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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第31話 黒い病は呪いではない。そう言ったら、弓を向けられた

「フィル、聞こえる? 眠らないで。ゆっくり息をして」


「くる……しい……」


 フィルの喉から、空気の漏れるような細い音が出ていた。


 唇は青くなり、両手が喉元をかきむしっている。


 熱や黒い斑点より、まず呼吸だ。


「何を食べた!」


 駆け込んできたエルフの薬師が怒鳴った。


「さっきの団子です!」


「あれには毒などない!」


「毒だとは言ってません! 喉に詰まってるかもしれない!」


 俺はフィルの口を開けさせた。


 見える範囲に異物はない。見えないものを指で探れば、かえって奥へ押し込むかもしれない。


「フィル、咳はできる?」


 少年は答えられない。


 ほとんど空気が通っていない。


「リュシア、フィルを立たせて!」


「立てる状態に見えるのか!」


「いいから支えてください!」


 俺はフィルの背後へ回り、体を前へ傾けさせた。


 肩甲骨の間を、手のひらの付け根で叩く。


 一度。


 二度。


「貴様、弟に何をする!」


 リュシアが俺の腕をつかんだ。


「詰まったものを出すんです!」


「叩いて治るものか!」


「じゃあ、このまま見てるんですか!」


 リュシアの手が止まる。


 三度目。


 四度目。


 フィルの体が大きく揺れたが、何も出ない。


「駄目だ」


「何が駄目なんです」


 ロルフが俺の横へ膝をつく。


「いや、お前の顔が駄目だ。泣きそうになっている」


「怖いんですよ!」


「なら手を止めるか」


「止めません!」


 俺はフィルの腹へ腕を回した。


 これも、以前に救命講習の動画で見ただけだ。ホームセンターの防災週間で、店内講習へ参加したときに人形相手に一度やった。


 本物の子供にするのは初めてだった。


 力が強すぎれば怪我をさせる。


 弱すぎれば意味がない。


「フィル、ごめん。痛いかもしれない」


 みぞおちより下へ握った拳を当て、内側から上へ押し上げる。


 一度。


 フィルの体が跳ねる。


 二度。


「やめろ!」


 白髪の長老が叫んだ。


 三度目を押した瞬間、フィルの口から赤い粒が飛び出した。


 卓の上にあった、灰樹の種だ。


「げほっ!」


 激しい咳とともに、少年の喉へ空気が戻る。


「フィル!」


 リュシアが弟を抱きしめた。


 フィルは苦しそうに咳き込みながら、それでも自分で息を吸っている。


「よかった……」


 力が抜けた。


 その場へ座り込みそうになり、ロルフに襟をつかまれる。


「お前まで倒れるな」


「ちょっと腰が抜けただけです」


「同じだ」


「違いますよ。意識はあります」


「口も動いているな」


「そこは元気です」


 薬師がフィルの胸と喉へ手を当て、何か短い言葉を唱えた。淡い緑の光が少年の体を包む。


「傷ついた喉を癒やした」


「治療魔法ですか」


「森の治癒術だ。人間の魔法と同じにするな」


「そういうところ、今こだわります?」


 薬師は答えず、フィルの呼吸を確かめた。


「命に別状はない」


 その言葉を聞いて、リュシアは弟を抱きしめたまま顔を伏せた。


 肩が震えている。


「姉さん、痛い」


「黙れ」


「抱きしめすぎ」


「黙っていろ!」


「助かったのに怒られた……」


 フィルが困った顔をする。


 その表情がルーカスに少し似ていて、俺は思わず笑った。


「笑うな、人間!」


「すみません。でも、元気そうなので」


「孝太郎」


 リュシアが俺を見る。


「……礼を言う」


「どういたしまして」


「だが、先ほど私へ怒鳴ったことは許していない」


「そこは別にするんですね」


「当然だ」


「面倒だなあ」


「お前に言われたくない!」


 それだけ言い返せるなら、リュシアも少し落ち着いたらしい。


 俺は卓の上へ落ちた赤い種を、布越しにつまんだ。


「今回の急変は、たぶん黒い病そのものじゃありません」


「どういう意味だ」


 長老が険しい顔で尋ねる。


「この種が喉へ詰まったんです。病気のせいで飲み込む力が弱っていたのかもしれないし、焦って丸ごと飲み込んだだけかもしれない」


「黒い斑点が濃くなった」


「苦しくて血の巡りが変わったから、そう見えた可能性もあります。そこは断言できません」


「結局、分からないのか」


「分からないことと、分けて考えられることは違います」


 俺はフィルを指した。


「熱と斑点。今の呼吸困難。この二つを全部同じ黒い病のせいにしていたら、喉に詰まった種を見落としてた」


 長老は何も言わなかった。


「黒いから同じ。苦しんでいるから全部呪い。それじゃ、助けられるものまで助けられません」


「森の怒りを否定する気か」


「怒っているかどうかは、森に聞いてください。俺には分かりません」


「人間め」


「でも、体に起きていることは調べられます」


 俺が立ち上がると、足が少し震えた。


 ロルフがそれに気づき、何も言わず背中を支えてくれた。


 からかわれると思ったので、少し意外だった。


「病人を見せてください」


「まだ食事の確認が終わっていない」


 長老が言う。


「もう十分でしょう!」


「一刻経っていない」


「今、フィルが倒れたんですよ!」


「それは種を詰まらせただけだと、お前が言った」


「そうですけど! だからって毒見を続ける話にはならないでしょう!」


「孝太郎」


 フィルが小さく手を上げた。


「僕は、もう大丈夫だから」


「君は大丈夫じゃありません。熱も斑点も残ってるでしょう」


「でも、人間が怒ってるところを見てる方が疲れる」


「十二歳に気を遣われた……」


 長老は深く息を吐いた。


「食事の試しは、これで終わりとする」


「最初からそうしてくださいよ」


「口を慎め」


「俺、さっきあなたの村の子を助けましたよね?」


「それと無礼は別だ」


「リュシアと同じこと言う!」


「長老だからな」


 リュシアが胸を張る。


「そこ、誇るところですか?」


     ◇


 神殿の内部は薄暗く、薬草と煙の臭いが充満していた。


 寝台は三つ。


 フィルのほかに、若い女性と大柄な男性が横たわっている。


 若い女性の名はミラ。


 森の水路を管理する仕事をしていたという。


 男性はトルガ。


 狩人で、最初に黒い獣を見つけた者らしい。


 そして神殿の奥には、二人を世話する家族と薬師が何人もいた。


「窓は開けないんですか」


「夜気は病を重くする」


「昼ですよ」


「森の冷気は同じだ」


 薬師が煙の立つ器へ、新しい薬草を入れた。


 白い煙が広がり、俺は咳き込む。


「この煙、ずっと焚いてるんです?」


「病を追い出す清めの煙だ」


「病人もこれを吸ってる?」


「当然だ」


「咳が出てる人にも?」


「咳は、体から穢れが出ている証だ」


「煙で咳き込んでるだけかもしれないでしょう!」


 薬師の目が吊り上がった。


「我らの薬術を侮辱するか」


「侮辱じゃなくて確認です。煙を焚く前と後で、咳が増えたか記録しました?」


「そのようなものは必要ない」


「必要です!」


 また声が大きくなった。


 ロルフが俺の肩を押さえる。


「順番に聞け」


「でも」


「喧嘩して追い出されたら、何も調べられん」


 正しい。


 腹は立つが、正しい。


 俺は一度息を整えた。


「すみません。まず、患者ごとに症状を教えてください」


 薬師は不満そうだったが、リュシアに促されて答えた。


 フィルは五日前から発熱し、翌日に首へ斑点が出た。


 ミラは八日前。最初は手の甲の斑点だけで、三日前から熱が出た。


 トルガは十日前。黒い獣を運んだあと、腕へ斑点が現れた。


「順番が違う」


「何がだ」


「フィルは熱が先。ミラは斑点が先。トルガは獣へ触ったあと」


「すべて黒い病だ」


「見た目が似てるだけかもしれません」


「まだ言うか!」


 長老が入口から声を荒らげた。


「呪いを細かく分けて、何になる!」


「呪いじゃないかもしれないからです!」


 その瞬間、神殿内の全員が動きを止めた。


 外にいた弓兵たちまで、入口へ集まってくる。


 リュシアが低い声で言った。


「孝太郎。今の言葉は取り消せ」


「取り消しません」


「森の怒りを否定すれば、村中を敵に回す」


「病気かもしれないものを呪いだけで片づけたら、治せる可能性を捨てることになります」


「人間の知恵が、精霊より正しいと言うのか」


「正しいかどうかを決めたいんじゃありません。試せることを試したいんです」


 弓へ矢がつがえられる。


 ロルフが俺の前へ立った。


「だから言っただろう。お前は口で死ぬタイプだ」


「今説教します?」


「今しか言えんかもしれん」


「怖いこと言わないでください!」


 矢を向けられても、長老から目は逸らさなかった。


 正確には、目を見るのは怖いので眉間を見ていた。


「一日ください」


「何?」


「呪いか病気かを、今日決めろとは言いません。俺の言う通り全部変えろとも言わない」


「では何をする」


「患者ごとに寝る場所を分ける。世話をする人も分ける。使う布と器を混ぜない。水場と食事を記録する。煙は半日だけ止めて、咳がどう変わるか見る」


「清めを止めることは許さぬ」


「じゃあ、一人だけ別の部屋へ移して比較する」


「人を試す道具にするのか!」


「今も全員へ同じ治療をしてるでしょう! 効いてるか分からないまま!」


 薬師が俺へ詰め寄る。


「我らの治療を疑うなら、出ていけ!」


「疑いますよ!」


「何だと!」


「だって治ってないでしょう!」


 口にしたあと、胸が痛んだ。


 薬師の顔が傷ついたからだ。


 彼らだって、何もしてこなかったわけではない。


 眠らずに患者を看護し、薬を探し、祈り、できることをしてきた。


 結果が出ないからといって、その苦労まで否定していいわけではない。


「……言い方が悪かったです」


「今さら謝るのか」


「治っていないから、あなたたちが間違っていると言いたいんじゃありません」


「では何だ」


「治らないなら、違うことも試さないといけない。今までの努力を無駄にしないためにも」


 薬師は黙った。


 その横で、若い女性のミラが苦しそうに身じろぎした。


 薬師が慌てて駆け寄り、腕の布を外す。


 黒い斑点へ、どろりとした緑黒い膏薬を塗った。


 甘く腐った臭いが強くなる。


「待って」


「触るな!」


「その薬、何から作ってます?」


「黒い病を受けた神樹の樹皮だ」


「……え?」


「傷ついた森の力を、病人へ戻すための薬だ」


 俺は膏薬の器を見た。


 黒い粒。


 甘い腐臭。


 森で見た巨木から舞った粉と、よく似ている。


「それ、いつから使ってるんです」


「最初の患者が出てからだ」


「塗ったあとは?」


「斑点が一度薄くなる。だから効いている」


「そのあと、また広がる?」


 薬師の顔が変わった。


「なぜ分かる」


 俺はミラの腕を見る。


 古い斑点の周囲へ、新しい小さな黒点が輪のように広がっている。


「今すぐ、その薬を使うのを止めてください」


「神樹の力を否定するか!」


「違う!」


 俺は膏薬を指さした。


「治療に使ってるこれが、病気を広げてるかもしれないんです!」


 神殿が静まり返った。


 リュシアは弟の首元を見た。


 そこにも、同じ膏薬が塗られている。


「姉さん」


 フィルが震える声で尋ねる。


「僕たちは、治るために毎日これを塗ってたんだよね」


「ああ」


「じゃあ、どうして黒いところが増えたの?」


 誰も答えられない。


 治すために続けていた行為が、病を悪化させているかもしれない。


 その可能性を口にした俺へ向けて、長老は再び弓を上げた。


 だが今度は、リュシアが俺の前へ立った。


「弓を下ろしてください、長老」


「退け」


「退きません」


「人間を信じるのか」


 リュシアは弟の黒い斑点を見つめた。


「いいえ」


 そして、苦しそうに続ける。


「もう、何を信じればよいのか分からないのです」


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