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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第34話 種を分けてほしいと言ったら、国宝を貸せと言われた

「大森林南部。現在、人間が畑と呼んでいる土地のすべてを返せ」


 リュシアが突きつけた要求は、城へ着いたあとも一言たりとも変わらなかった。


 王城の会議室。


 長い卓を挟み、片側にはグランヴェール側の人間が並んでいる。


 エレオノーラ。


 ザイフリート宰相。


 ルーカス。


 農務官や財務官。


 それから、なぜか俺。


 反対側に座るエルフは、リュシア一人だけだ。


 大勢で一人を囲む形は、どう見ても公平ではない。


 そこで俺はリュシア側の席へ移ろうとしたのだが、エレオノーラに袖をつかまれた。


「孝太郎はこちらです」


「でも、一人だけだと話しづらいでしょう」


「あなたはグランヴェールの共同責任者です」


「森の病気を調べる側でもあります」


「だからといって、なぜリュシアの隣へ座るのです」


「距離が近い方が話しやすいからですよ」


「ここでも十分聞こえます」


 エレオノーラは袖を放さない。


 リュシアが向かい側から冷たい視線を寄越した。


「座る場所すら自分で決められないのか、異邦人」


「決められますよ」


「では、こちらへ来い」


「孝太郎」


 右からエレオノーラ。


 正面からリュシア。


 どちらを選んでも面倒になる。


「真ん中に座ります」


「そこは書記の席です」


 ザイフリート宰相が淡々と言った。


「では、書記をやります」


「会議の進行役も務めてもらいます」


「仕事が増えた!」


「座る場所へこだわった結果です」


 宰相は少しも悪びれない。


 仕方なく俺は卓の端、両陣営のちょうど中間へ座った。


 エレオノーラは不満そうで、リュシアも不満そうだった。


 なぜ公平にした俺が、両方から睨まれなければならないのだろう。


「では、改めて確認します」


 俺は炭筆を持った。


「エルフ側は、黒い病に強い古代麦の種を持っている」


「病に強いと決まったわけではない」


 リュシアが訂正する。


「森で黒い病が出たあとも、古代麦の畑だけは穂が黒くならなかった」


「それを強いと言うのではないのですか」


 エレオノーラが尋ねる。


「偶然かもしれない。土や水が違う可能性もある」


 俺は思わず頷いた。


「リュシア、慎重になりましたね」


「お前が、分からないことを分かったと言うなと騒いだからだ」


「いいことです」


「腹が立つ」


「なぜです?」


「褒められると、お前の弟子になったようで嫌だ」


「弟子になった覚えは俺にもありませんよ!」


 ルーカスが小さく笑う。


 エレオノーラは弟へ視線を向けた。


「ルーカス。会議中です」


「姉上も先ほどから、孝太郎の座る場所ばかり気にしていました」


「気にしていません」


「袖をつかんでいました」


「あれは共同責任者としての立場を確認しただけです」


「どの国でも王族は言い訳が長いな」


 リュシアが呟く。


「聞こえていますよ」


「聞こえるように言った」


「二人とも、話を戻しましょう!」


 このままでは種の話へ入る前に昼になる。


「古代麦が黒穂病に強い可能性はある。ただし、グランヴェールの土で育つ保証はない。種をもらっても、すぐ全国へ配るのではなく、まず小さな畑で試す必要があります」


「そんな悠長な時間はありません」


 財務官が口を挟んだ。


「今年の収穫は壊滅的です。来年も同じことが起きれば、国庫だけでなく国そのものが持ちません」


「だからこそ、全部植えて失敗したら終わりでしょう」


「一部を試験へ回している余裕もないと言っているのです」


「では今ある種を、何の確認もせず全部賭けますか」


「他に方法がないなら」


「あります。少なくとも、全部を一度に使わない方法はある」


「失敗したとき、誰が責任を取るのです」


 またその言葉だ。


 俺は炭筆を置いた。


「成功したときは誰の手柄です?」


「今は責任の話をしている」


「だから聞いてます。失敗したら俺一人の責任で、成功したら王国全体の手柄ですか」


 財務官の顔が赤くなる。


「そのような言い方はしていない!」


「でも皆、失敗する前に責任者だけ決めたがるでしょう」


「孝太郎」


 エレオノーラが静かに俺を止めた。


「財務官を責めないでください。彼もまた、残された金と食料で国民を冬まで生かす立場です」


「分かってます」


「分かっている顔ではありません」


「腹は立ってますから」


 財務官も黙り込み、目を伏せた。


「……私も、好きで急がせているわけではない」


 声が少し弱くなった。


「毎朝、各地から食料の要求書が届く。どこへ送っても、別の村が減る。昨日は北部の村へ麦を出した。その分、王都の配給を一日減らした」


「家族は王都に?」


「妻と、子供が三人いる」


「配給が減れば、ご家族も」


「当然、減る」


 財務官は俺を見た。


「私が自分の家だけ食べていると思ったか」


「……少し思いました」


「正直すぎるぞ!」


「すみません」


「謝るのも早いな!」


 人は立場で話す。


 役人だから冷たいのではない。


 毎日、どこを飢えさせるか選ばされているから、余裕がなくなるのだ。


「試験に使う量は、最低限にします」


 俺は言い直した。


「失敗した場合に備えて、種を全部使い切らない。うまく育ったら、そこから増やす。時間はかかるけど、国ごと賭けるよりはましです」


「その種を渡すとは、まだ言っていない」


 リュシアが釘を刺す。


「分かってます。それで条件ですが、本当に大森林南部の全農地を返せと言うんですか」


「それが森の望みだ」


「森が喋ったんです?」


「精霊の声を聞いた」


「リュシア自身の望みは?」


「同じだ」


「本当に?」


「何が言いたい」


「森を全部返せと言って、人間が受け入れると思ってないでしょう」


 リュシアの耳がわずかに動いた。


 図星らしい。


「最初から断らせるための条件ですか」


「違う」


「では、交渉する気がある?」


「人間が本当に森を守る気があるか、見極める」


「無理な条件を出して断ったら、やっぱり人間は森を守らないって言うつもりでしょう」


「お前は、なぜ人の嫌なところばかり見つける」


「自分にもあるからですよ」


 俺だって、相手に拒絶されると思えば、わざと断られやすい言い方をすることがある。


 傷つく前に、こちらから関係を壊す。


 リュシアの要求にも、少し似た臭いがした。


「条件を細かくしてください」


「細かく?」


「森を返せ、だけじゃ決められません。どの土地を。いつまでに。今住んでいる人はどうする。畑をやめた家族は何を食べる。森へ戻す作業は誰がする」


「人間は、奪ったときにそんなことを考えなかった」


「だから同じことをするんですか」


「……」


「復讐なら、そう言ってください。償いを求めるなら、できる形を一緒に考えましょう」


 リュシアは腕を組み、しばらく黙った。


「百年だ」


「何が?」


「大森林の南端にある土地を、百年間、保護区とする。人間は木を切らず、家を増やさず、狩りを制限する」


 会議室がざわつく。


「百年……」


 ルーカスが呟いた。


 人間にとっては、ほぼ永遠に近い。


 エルフにとっては、そうでもないのかもしれない。


「範囲は?」


 ザイフリート宰相が地図を広げる。


 リュシアは南部森林に沿って指を動かし、ある地点で止めた。


「この川から、東の丘まで」


「待ってください」


 農務官の顔色が変わる。


「そこには十二の村と、王国でも比較的収穫の安定した畑があります!」


「元は森だ」


「現在は、人間が暮らしている!」


「奪った者が住み着けば、土地はその者の物になるのか」


「今いる者の多くは、森を切った時代に生まれてすらいない!」


「だから罪はないと?」


「リュシア」


 俺が声をかける。


「その十二の村を、全員追い出したいんですか」


「……分からない」


「分からない?」


「森を返してほしい。だが、そこに住む子供まで憎いわけではない」


 リュシアは苛立ったように髪をかき上げた。


「長老たちは、すべて返せと言う。若い者の中には、人間の村など焼けばよいと言う者もいる。私は、そのようなことをすれば、また百年争うだけだと思っている」


「それを先に言ってくださいよ」


「使者が、村の意見を勝手に曲げてよいのか」


「全部従うだけなら、使者じゃなくて手紙でいいでしょう」


「また面倒なことを言う」


「交渉って、そういうものでしょう」


 エレオノーラが地図を見つめた。


「村をすぐ移すことはできません」


「なら、種は渡さない」


「最後まで聞いてください」


 エレオノーラは顔を上げた。


「保護区そのものは、検討します。ただし、人が住む村を追い出す形ではありません。新たな開墾を禁じ、伐採量を制限する。川沿いへ木を植え直し、狩猟期間を定める。段階的に森を回復させます」


「人間が約束を守る証拠は」


「法にします」


「王が変われば、法も変わる」


「エルフ側との条約にする」


「条約も破られる」


「では、何なら信じるのです」


「何も信じない」


 リュシアの答えは早かった。


 エレオノーラの眉が寄る。


「信じない相手と、どう交渉するつもりですか」


「だから担保を出せ」


「担保?」


「人間が約束を破れば、森が奪えるものを預けろ」


 会議室が静かになる。


「金ですか」


 財務官が恐る恐る尋ねる。


「森に人間の金は要らない」


「では、何を」


 リュシアの金色の目が、まっすぐ俺を見た。


 嫌な予感がした。


「異邦人を森へ預けろ」


「やっぱり俺!?」


「却下します」


 エレオノーラが即答した。


「本人へ聞く前に決めるな」


「聞くまでもありません」


「俺にも発言権は?」


「あります。断ってください」


「発言権というより、発言内容まで決められてる!」


 リュシアは平然と続ける。


「百年とは言わない。古代麦が人間の土地で収穫でき、最初の植林が根づくまでだ。その間、この男は森と王都を行き来し、双方の記録を確認する」


「それ、担保というより担当者ですよね」


「逃げれば種の提供を止める」


「やっぱり人質じゃないですか!」


「孝太郎は渡しません」


 エレオノーラの声が冷える。


「所有物ではない」


「分かっています!」


「ならば本人に決めさせろ」


「危険な森へ置いていけるわけがありません!」


「私の村で襲われたか」


「三度も弓を向けられたと聞きました」


「数えたのですか?」


 俺が尋ねる。


「報告書へ書かれていました」


「誰がそんな細かいことを」


「ロルフです」


 あの男、きっちり報告していたらしい。


「私は森へ住みませんよ」


 俺が言うと、エレオノーラが少しだけ安心した顔をした。


「ただ、定期的に通う必要はあります」


 その安心がすぐ消えた。


「なぜです」


「森の病気を調べるって約束したでしょう。古代麦の試験も、森とグランヴェールの両方を見ないと分からない」


「私も同行します」


「王女様は毎回無理でしょう」


「では護衛を増やします」


「増やせばエルフ側が嫌がる」


「それなら、リュシアが王都へ滞在すればよいのです」


 リュシアがエレオノーラを睨む。


「なぜ私が人間の城に住む」


「こちらばかり危険を負うのは不公平です。あなたも王都と村を行き来し、条約が守られているか確認してください」


「私を人質にする気か」


「担当者です」


「先ほど私が同じことを言ったら、拒絶したではないか!」


「孝太郎はさらわれやすいので」


「そこを理由にしないでください!」


 ルーカスが堪え切れず笑い出した。


「姉上。二人とも同じことを言っています」


「違います」


「違わない」


 リュシアまで即答する。


「似ていません!」


「私は人間の王女ほど頑固ではない」


「十分頑固です!」


「エレオノーラ様、会議を進めてもよろしいでしょうか」


 ザイフリート宰相の静かな声が飛んだ。


 王女は咳払いし、姿勢を正す。


「失礼しました」


「孝太郎殿」


「はい」


「あなたもです」


「俺は巻き込まれた側ですよ!」


「毎回そう主張しますな」


「本当です!」


 会議は夕方まで続いた。


 最終的に決まったのは、まだ条約ではない。


 交渉を続けるための仮の取り決めだ。


 古代麦は、壺一つ分だけグランヴェールへ貸し出される。所有権はエルフ側にあり、勝手な売買や国外への持ち出しは禁止。


 グランヴェール側は、南部森林での新規伐採と新規開墾を一時停止する。


 既存の村は追い出さない。その代わり、川沿いの土地を調査し、植林可能な場所を選ぶ。


 狩猟についても、繁殖期の狩りを制限する。


 そして俺とリュシアは、双方の共同調査役として、王都と森を行き来する。


「どうして俺の仕事だけ増えてるんです?」


 仮合意書を見ながら尋ねると、エレオノーラは平然と答えた。


「共同責任者ですから」


「便利に使いすぎでしょう!」


「森の問題へ最初に口を出したのはお前だ」


 リュシアも言う。


「弟さんを助けてくれって、俺を連れていったのはリュシアですよね!」


「私は命じただけだ」


「もっと悪い!」


 それでも、交渉は一歩進んだ。


 百年の恨みが、今日一日で消えるわけではない。


 古代麦も、まだ一粒も土へ入っていない。


 仮合意書を正式なものにするには、南部の農民たちへ説明しなければならなかった。


 そして翌朝。


 説明へ向かう前に、城門から怒号が聞こえた。


「勝手に畑を森へ返すとは、どういうことだ!」


 農民たちが、鍬や鎌を手に城へ押しかけていた。


 先頭に立っていたのは、以前俺の農業知識を一蹴したカレルだった。


「久世の兄ちゃん!」


 俺を見つけたカレルは、怒りで真っ赤になった顔を向けた。


「森の百年後より、俺たちは明日のパンが欲しいんだ! あんたは俺たちに、森のために飢えて死ねって言うのか!」


 仮合意をまとめた俺たちが次に向き合うのは、エルフではなかった。


 森を守るための約束によって、暮らしを失うかもしれない人間たちだった。


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