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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第8話 金髪美少女が俺を探して村まで来た。嫌な予感しかしない

 ラウル村の病が治まってから、ひと月ほどが過ぎた。


 俺はまだ村にいた。


 正確には、出ていく理由と、出ていった後の行き先が見つからなかった。


「コータロー! また泡が消えたよ!」


「火が強いんです! 鍋を下ろして!」


「重い!」


「二人で持ってください!」


「若い男が持ちな!」


「灰汁が跳ねたら危ないから指示してるんです!」


 朝から宿の裏庭は騒がしかった。


 俺の周囲には、大鍋を囲んだ村のおばちゃんたちがいる。


 病対策として作り始めた石鹸もどきは、今ではラウル村のちょっとした名産品になりつつあった。


 相変わらず色は茶色い。


 香りも微妙。


 ただし、最初に作ったものよりは泡立つようになった。


 香草を加えた試作品もある。


 森で採れる青い花を入れたものは、匂いこそよかったが、使うと手が青くなった。


 赤い花を加えたものは、なぜか腐った魚のような臭いになった。


 人生、見た目や匂いだけでは分からない。


「コータロー、今度のはどうだい」


 アニタが木べらですくった液体を見せる。


「少し取って冷ましてください。固まり方を見ます」


「今すぐ分からないのかい」


「俺は石鹸の神様じゃないんです」


「異世界人は何でも知ってるんじゃなかったのかい」


「誰がそんな嘘を?」


「エドガー」


「あの商人!」


 ラウル村を出たエドガーは、十日ほど前に一度戻ってきた。


 荷馬車には、灰汁の濃さを測るための卵、上質な獣脂、香草、それから見覚えのない器具まで積まれていた。


 石鹸を売る気満々だった。


 俺が安全性を確かめるまで大量生産は駄目だと言うと、


「では、試作品という名目で少量販売を」


 と返された。


 こいつは一度、大金を失わないと反省しないのではないだろうか。


「コータロー!」


 今度は男の声がした。


 振り返ると、木工職人のバルトが、壊れた柄杓を持って立っている。


「お前が作らせた柄杓、また柄が抜けたぞ!」


「俺が作らせたんじゃなくて、バルトさんが作ったんでしょう!」


「形を指示したのはお前だ!」


「差し込んだだけじゃ抜けるから、木釘で固定してって言いましたよね?」


「水を汲むだけの道具に、そこまで手間をかけられるか!」


「抜けたら作り直しになるでしょう!」


「前の柄杓でよかったんだ!」


「前のは水汲み用も洗濯用も同じだったから、分けたんじゃないですか!」


「印をつければ済んだ!」


「文字を読めない人もいるでしょう!」


「だったら色を塗れ!」


「……それでよかったな」


 俺が呟くと、バルトの顔が引きつった。


「お前」


「すみません。その発想はなかったです」


「俺の三日を返せ!」


「三日もかかったんですか?」


「細かい注文をしたのは誰だ!」


「だから、すみませんって!」


 バルトが柄杓を投げつけてくる。


 俺は慌てて受け取った。


 腹が立っているのは本当だろうが、直すつもりで持ってきたのも分かっている。


 面倒くさい人だ。


 たぶん、向こうも同じことを思っている。


「色を塗るとして、飲み水用は青、洗濯は赤でどうです?」


「何で青と赤なんだ」


「分かりやすいから」


「青い塗料は高い」


「じゃあ黒と白」


「葬式みたいで縁起が悪い」


「面倒くさいな!」


「お前が言うな!」


 背後で、おばちゃんたちが笑っていた。


「すっかり村の者みたいになったねえ」


 赤毛のカレンが言う。


「なってません。俺は一時滞在です」


「ひと月もいるだろう」


「行く場所がないだけです」


「アニタのところへ婿入りすれば?」


「どうして女将さんなんですか!」


「宿代が無料になるよ」


「それは魅力的ですけど、年齢差を考えてください!」


 鍋の前にいたアニタが、ゆっくり振り返った。


「何だって?」


「魅力的な女性だと思いますが、俺にはもったいないという話です」


「口だけは回るねえ」


「異世界で生きるために成長しました」


「宿代を今月から上げようか」


「勘弁してください!」


 また笑われる。


 俺は柄杓を持ったまま、空を仰いだ。


 英雄とは、もっと格好いいものではなかったか。


 少なくとも、柄杓の色や石鹸の臭いで毎朝怒鳴られる生活ではないはずだ。


 ただ、悪くはなかった。


 朝起きれば、やることがある。


 飯を食えば、文句を言う相手がいる。


 夜には疲れて眠れる。


 日本へ帰る方法は見つかっていない。


 王都からの連絡もない。


 それでも、何もできずに一人で街道を歩いていた頃よりは、ずっとましだった。


「コータロー!」


 ミーナが裏庭へ飛び込んできた。


「今度は何だ?」


「馬車!」


「エドガーさんなら、予定より早いな」


「違う! すごくきれいな馬車!」


「すごくきれい?」


「金色!」


「馬車が?」


「女の人が!」


「説明が下手だな、お前!」


 だが、ミーナは俺の袖を掴んで引っ張る。


「早く! コータローを探してる!」


「俺を?」


 嫌な予感がした。


 エドガーの忠告を思い出す。


 噂は元の話より小さくならない。


 魔法を使わず病を止めた異世界人。


 そんな噂を聞き、誰かが訪ねてくる可能性は考えていた。


 だが、実際に来られると困る。


 俺は病を治したわけではない。


 原因だって、きちんと検査したわけではない。


「今、いないって言ってきてくれない?」


「いるじゃん」


「隠れるから」


「何で?」


「面倒な仕事を頼まれそうだから」


 アニタが俺の背中を木べらで叩いた。


「痛っ!」


「客を待たせるんじゃないよ」


「俺の客とは限らないでしょう」


「お前を探してると言っただろう」


「じゃあ、なおさら嫌なんですよ」


「病人かもしれないよ」


「それを言うの、ずるくないですか?」


「効くだろう?」


「効きますけど!」


 結局、俺は宿の表へ向かった。


     ◇


 村の中央には、見たこともないほど立派な馬車が停まっていた。


 金色なのは女の人ではなく、馬車の縁取りだった。


 車体は深い青。


 扉には、麦の穂を王冠が囲む紋章。


 馬は二頭とも毛並みがよく、革具には銀の飾りがついている。


 王都で見た馬車よりは小さいが、ラウル村には明らかに場違いだった。


 村人たちは、遠巻きに眺めている。


 馬車の横には騎士が四人。


 全員が軽装ながら剣を差していた。


「帰っていいですか」


 俺が小声で言う。


 隣のミーナが首を傾げた。


「来たばっかりだよ」


「剣を持った人が四人もいる」


「ロルフも持ってるよ」


「あの人、たまに銀貨で動くじゃん。こっちは絶対、もっと高い給料をもらってる顔だよ」


「顔で分かるの?」


「何となく」


 そのとき、馬車の扉が開いた。


 最初に降りてきたのは、灰色の髪を後ろで束ねた中年女性だった。


 姿勢がいい。


 服装は地味だが、生地は上等そうだ。


 侍女か、付き人だろう。


 女性は周囲を見回し、俺のところで視線を止めた。


「失礼ですが、久世孝太郎様でいらっしゃいますか」


「人違いです」


「コータローだよ」


 ミーナが即座に裏切った。


「お前!」


「嘘は駄目ってアニタが言ってた」


「こういうときは空気を読め!」


 中年女性の眉がわずかに動いた。


 笑いを堪えたようにも見える。


「やはり、久世孝太郎様で?」


「様はいらないです。あと、何の用でしょう」


「主人がお目にかかりたいと申しております」


「主人?」


 俺が馬車を見る。


 中から、白い手袋に包まれた手が現れた。


 付き人が差し出した手に触れ、一人の少女が降りてくる。


 最初に見えたのは、陽光を受けて輝く金色の髪だった。


 腰近くまで伸びた髪を、後ろで緩くまとめている。


 年齢は俺と同じくらいか、少し下。


 青い瞳。


 鼻筋の通った整った顔。


 白を基調とした旅装には、細い金糸で模様が刺繍されている。


 きれいだった。


 王都で見た王女も美人だったが、あれは遠くから眺めただけだ。


 この少女は、俺から数歩の距離に立っている。


 思わず見入った。


 ほんの少しだけ。


「私の顔に、何かついておりますか」


 少女が尋ねた。


「いや、別に」


「先ほどから見ていらっしゃいますが」


「見てません」


「目が合いました」


「人の顔くらい見るでしょう」


「では、なぜ否定したのです?」


「見てたって認めると、変な感じになるからです」


「すでに十分、変ではありませんか」


「初対面で厳しいな!」


 周囲の村人から、抑えた笑いが漏れた。


 少女は笑わない。


 俺を観察するように、じっと見ている。


 何だ、この人。


 美人だが、話しにくい。


「まず、名乗らせていただきます」


 少女は姿勢を正した。


「私はグランヴェール王国第一王女、エレオノーラ・フォン・グランヴェールと申します」


「王女?」


 思わず後ずさる。


 やっぱり面倒な人だった。


 ただの貴族でも嫌なのに、王女。


 しかも第一。


 村人たちが慌てて膝をつく。


 ミーナまで真似をしようとしたので、俺はその肩を掴んだ。


「お前は無理にやらなくていいんじゃないか?」


「コータローは?」


「俺は、この国の礼儀を知らないから」


「ひざまずきなさい!」


 付き人の女性が鋭く言った。


「マーサ」


 エレオノーラが静かに制する。


「この方は異世界から来たと聞いています。我が国の礼法を知らないのは当然です」


「しかし、殿下」


「よいのです」


 王女は俺へ向き直った。


「どうか、普段通りになさってください」


「助かります」


「もっとも、王女に対して『面倒な人だった』という顔をするのが、あなたの普段通りなら考えものですが」


「顔に出てました?」


「はっきりと」


 この世界の人間は、どうして俺の顔から何でも読み取るのだろう。


「それで、グランヴェールの王女様が、こんな村まで何の用ですか」


「あなたにお願いがあって参りました」


「断ります」


 即答した。


 王女が固まる。


 付き人のマーサも、騎士たちも固まった。


 村人たちまで静まり返る。


「……まだ何も申し上げておりませんが」


「王女様がわざわざ村まで来て、異世界人に頼むことですよね」


「ええ」


「絶対に面倒な話でしょう」


「内容を聞かずに判断なさるのですか」


「経験です。王様とか王女様が出てくると、大体、世界を救えとか国を救えとか言うんです」


 王都で実際に言われた。


 そして役に立たないと分かったら、金貨三枚で捨てられた。


 もう王族には関わりたくない。


 エレオノーラは、しばらく俺の顔を見つめた。


「では、話が早くて助かります」


「え?」


「我が国を救ってください」


「無理」


 今度は一秒もかからなかった。


「なぜですか!」


「規模がでかすぎるんですよ!」


「まだ事情を説明しておりません!」


「国を救うって時点で、井戸を掃除するのとは違うでしょう!」


「あなたは、この村を救ったと聞きました」


「救ってません。みんなで病気が広がらないようにしただけです」


「魔法を使わず、死者を止めたとも」


「噂がもう大きくなってる!」


 俺は頭を抱えた。


 エドガーの言った通りだ。


「俺には治癒魔法もありません。剣も使えません。王都じゃ役立たずって追い出されたんです」


「承知しております」


「知ってるんですか」


「アストレア王国が、召喚された異世界人のうち一人を追放したことも調べました」


 王女の青い瞳がまっすぐ俺を捉える。


「そして、その追放された方が、ラウル村で何をしたのかも」


「何って、水を沸かしたり、石鹸を作ったりしただけです」


「我が国に必要なのは、その『だけ』なのです」


 声が変わった。


 今までの澄ました王女の声ではない。


 必死さを押し殺した、硬い声だった。


「グランヴェールでは、三年続けて作物が十分に実りませんでした。国庫には、もう余裕がありません。冬を越すための食糧も不足しています」


 村人たちの間から、ざわめきが起こる。


「父王は病床にあります。隣国からは援助の条件として、私との婚姻を求められています」


 エレオノーラは淡々と話している。


 しかし手袋に包まれた指が、強く握られていた。


「それ、俺に言っていい話なんですか」


「隠している余裕がありません」


「でも、俺は農業の専門家じゃないですよ」


「あなたには異世界の知識がある」


「広く浅くです。ホームセンターで肥料や農具を売ってただけで、畑を持ってたわけじゃない」


「それでも、この世界にはない知識です」


「期待しすぎです」


「期待せずにはいられません」


 即答された。


 今度は俺が黙る番だった。


 エレオノーラは一歩近づく。


「お願いします」


 王女が頭を下げた。


 付き人のマーサが息を呑む。


「殿下!」


「我が国へ来てください。まずは現状を見ていただくだけでも構いません」


「いや……」


「お願いします」


「顔を上げてください」


「承諾してくださるまで上げません」


「そういうの困ります!」


「私も困っております」


「王女様が開き直らないでください!」


 村人たちがこちらを見ている。


 子供まで静かだ。


 非常に居心地が悪い。


「俺、本当に国なんか救えませんよ」


「何もしないうちから、なぜ分かるのです」


「分からないから断ってるんです!」


「では、見てから判断してください」


「行ったら断りにくくなるでしょう!」


「そうなれば、私としては助かります」


「やっぱり罠じゃないですか!」


 エレオノーラが初めて、ほんの少しだけ笑った。


 だが、すぐに真剣な顔へ戻る。


「何がお望みですか」


「はい?」


「我が国を救ってくださるなら、可能な限りの対価をお支払いします」


「金」


「ありません」


「即答ですね!」


「国庫に余裕がないと、今申し上げました」


「じゃあ土地」


「肥沃な土地には、すでに領主がおります」


「帰っていいですか?」


「待ってください!」


 王女が反射的に俺の袖を掴んだ。


 全員の視線が、その手に集まる。


 エレオノーラも気づき、すぐに手を離した。


「……失礼しました」


「いえ」


「ですが帰らないでください」


「無茶を言うなあ」


 俺はため息をついた。


 エレオノーラは美人だ。


 国を救うため、こんな辺境の村まで来た。


 しかも王女が頭を下げた。


 普通のラノベ主人公なら、迷わず引き受ける場面だろう。


 だが、俺は普通のホームセンター店員だ。


 国を救う方法など知らない。


 期待されて失敗するのが怖い。


 また役立たずと言われるのも嫌だ。


「今日は帰ってください」


 俺が言うと、エレオノーラの顔から血の気が引いた。


「話は終わりですか」


「少なくとも、今すぐ答えは出せません」


「では、いつなら」


「分かりません」


「分かるまで待ちます」


「王女様が、こんな村で?」


「ええ」


「宿は狭いですよ」


「構いません」


「食事は固いパンと薄いスープです」


「耐えます」


「風呂はありません」


 エレオノーラの表情が一瞬だけ固まった。


「……耐えます」


「今、間がありましたよね?」


「ありません」


「ありました」


「ありません」


「この村で嘘をつくと、ミーナに怒られますよ」


「誰ですか、ミーナとは」


「私!」


 ミーナが元気よく手を挙げる。


 エレオノーラは、どう反応すればいいか分からない顔をした。


「とにかく」


 俺は王女へ言った。


「今日はもう休んでください。俺も考えますから」


「それは、断ってはいないということでよろしいですか」


「断るかどうかを考えるって意味です」


「十分です」


「前向きに受け取らないでください!」


 エレオノーラは付き人へ向き直る。


「マーサ。この村に滞在します」


「殿下、本気でございますか」


「ええ」


「しかし、宿泊に適した館は見当たりません」


「宿があります」


 アニタが胸を張る。


 マーサが宿を見る。


 壁の一部は補修中。


 屋根には藁。


 窓の戸は少し傾いている。


 マーサの表情が明らかに曇った。


「……殿下」


「普段通りで構わないと申し上げたのは私です」


「ですが」


「国民が泊まれる場所なら、私も泊まれます」


 エレオノーラが言い切る。


 少し格好いい。


 そう思った直後、ミーナが彼女のドレスを引いた。


「お姫様」


「何でしょう」


「虫、平気?」


「虫?」


「夜になると、部屋に大きいのが出るよ」


「……どのくらい大きいのですか」


 ミーナが両手を広げた。


 明らかに大げさだ。


 エレオノーラの顔が青くなる。


「マーサ」


「はい」


「窓と扉の隙間を確認してください」


「かしこまりました」


「耐えるんじゃなかったんですか」


「虫と同室になる必要はありません!」


「王女様も普通の人なんですね」


「当然でしょう!」


 初めて声を荒らげたエレオノーラを見て、俺は少しだけ笑った。


 すぐに睨まれる。


「何がおかしいのです」


「別に」


「また私の顔を見ていましたね」


「見てません」


「見ていました」


「人の顔くらい見るでしょう」


「先ほどと同じ会話ではありませんか!」


 ラウル村へ、王女が来た。


 そして帰らないと言い出した。


 嫌な予感しかしない。


 その予感が間違っていなかったことを、俺は翌朝には思い知ることになる。


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