さく微笑んだ。
「……おかえりって、早く言いたいな。」




