表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/32

第30話 エルフの村で最初に出されたのは、歓迎の食事ではなく毒見役だった

「帰れ。さもなくば、この場で射る」


 白髪のエルフが引いた弓から、ぎり、と嫌な音がした。


 矢じりは、きちんと俺の胸へ向けられている。


 異世界へ来てから、剣や矢を向けられる回数が明らかに多い。ホームセンターで働いていた頃は、客に怒鳴られたことはあっても、命まで取られそうになったことはなかった。


「帰りたいのは山々なんですが」


 俺は両手を上げた。


「帰る前に、どうして呼ばれたのか説明してもらえません?」


「我らは呼んでいない」


「リュシアは城まで来ましたよ」


「あれは、この娘の独断だ」


「長老!」


 リュシアが声を上げた。


「フィルの熱は五日も下がっていない! ミラも、トルガも同じだ。森の薬師たちは、もう使える薬がないと言った!」


「だからといって、人間を村へ入れてよい理由にはならぬ」


「では、弟を見殺しにしろと言うのか!」


「森の意志へ委ねるのだ」


「森の意志は、弟を苦しめることなのか!」


 リュシアの声が震えた。


 さっきまで俺へ弓を向けていた少女が、今度は自分の一族へ噛みついている。


 白髪の長老も、苦しそうな顔をしていた。


 冷たいわけではないのだろう。


 フィルを救いたくないわけでもない。


 ただ、人間を入れる怖さの方が大きい。


「長老」


 フィルが姉の腕から離れ、一歩前へ出た。


「僕、この人に診てもらいたい」


「フィル」


「治らないかもしれないって、ちゃんと言った。絶対治すって言う人より、僕はこの人を信じたい」


「子供に何が分かる」


「苦しいのは僕だよ」


 静かな声だった。


 だから余計に、誰も言葉を返せなかった。


「夜、眠れないのも僕。薬を飲んで吐くのも僕。黒いところが少しずつ増えるのを見るのも僕だ」


 フィルは自分の頬へ触れた。


「森に任せろって言われても、森は何も答えてくれなかった」


「やめなさい」


「長老は、僕が怖くないの?」


「何を言う!」


「僕が死ぬのがじゃない。僕を助けるために、人間を入れるのが怖いんでしょう」


 長老の弓が、わずかに下がった。


 俺は思わず息を吐く。


 完全に下ろしてはいないが、少なくとも今すぐ射るつもりはなくなったらしい。


「条件がある」


 長老が言った。


「何です?」


「お前たちを村へ入れる前に、穢れを持ち込んでいないか確かめる」


「どうやって?」


「身につけている物をすべて置いていけ」


「すべて?」


「武器、荷物、衣服もだ」


「衣服も!?」


「孝太郎」


 ロルフが小声で言った。


「必要なら脱げ」


「嫌ですよ! 森の入口で全裸になるために来たんじゃありません!」


「命と服のどちらが大切だ」


「その二択にしないでください!」


 リュシアが額を押さえた。


「長老。衣服まで奪う必要はない。この男は貧弱だ。裸で歩かせれば、病人を診る前に本人が倒れる」


「貧弱って言いました?」


「事実だ」


「もう少し言い方があるでしょう!」


「三歩で転ぶ」


「いつまで言うんですか!」


 周囲のエルフたちから、小さな笑い声が漏れた。


 敵意ばかりだった顔が、一瞬だけ崩れる。


 笑った本人たちは、すぐに真顔へ戻った。


 俺はそれを見て、少しだけ安心した。


 彼らも人間と同じように笑う。


 ならば、話が通じる余地はあるはずだ。


「荷物は確認して構いません。武器も、俺は持ってないです」


「短剣がある」


「料理用です」


「刃は刃だ」


「じゃあ預けます。でも服は勘弁してください」


「下着まで取られたら、王女殿下へ何と報告すればいいか分からん」


 ロルフが真顔で言った。


「報告しなくていいですよ!」


「毎日、詳しく知らせろと言われた」


「そこまで詳しくしなくていい!」


 リュシアが俺たちを見比べた。


「お前たちは本当に、緊張感がないな」


「ありますよ。喋ってないと怖いだけです」


「そうは見えない」


「見えないようにしてるんです」


 長老は俺たちの荷物を、若いエルフたちに調べさせた。


 水筒。


 石鹸。


 布。


 塩。


 簡単な食料。


 記録用の紙と炭筆。


 どれを見ても、彼らは疑わしそうに眉をひそめる。


「この白い粒は何だ」


「塩です」


「毒ではない証拠は」


「舐めます?」


「お前が平気な毒かもしれない」


「そこまで疑われたら、証明のしようがないでしょう!」


 別のエルフが石鹸を摘まみ、鼻を近づけた。


「臭い」


「知ってます」


「これを体へ塗るのか」


「手を洗うんです」


「なぜ泥より汚い色をしている」


「材料の都合です!」


 苦労して作った石鹸もどきを、初対面でここまで悪く言われるとは思わなかった。


 ラウル村のおばちゃんたちでさえ、臭いと言いながら使ってくれたのに。


「確認は終わった」


 長老はまだ納得していない顔だった。


「ただし、人間が村の水や食べ物へ触れることは許さぬ」


「病人を診るには、触らないと」


「許可した範囲だけだ」


「そんなに俺が汚いですか」


「人間は森の外の病を持ち込む」


「逆もありますよ」


「何?」


「俺たちが森の病気を外へ持ち出す可能性もある。だから、お互いに気をつけるべきです」


 長老の顔が険しくなる。


「森が人間を汚すと言うのか」


「病気に人間もエルフも関係ないでしょう」


「精霊に守られた森には、本来病などない」


「実際にあるじゃないですか」


 周囲の空気が冷えた。


 ロルフが俺の背中を肘で突く。


「言い方」


「でも、ここを曖昧にしたら調べられません」


「黙って受け入れる知恵も持て」


「それで悪くなったら、誰が責任取るんです?」


「お前は口で死ぬタイプだな」


「最近、自分でもそう思います」


 長老は俺を睨み続けたが、最終的には弓を下ろした。


「村へ入れ。ただし、勝手な行動をすれば射る」


「それ、先に言う必要あります?」


「忘れぬようにだ」


「忘れませんよ。今日だけで二回目なので」


     ◇


 エルフの村は、遠くから見た以上に不思議な場所だった。


 家は地面へ建てられているのではなく、巨木の幹や枝に寄り添うように作られている。木材を無理に切りそろえず、曲がった枝や根をそのまま柱や階段に使っていた。


 家と家の間には吊り橋が渡され、その下を小川が流れている。


 美しい。


 そう思った直後、鼻を刺す甘い腐臭がした。


 村の奥へ進むほど、臭いが強くなる。


「病人は、あの神殿にいる」


 リュシアが指さした。


 大樹の根元に、半分埋まるように造られた建物がある。入口には薬草が吊るされていたが、その香りでも腐臭を隠し切れていない。


「病人を全員、あそこへ集めてるんですね」


「そうだ」


「世話をする人は?」


「薬師と家族だ」


「出入りは自由?」


「病人を孤独にさせるわけにはいかない」


「気持ちは分かります。でも、もし移る病気なら」


「また隔離の話か」


「隔離って、閉じ込めて捨てることじゃありません。世話をする人を決めて、出入りを減らすんです」


「家族を引き離すのか」


「会えなくしろとは言ってません」


 説明が難しい。


 病人を守るための隔離が、家族から見れば追放に見えることもある。


 ラウル村でも、病気の家へ近づくなと言ったとき、冷たいと怒られた。


「まず中を見せてください」


「その前に食べろ」


「食べる?」


 リュシアは神殿とは反対側にある、小さな集会所へ俺たちを連れていった。


 低い卓の上には、木の実を練った団子、薄緑色の汁、焼いた茸らしきものが並んでいる。


「歓迎の食事ですか」


「違う」


 長老が後ろから答えた。


「お前が森の食物を口にできるか確かめる」


「つまり?」


「先に食べろ」


「毒見じゃないですか!」


「人間に害があるものを、病人へ近づけるわけにはいかぬ」


「順番がおかしいでしょう! 普通はそっちが食べて安全だと示すんじゃないですか?」


「我らには安全だ」


「俺に安全かを調べるため、俺に食べさせる?」


「そうだ」


「調べ方が雑すぎる!」


 ロルフは料理を眺め、肩をすくめた。


「食うしかないな」


「ロルフさんも食べてくださいよ」


「私は護衛だ。お前が倒れたとき運ぶ者が必要だ」


「最初から倒れる前提じゃないですか!」


「二人とも食べれば、誰が助けを呼ぶ」


「理屈が通ってるようで腹が立つ!」


 俺は卓の前へ座った。


 木の実の団子を指で割る。中には赤い種のようなものが入っている。


「これ、何です?」


「夜露の実と、灰樹の種を練ったものだ」


「人間が食べた記録は」


「ない」


「動物は?」


「森鹿が食べる」


「鹿が平気でも、人間が平気とは限りませんよ!」


「ならば食べるな」


「食べなかったら村へ入れないんでしょう!」


「そうだ」


 理不尽だ。


 しかし、ここで引き返せばフィルを診ることもできない。


 俺は団子の匂いを嗅ぎ、ほんの少しだけ舌先へつけた。


「何をしている」


「いきなり全部食べるより、少量から試すんです」


「臆病だな」


「慎重と言ってください」


 舌が痺れる感じはない。


 苦味も強くない。


 少しずつ噛む。


 味は、渋い栗と豆を混ぜたようなものだった。


「どうだ」


「おいしくはないです」


 リュシアの眉が吊り上がる。


「森の恵みを侮辱するな」


「感想を聞いたでしょう!」


「毒ではないかと聞いた」


「それなら最初からそう言ってくださいよ!」


 次は緑色の汁。


 香りは青臭く、表面に油のような膜が浮いている。


「これは?」


「薬草と苔を煮た汁だ」


「苔を食べるんですか」


「人間は食べないのか」


「少なくとも俺のいた場所では、あまり」


 少量を口に含む。


 苦い。


 とにかく苦い。


「うっ……」


「どうした!」


 リュシアが身を乗り出す。


「苦い!」


「それだけか」


「それだけで十分つらいですよ!」


 ロルフが堪え切れずに笑った。


「生きているなら問題ない」


「ロルフさん、あとで絶対食べてもらいますからね」


「任務が終わったらな」


「逃げる気でしょう!」


 結局、少量ずつ一通り食べた。


 すぐに異変は出なかったが、毒の種類によっては時間が経ってから症状が出る。安全が証明されたわけではない。


「これで満足ですか」


「一刻待つ」


「一刻!?」


「すぐに効かぬ毒もある」


「分かってるなら、なおさら人で試さないでください!」


 長老は平然としていた。


 俺は腹を押さえながら、神殿の方を見る。


「フィルを診る時間が遅れます」


「人間一人のために、村全体を危険にさらせぬ」


「俺が毒で倒れる可能性はいいんですか」


「お前は人間だ」


 その一言に、さすがに腹が立った。


「人間なら死んでもいい?」


 長老は答えなかった。


「森を焼いた人間と、俺は同じですか」


「同じ種族だ」


「じゃあエルフが一人でも悪いことをしたら、フィルもリュシアも同罪になるんですか」


「人間と我らは違う」


「何が違うんです?」


「孝太郎」


 ロルフが止める。


 だが、今度は黙れなかった。


「俺を信用できないのは分かります。警戒するのも当然です。でも、死んでも構わないと思ってる相手に、弟を任せるんですか」


 リュシアが目を伏せる。


 長老の顔にも、わずかな迷いが見えた。


「俺は医者じゃない。治せる保証もない。それでも、できることを探すために来た。なのに、最初にするのが毒見ですか」


「人間が森へしたことを忘れろと言うのか」


「忘れろなんて言ってません」


「ならば耐えろ」


「嫌です」


 俺ははっきり言った。


「必要な警戒なら協力します。荷物も見せる。手も洗う。勝手に歩かない。でも、恨みを晴らすために危険なものを食べさせるなら、もう協力できません」


「弟を見捨てるのか!」


 リュシアの叫びが胸へ刺さった。


「そうやって、何でも弟さんを理由にしないでください!」


「何だと」


「弟を助けたいのは本当でしょう。でも俺に何をしてもいい理由にはならない!」


 リュシアの顔が歪む。


 泣きそうだった。


 俺も言いすぎたと思った。


 けれど、謝れば話が戻ってしまう。


「俺は、あなたたちの敵じゃありません。でも、言いなりになる道具でもない」


 長い沈黙が落ちた。


 そのとき、集会所の入口で小さな音がした。


 フィルが立っていた。


「姉さん」


「フィル、神殿へ戻れ!」


「僕も食べる」


「何を言っている!」


「その人だけに食べさせるのはおかしい」


 フィルは卓へ歩み寄り、俺が残した団子を手に取る。


「同じものを食べれば、少なくとも僕たちは、この人を死んでもいいとは思ってないって分かるでしょう」


「やめなさい!」


 止めるより先に、フィルは団子を口へ入れた。


 数回噛んだ直後。


 少年の顔色が変わった。


「フィル?」


 手から団子が落ちる。


 膝が崩れた。


「フィル!」


 リュシアが抱き留める。


 少年の喉から、ひゅう、と細い音がした。息がうまく吸えていない。


「何が入ってる!」


 俺は卓の料理を指さした。


「いつもの食材だけだ!」


「フィルは普段これを食べてるんですか!」


「病になってからは、神殿の粥だけだ!」


 首元の黒い斑点が、先ほどより濃く見える。


 唇が青い。


 食物への強い反応なのか。


 病気と関係があるのか。


 分からない。


「ロルフさん、荷物から布と水! リュシア、首元の服を緩めて!」


「何をする!」


「息をしやすくするんです!」


 フィルの体が小さく震える。


 長老は動けずに立ち尽くしていた。


「薬師を呼べ!」


「神殿にいる!」


「早く!」


 リュシアが弟の名を何度も呼ぶ。


 俺は少年の口元へ顔を寄せ、息を確認した。


 弱い。


 だが、止まってはいない。


「フィル、聞こえる? 眠らないで。ゆっくり息をして」


「くる……しい……」


「分かってる。大丈夫とは言わない。でも、ここにいるから」


 何をすれば正解なのか分からない。


 それでも、手を止めるわけにはいかなかった。


 エルフの村で最初に倒れたのは、毒見をさせられた俺ではない。


 俺をかばって同じ物を口にした、たった十二歳の少年だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ