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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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9/28

第9話 国を救えと言われても、俺はホームセンターの店員なんだが

 翌朝。


 俺が食堂へ下りると、王女がいた。


 当たり前のように、窓際の席へ座っていた。


 昨日の旅装ではない。白いブラウスに紺色の長いスカートという、比較的簡素な服装だ。


 比較的、というのは、襟元に細かな刺繍が入っていたり、袖口を小さな真珠のような飾りが留めていたりするからである。


 ラウル村では、どう頑張っても浮いていた。


「……おはようございます」


 目が合ったので、仕方なく挨拶する。


 エレオノーラは小さく頷いた。


「おはようございます、孝太郎様」


「様はやめてください」


「では、孝太郎殿」


「殿もいらないです」


「しかし、呼び捨てにするのは礼を欠きます」


「昨日会ったばかりの俺を、急に呼び捨てにする王女様も嫌ですけどね」


「それでは、どのようにお呼びすればよいのです?」


「普通に久世さんで」


「クゼとは家名なのでしょう?」


「はい」


「私はグランヴェール王国を代表して交渉に来ています。あなた個人との親交を深めるために参ったのではありません。家名で呼ぶ方が適切でしょうか」


「朝から面倒だなあ」


「そちらが細かい注文をつけたのではありませんか」


「じゃあ孝太郎でいいです」


「呼び捨てで?」


「もう何でもいいです」


「投げやりですね」


「まだ朝飯も食べてないので」


 俺は王女から離れた席へ座った。


 するとエレオノーラが正面へ移動してきた。


「何で来るんですか」


「お話がありますので」


「朝食中くらい休ませてください」


「まだ食べていません」


「これから食べるんです」


「食べながらでも話せます」


「食事と国の命運を同時に扱わないでくださいよ」


 そこへアニタが、木の皿を二つ持ってやってきた。


 今日の朝食は、黒パンと豆のスープ。それに薄く切られた腸詰めが二枚。


 王女の前にも同じものが置かれる。


 付き人のマーサが眉をひそめた。


「アニタ殿。殿下のお食事について、昨夜お願いしたはずですが」


「毒見なら好きにしな」


「そうではありません。せめて白パンと、新鮮な果物を」


「そんなもの、この村に毎朝あるわけないだろう」


「代金はお支払いします」


「金を払っても、ないものは出せないよ」


「近隣の町から取り寄せることは」


「馬で半日はかかるね」


 マーサは難しい顔をする。


 アニタは腰へ手を当てた。


「王女様だからって、食べ物が畑から急に生えてくるわけじゃないよ。昨日も言ったけど、うちで出せるのは村のみんなが食べてるものだ」


「ですが、殿下のお身体に何かあれば」


「マーサ」


 エレオノーラが静かに口を挟んだ。


「これで構いません」


「殿下」


「この国の民が、毎日これを食べているのでしょう?」


「この村ではね」


 アニタが答える。


「ならば、私だけ別のものを求める理由はありません」


「お腹壊しても知りませんよ」


 俺が言うと、エレオノーラが睨んできた。


「どうして、そう不吉なことを言うのですか」


「固いパンに慣れてなさそうだから」


「パンが固いことと、腹痛は無関係でしょう」


「よく噛まないと胃がびっくりします」


「子供ではありません」


 そう言って、王女は黒パンを手に取った。


 両手で割ろうとする。


 割れない。


 もう一度、力を込める。


 やはり割れない。


 白い頬が、少し赤くなった。


「……これは、食べ物なのですか」


「昨日、耐えるって言いましたよね」


「食べ物ではなく、建築資材に見えます」


「スープに浸すんですよ」


「先に言ってください」


「聞けばよかったでしょう」


「あなたは、女性が困っていても黙って眺めているのですか」


「王女様が固いパンと戦ってるところ、ちょっと面白かったので」


「見ていたのですね」


「見てません」


「今、見ていたと認めたではありませんか!」


 エレオノーラが声を上げる。


 食堂にいた村人たちが振り返り、くすくす笑い始めた。


 王女は気づくと、何事もなかったようにパンをスープへ浸した。


 耳だけが赤い。


「笑いものにされました」


「王女様が普通に怒るからですよ」


「怒らせたのはあなたです」


「初対面からずっと怒ってません?」


「あなたが初対面から失礼なのです!」


「だったら国を救えなんて頼まない方がいいですよ。俺、頼られると余計なことまで言いますから」


 その瞬間、エレオノーラの顔から、先ほどまでの幼い苛立ちが消えた。


「では、余計なことでも構いません」


「え?」


「我が国の現状について、何でもお尋ねください」


 空気が変わった。


 俺はスープへ入れた匙を止める。


 この人は本当に、諦めるつもりがないらしい。


「朝飯がまずくなりそうだな……」


「食事の味が変わるほど、深刻な話です」


「開き直らないでください」


「昨日は、事情を聞かずに断られました。今日は最後まで聞いていただきます」


「聞いたら、帰ってくれます?」


「内容に納得し、同行を承諾してくださるなら」


「帰る気ないじゃないですか!」


「私も、手ぶらでは国へ帰れません」


 穏やかな口調だった。


 しかし、その奥には引くに引けない硬さがあった。


 俺はため息をつき、パンをスープへ沈める。


「分かりました。聞くだけです」


「ありがとうございます」


「助けるとは言ってません」


「承知しております」


「見に行くとも言ってません」


「ええ」


「その顔、絶対何とかなると思ってますよね」


「少なくとも、話を聞くところまでは進みました」


「前向きすぎて怖いんですよ」


 エレオノーラは姿勢を正した。


 マーサが革張りの書類入れを卓上へ置く。


 中から何枚もの羊皮紙が出てきた。


「三年前、グランヴェール王国では春から夏にかけて雨がほとんど降りませんでした」


「干ばつですか」


「おそらく、あなたの国ではそう呼ぶのでしょう。小麦と豆の収穫量は、平年の六割ほどまで落ちました」


「六割……」


「国庫から備蓄を放出し、隣国より穀物を買い入れました。その年は、どうにか冬を越しました」


「翌年は?」


「今度は長雨でした」


「最悪だ」


「種を蒔いた直後から雨が続き、畑の多くが水に浸かりました。収穫は、平年の半分にも届きませんでした」


「二年連続で不作」


「はい。そして昨年は、黒穂病が広がりました」


「黒穂病?」


「麦の穂が黒く変色し、実を結ばなくなる病です」


 俺は記憶を探る。


 日本にも麦の黒穂病はある。


 菌によって引き起こされる植物病。


 種子消毒や耐病性品種、輪作などが対策になるはずだ。


 だが、この世界の黒穂病が同じものかどうかは分からない。


「種は毎年どうしてるんです?」


「収穫した麦の一部を、翌年の種として保存します」


「病気になった畑からも?」


「被害の少なかった穂を選別したと報告を受けています」


「見た目だけで選んだなら、病気が残っている可能性があるな……」


「やはり、何かご存じなのですね」


 エレオノーラが身を乗り出す。


「可能性を言っただけです。病気の原因も見てないし、土も麦も違うかもしれない」


「ですが、我が国の農務官からは出なかった意見です」


「俺の言葉を、いきなり正解扱いしないでください」


「では、正しいかどうか確かめに来てください」


「そうやって連れていこうとする!」


 王女は涼しい顔でスープを口にする。


 直後、眉がわずかに動いた。


「薄いですか?」


「……いいえ」


「薄いんですね」


「国民が食べるものなら、私も食べます」


「味の感想くらい正直に言っても、王女失格にはなりませんよ」


「味が薄いのではありません。素材の味を大切にした、素朴な料理です」


 厨房からアニタの声が飛んできた。


「そんな気を遣わなくていいよ! 塩が高いから薄いだけだ!」


 食堂に笑いが起こる。


 エレオノーラは匙を置き、小声で言った。


「この村の方々は、王族を恐れないのですね」


「王女様が虫を怖がるところを、昨日みんな見ましたから」


「あれはミーナが大きさを誇張したせいです」


「本物は手のひらの半分くらいでした?」


「十分大きいではありませんか!」


「退治できました?」


「マーサが」


「王女様は?」


「寝台の上から、状況を監督しました」


「逃げたんですね」


「指揮を執ったのです!」


 また声を上げ、また周囲から笑われる。


 王女は俺を睨んだ後、諦めたように息を吐いた。


「どうして、あなたと話していると調子が狂うのでしょう」


「俺も同じです。王女様って、もっと何を言われても微笑んでるものかと思ってました」


「それは人前での話です」


「今も人前ですよ」


 エレオノーラが周囲を見る。


 村人たちは聞いていないふりをしながら、しっかり聞き耳を立てている。


「……この村では、何を取り繕っても無駄なようですね」


「村が小さいので、今日の昼には王女様がパンを割れなかった話が全員に広がります」


「止めてください」


「俺には無理です」


「国を救えない理由より、村の噂一つ止められない理由の方が説得力がありますね」


「嫌味を覚えました?」


「あなたを相手にするには必要かと」


 少しだけ笑い合った。


 だが、その後、エレオノーラは再び資料へ目を落とした。


「三年続きの不作で、国の備蓄はほとんど尽きました」


「現在の食糧は?」


「春の収穫まで持たせるには、全人口へ十分な量を配ることはできません」


「何人いるんです」


「王都と各領地を合わせ、およそ十二万人です」


「十二万……」


 井戸一つの村とは、本当に規模が違う。


 ここには百数十人しかいない。


 その千倍近い人間が、食べ物を必要としている。


「周辺国から買うのは?」


「二年続けて買い入れました。すでに国の借財は膨らんでいます。さらに今年は周辺国でも収穫が少なく、穀物価格が上がりました」


「輸送は?」


「街道を馬車で。南の大河も一部使いますが、舟は多くありません」


「保存中に腐る量は?」


「正確には……」


「分からない?」


「領主ごとの管理です。国全体で統一した記録がありません」


「そこからかよ……」


「何か問題が?」


「問題しかないですよ。何がどこにどれだけあるか分からないなら、足りてる地域から足りない地域へ運べないでしょう」


「各領主から報告は受けています」


「報告の形式は同じですか?」


「形式?」


「同じ単位を使ってます? 同じ期間ごとに、同じ種類の作物を分けて記録してるんですか」


 エレオノーラは答えない。


 マーサが資料を確かめる。


「領ごとに、記載方法が異なります」


「やっぱり」


 ホームセンターでも、売り場ごとに在庫管理がばらばらだと大変だった。


 一箱単位で数える担当。


 一個単位で数える担当。


 セット品をばらして売る担当。


 在庫数が合わず、閉店後に何時間も調べたことがある。


「まず在庫を同じ形式で数え直す必要があります。今ある食糧の量、春までに必要な量、輸送にかかる日数、途中で駄目になる割合。そこが分からないと、何を増やせばいいかも分からない」


「それが、あなたの国の方法ですか」


「どこの国でも、普通は数えると思います」


「ですが、各領主は自身の領地を管理しています」


「国が滅びそうなときまで領主の都合を優先するんですか?」


「簡単ではありません」


「でしょうね」


「反対されると分かっていながら、なぜ平然とおっしゃるのです」


「俺はその領主と会ったことないからです」


「無責任ですね」


「そうですよ。だから国を救えなんて無理だって言ってるんです」


 エレオノーラの顔が曇る。


「俺は、思いついた問題を言ってるだけです。それを解決するには、人を動かさないといけない。領主を説得して、農民にも協力してもらって、商人や職人も集める。そんなの、俺にはできません」


「私が行います」


「え?」


「領主を説得し、国の制度を動かすことは、王女である私の仕事です」


「反対されたら?」


「説得します」


「失敗したら?」


「別の方法を考えます」


「王女様が嫌われますよ」


「すでに好かれるだけの立場ではありません」


 その言葉は、冗談ではなかった。


 エレオノーラは膝の上で手を握っている。


「私はこれまで、民に我慢を求めてきました。配給を減らし、税の納期を延ばす代わりに、翌年の納付を約束させた。兵士の給与も遅れています。王宮の宝飾品も売りました」


「そこまで」


「それでも足りません」


「隣国との結婚は?」


 聞くと、王女の指がわずかに動いた。


「ベルガード公国は、私が公子へ嫁ぐことを条件に、穀物と資金を援助すると申し出ています」


「嫌なんですか」


「私個人の好悪は関係ありません」


「それ、嫌だって言ってる人の言い方ですよ」


「関係ありません」


「二回言った」


「関係ありません!」


 強い声だった。


 周囲が静かになる。


 エレオノーラはすぐに口元を引き締めた。


「……失礼しました」


「公子って、どんな人なんです?」


「有能な方だと伺っています」


「会ったことは?」


「二度」


「印象は?」


「国家間の婚姻相手として、不足はない方です」


「人間としては?」


「なぜ、そこへこだわるのです」


「王女様が結婚するんでしょう」


「王女の婚姻は、国家のものです」


「結婚する本人のものでしょう」


「違います」


 今度は静かな声だった。


「王族に、自分だけの人生などありません」


 なぜか腹が立った。


 何に対してなのか、自分でも分からない。


 この人の考え方に。


 それを当たり前にした国に。


 あるいは、そんな話を聞いても、何もできない自分に。


「だったら、何で俺のところへ来たんです」


「何ですって?」


「結婚すれば援助がもらえる。国が救えるなら、それでいいんでしょう」


 言い方が悪い。


 分かっている。


 エレオノーラの顔がこわばった。


「それだけでは、国は救えません」


「食糧はもらえる」


「今年の冬は越せるでしょう。しかし、来年また不作になれば、次は何を差し出すのです」


「……」


「国土ですか。鉱山ですか。関税ですか。それとも、まだ幼い弟を人質として送りますか」


 王女の声が震えた。


「援助を受けることを否定しているのではありません。必要なら、私は嫁ぎます。それで一人でも多くの民が助かるなら」


「でも、それだけじゃ駄目だと」


「国が自分の足で立てるようにしなければ、次の冬に同じ苦しみを繰り返します」


「だから俺の知識が必要?」


「はい」


 青い瞳が、まっすぐ俺を見る。


「異世界から来たあなたなら、我々が思いつかなかった道を知っているかもしれない」


「知らないかもしれません」


「それでも、確かめたいのです」


「失敗したら?」


「私が責任を負います」


「簡単に言いますね」


「簡単ではありません!」


 エレオノーラは立ち上がった。


 椅子が大きな音を立てる。


「私だって怖いのです!」


 食堂の全員が息を呑んだ。


 王女の声は、もう整っていなかった。


「あなたを連れて帰っても、何も変わらないかもしれない。領主たちに笑われるかもしれない。異世界人などに国政を任せるのかと、父にも反対されるかもしれません」


「……」


「ですが、何もしなければ人が死ぬのです。子供が食べられない。親が、自分の分を子供へ与えて倒れる。農民が種にする麦まで口にしなければならない。それを知っていて、私に何ができますか」


「王女様」


「国を救ってくださいと頼むしかないではありませんか!」


 最後の声は、ほとんど悲鳴だった。


 マーサが立ち上がる。


「殿下」


「触らないで」


 エレオノーラは差し出された手を避けた。


「申し訳ありません。少し、外の空気を吸って参ります」


 誰とも目を合わせず、食堂を出ていく。


 マーサが追おうとする。


 しかし、アニタがその前に立った。


「今は一人にしときな」


「殿下をお一人になど」


「あの子、あんたの前じゃ泣けないんだろう」


「殿下は泣いてなど」


「だったら、なおさら少しくらい一人にしてやりな」


 マーサは反論しようとした。


 だが、結局その場に立ち止まった。


 俺は冷めたスープを見つめる。


「言いすぎた」


「いつものことだね」


 アニタが言う。


「慰める気あります?」


「あるように見えるかい」


「まったく」


「だったら、さっさと追いかけな」


「何で俺が」


「あんたが泣かせたんだろ」


「泣いてるとは限らないでしょう」


「なら、確認してきな」


「面倒くさいなあ……」


「聞こえてるよ」


「わざとです」


 俺は席を立った。


     ◇


 エレオノーラは、村の外れにある柵のそばにいた。


 朝露の残る畑を見つめている。


 背筋は伸びていた。


 泣いてはいない。


 少なくとも、俺が近づいたときには。


「王女様」


「来ないでください」


「分かりました」


 立ち止まる。


「本当に止まるのですね」


「来るなって言ったでしょう」


「こういうときは、少し強引に来るものではないのですか」


「注文が多いな!」


「独り言です」


「聞こえる声で言わないでください」


 俺は数歩近づき、隣ではなく少し離れた柵へ寄りかかった。


「さっきは、すみません」


「何についてです?」


「結婚すればいいみたいに言ったこと」


「事実です。婚姻を結べば、援助は受けられます」


「そうじゃなくて」


「では何です」


「本人の気持ちを無視して、国のためなんだから当たり前だろって言い方をした」


 エレオノーラは畑から目を逸らさない。


「王族には、よくあることです」


「よくあるからって、嫌じゃないわけじゃないでしょう」


「嫌だとは申しておりません」


「じゃあ、公子が好き?」


「そういう問題ではありません」


「嫌い?」


「二度しかお会いしていない方を、好きにも嫌いにもなれません」


「だったら嫌ですよね。よく知らない人と結婚するの」


「……あなたは、しつこいですね」


「よく言われます」


「誰に」


「この村のみんなに」


「でしょうね」


 少しだけ、王女の口元が緩んだ。


 すぐに戻った。


「俺は、国を救う方法なんか知りません」


「先ほども聞きました」


「農業の専門家でもない。政治なんてもっと分からない。偉い人と話すのも苦手です」


「私には、よく分かりました」


「どういう意味です?」


「王女にも平気で失礼ですから」


「今は真面目な話をしてるんです」


「私も真面目です」


 エレオノーラが、ようやく俺を見る。


「あなたは、できない理由ばかり並べますね」


「できるふりをして失敗したくないからです」


「誰に失望されるのが怖いのですか」


「え?」


「私ですか。グランヴェールの民ですか。それとも、あなたを役立たずと捨てたアストレア王国の者たちですか」


 胸の奥を刺された。


「……嫌なこと言いますね」


「あなたほどではありません」


「見返したいわけじゃないです」


「本当に?」


「少しはありますよ」


 正直に答えた。


「役立たずじゃなかったって、思わせたい気持ちはある。でも、それで十二万人の命を背負うのは違うでしょう」


「一人で背負う必要はありません」


「でも、失敗したら俺のせいにされる」


「私も共に責任を負います」


「王女様が責任を負うって、具体的に何をするんです?」


「……」


「首でも差し出します?」


 エレオノーラの目が揺れた。


「そういうの、やめてください」


「何を」


「自分を差し出せば責任を取れるみたいに考えるの」


「私は王族です」


「知ってます」


「国のために命を使うのが、務めです」


「だったら、生きて働いてくださいよ」


「簡単に言わないでください」


「そっちも簡単に死ぬ話をしないでください!」


 また声が大きくなった。


 畑にいた農夫が、こちらを見る。


 俺たちは同時に顔を逸らした。


「……すぐ怒鳴りますね、あなたは」


「王女様もでしょう」


「私は怒鳴っていません」


「食堂で思い切り怒鳴ってました」


「忘れてください」


「無理です。俺の能力、記憶再現なので」


「こういうときだけ便利ですね!」


「俺も今、初めて便利だと思いました」


 エレオノーラは怒った顔のまま、少しだけ笑った。


「俺から一つ、質問していいですか」


「何でしょう」


「王女様は、俺に何をしてほしいんです?」


「国を救ってほしいと」


「それがでかすぎるんです。もっと具体的に」


 エレオノーラは考える。


「まず、グランヴェールへ来てください」


「その次は?」


「畑と倉庫をご覧いただきたい。農民や職人から話を聞き、我が国にない方法があるなら教えてください」


「全部俺の言う通りにするんですか」


「いいえ」


「え」


「国の事情に合わない提案なら採用できません。現地の者にも意見を聞きます」


「そこは素直に従うって言う場面じゃ」


「あなた自身が、知識だけでは何もできないとおっしゃったのでしょう」


「覚えてたんですね」


「私にも記憶はあります」


 エレオノーラは少しだけ胸を張った。


「あなたには知識を出していただく。実現できる形へ変えるのは、我々の仕事です」


「失敗しても?」


「失敗した理由を考えます」


「怒らない?」


「内容によります」


「そこは怒らないと言ってくださいよ」


「無責任な失敗なら怒ります。懸命に試して駄目だったなら、次を考えます」


「結構厳しいなあ」


「国民の命がかかっていますから」


 俺は畑を見た。


 ラウル村の畑。


 ここでも、俺は何も一人ではできなかった。


 水を運んだのは村人。


 薪を集めたのも村人。


 石鹸を形にしたのはアニタたち。


 俺は、知っていることを話しただけだ。


「考えさせてください」


 俺が言うと、エレオノーラの瞳が明るくなる。


「どのくらいですか」


「時間を決めるんですか?」


「いつまで待てばよいのか分からないのは困ります」


「三日」


「長すぎます」


「国を救う話ですよ!」


「一日」


「短い!」


「では二日」


「値切るものじゃないでしょう!」


「二日で」


「三日です!」


「二日半」


「細かいな!」


 結局、二日半という意味の分からない期限になった。


「それまでは、村にいるんですか」


「もちろんです」


「国へ帰らなくて大丈夫?」


「国へは、滞在の可能性を伝えています」


「最初から居座るつもりだったんですね」


「交渉とは、相手が断りにくい状況を作ることだと教わりました」


「怖い教育を受けてるなあ」


「王族ですから」


 エレオノーラは、何でもないことのように言った。


 俺は思わず横顔を見る。


「何です?」


「いや」


「また見ていましたね」


「見てません」


「見ていました」


「人の顔くらい見ますよ」


「その会話は昨日もしました」


「俺は覚えてます。記憶再現なので」


「本当に腹の立つ能力ですね」


 王女は村へ戻っていく。


 その背中は、昨日より少しだけ軽く見えた。


 俺は柵にもたれたまま、大きく息を吐いた。


「国を救う、か」


 無理だ。


 そう思う。


 今も思っている。


 なのに、完全に断る言葉が出てこなかった。


 問題は、これから二日半、王女が黙って待っているような人間には到底見えないことだった。


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