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ざわつく心

市場の奥に進むほど、人の気配は少なくなっていった。


 さっきまでの喧騒が嘘みたいに、静かな通り。


 それでも。


(……まだ、手……)


 繋がれたままの手に、意識がいってしまう。


 自分から繋いだのに。


 今さら、どうしていいかわからない。


 離した方がいいのか。


 でも。


(……離したくない)


 そんなことを思ってしまって、余計に困る。


 そのとき。


「ノクス様じゃないですか」


 柔らかな声が、横から割り込んだ。


「っ……」


 思わずそちらを見る。


 そこにいたのは、一人の女性。


 落ち着いた身なり。整った所作。


 どこか品のある雰囲気。


「久しぶりですね」


 にこやかに微笑む。


 その視線は、まっすぐノクスへ向けられていた。


「……ああ」


 ノクスが短く返す。


 いつも通りの無表情。


 でも。


(……知り合い?)


 そう思った瞬間。


 女性が一歩、距離を詰めた。


「最近お見かけしなかったので、少し心配していたんです」


 自然な距離。


 近すぎるわけじゃない。


 でも――


(……近い)


 胸の奥が、少しだけざわつく。


 ノクスは何も言わない。


 ただ、静かに聞いている。


「お忙しいのは承知していますが、少しはお体を大切にしてくださいね」


 やわらかい声。


 気遣うような言葉。


(……すごい、自然)


 自分にはできない距離感。


 言葉。


 そのすべてが、少しだけ眩しく見える。


 気づけば。


 繋いでいた手が、少しだけ緩んでいた。


(……あ)


 自分で気づいて、そっと力を抜く。


 そのまま、離れる。


 気づかれないように。


 そっと。


 胸の奥が、少しだけ痛い。


「……そちらの方は?」


 女性の視線が、リゼへ向く。


 柔らかい笑み。


 でも。


 どこか探るような目。


「……」


 言葉が出ない。


 どう説明すればいいのか、わからない。


 そのとき。


「関係ない」


 ノクスが言った。


 一瞬、空気が止まる。


(……え)


 短い言葉。


 いつも通り。


 でも。


 胸に、引っかかる。


 あの時は“俺のもの”って言ってくれたのに。


 今は、“関係ない”。


(……違う)


 わかってる。


 状況が違う。


 でも。


 どうしても比べてしまう。


「そうですか」


 女性は少しだけ目を細めた。


 でも、それ以上は何も言わない。


「お時間を取らせてしまいましたね」


 軽く一礼する。


「また機会があれば」


 そう言って、静かに去っていった。


 再び、二人だけになる。


 でも。


 さっきまでとは、空気が違う。


(……なんで)


 胸が、少し重い。


 自分でも理由がはっきりしない。


「……行くぞ」


 ノクスが歩き出す。


 手は、繋がれていないまま。


「……はい」


 小さく答えて、後を追う。


 少しだけ距離がある。


 さっきより、ほんの少しだけ遠い。


(……これでいいのに)


 仕事中なんだから。


 これが普通。


 そう思うのに。


 胸の奥が、うまく納得しない。


 そのとき。


「……リゼ」


「っ、はい」


 突然、名前を呼ばれる。


 振り返る。


 ノクスが立ち止まっていた。


「どうした」


「え……?」


「具合が悪くなったか」


 心配されているのになんと伝えればいいか戸惑う。


 逃げ場がない。


「……別に」


 思わず、そう言ってしまう。


 自分でもわかる。


 いつもなら、こんな言い方しない。


 でも。


 うまく言えない。


 何が嫌なのか、自分でもわからないから。


 沈黙。


 少しだけ重い空気。


 そのあと。


「……あの女か」


 ぽつりと落ちた言葉に、息が止まる。


「え……」


「さっき話していた」


 淡々とした声。


 でも、外れていない。


「……違います」


 反射的に否定する。


 でも。


 声が少しだけ弱い。


 自分でも、完全に否定できていないのがわかる。


「……」


 ノクスは何も言わない。


 ただ、こちらを見ている。


 その視線に耐えきれなくなって。


「……少しだけ」


 小さく、認める。


 胸の奥が、ぎゅっとなる。


「距離が近かった、ので……」


 言いながら、顔が熱くなる。


 こんなの、ただの――


 でも。


「……そうか」


 ノクスは一瞬目を見開いたが、短く言った。


 それだけで終わると思ったのに。


 次の瞬間。


 ぐい、と腕を引かれた。


「っ……!」


 体が引き寄せられる。


 距離が一気に縮まる。


 逃げ場がない。


「……なら」


 低い声。


 すぐ近くで響く。


「こうしていればいい」


 そのまま。


 手が、繋がれる。


 さっきよりも、しっかりと。


 逃がさないように。


「……ノクス様」


 思わず名前を呼ぶ。


 視線が合う。


「異論はあるか」


 静かな問い。


 でも、その奥にあるものは――


 はっきりしている。


(……ない)


 むしろ。


 安心してしまう。


「……ないです」


 小さく答える。


 その瞬間。


 ほんのわずかに、ノクスの指に力がこもった。


「……なら、離すな」


 短い一言。


 でも、それは命令じゃない。


 確認みたいに。


 確かめるみたいに。


「……はい」


 今度は迷わず頷く。


 さっきまでのざわつきが、すっと消えていく。


 代わりに残るのは――


(……やっぱり、この人がいい)


 そんな、はっきりとした気持ちだった。

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