変わった男
その日の午前。
ノクスは王子の執務室に呼ばれていた。
窓から差し込む光の中、机に向かう王子は書類をめくりながら言う。
「ノクス」
「はい」
「お前、最近変わったな」
開口一番だった。
ノクスの動きが、ほんのわずかに止まる。
「……何の話でしょうか」
「その反応だ」
王子は即答した。
にやりと笑う。
嫌な予感しかしない。
「以前なら今の問いに表情ひとつ変えなかった」
「変えていません」
「変わった」
断言された。
しかも迷いなく。
王子は楽しそうだった。
非常に楽しそうだった。
それが余計に厄介だ。
「仕事中にぼんやりする」
「していません」
「窓の外を見る回数が増えた」
「気のせいです」
「給仕が通る時間だな」
沈黙。
「……」
「図星か」
王子が吹き出した。
ノクスは無言だった。
否定しても無駄だと理解したらしい。
「面白いな」
「面白がらないでください」
「無理だ」
即答だった。
王子は椅子に深く腰掛ける。
「まさかお前がな」
「……」
「恋をするとは」
その言葉に。
ノクスは初めて眉を寄せた。
「そんな顔もするんだな」
王子はさらに笑う。
完全に面白がっている。
「隠すつもりはないのか?」
「ありません」
短い返答。
王子が目を瞬く。
予想外だったらしい。
「へえ」
「隠す理由がありません」
淡々とした声。
けれど。
そこには迷いがなかった。
「本気だな」
王子が小さく呟く。
「……はい」
静かな返事。
それだけで十分だった。
王子はしばらくノクスを見ていた。
そして。
「大事にしろよ」
ぽつりと言った。
からかう声ではない。
真面目な声。
「……言われるまでもありません」
即答だった。
今度は王子が驚く番だった。
数秒。
それから。
「重症だな」
盛大に笑われた。
⸻
一方その頃。
リゼは給仕室にいた。
すると。
「リゼ」
同僚の少女が近づいてくる。
妙ににこにこしている。
嫌な予感しかしない。
「な、なんですか?」
「最近幸せそうだよね」
「っ!?」
心臓が跳ねる。
「顔に出てる」
「で、出てません!」
「出てる」
即答だった。
最近みんな即答する。
何故なのか。
「それに」
少女は声を潜める。
「ノクス様も変わった」
「え?」
思わず聞き返す。
「前より優しい」
「……そうですか?」
「リゼ限定で」
沈黙。
顔が熱くなる。
「あと目で追ってる」
「えっ」
「かなり」
「えっ」
「めちゃくちゃ」
リゼは頭を抱えたくなった。
全然気づいていなかった。
いや。
気づいていたのかもしれない。
ただ、認めていなかっただけで。
「……本当に?」
「本当に」
同僚は大きく頷く。
「この前なんて、リゼが廊下でくしゃみした瞬間振り返ってた」
「え」
「距離あったのに」
「え」
「怖いくらい見てる」
好きな人に言われるなら嬉しい。
でも。
客観的に聞くと少し恥ずかしい。
かなり恥ずかしい。
そのとき。
給仕室の扉が開いた。
「リゼ」
聞き慣れた声。
「っ!」
振り返る。
そこにはノクスがいた。
「ノクス様!?」
同僚の目が輝く。
面白そうなものを見つけた顔だ。
逃げたい。
今すぐ逃げたい。
「少しいいか」
ノクスが言う。
「は、はい」
立ち上がる。
そのとき。
同僚が小声で囁いた。
「見て」
「?」
「今来てから一回も私を見てない」
「……」
「リゼしか見てない」
終わった。
リゼは顔を真っ赤にしたまま、何も言えなくなった。
そして
そんなことを言われているとは知らないノクスはいつも通りの顔で。
当たり前みたいにリゼを迎えに来ていた。




