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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第26話 王女様、泣いたあとで怒るのは反則です

「今度こそ、私たちの国へ帰ります」


 エレオノーラはそう言った。


 俺の袖を握ったまま、泣きながら。


 だから俺も、少しくらい気の利いたことを返すべきだったのだと思う。


 たとえば、ただいまとか。


 一緒に帰りましょうとか。


 けれど、実際に口から出たのは別の言葉だった。


「王女様、どうしてここにいるんです?」


 エレオノーラの涙が止まった。


 正確には、泣いていた顔のまま固まった。


「……今、最初に聞くことがそれですか」


「だって王都に残る約束だったでしょう」


「あなたがさらわれたという報告が届いたのです!」


「途中までです」


「三歩で転んだそうですね」


「誰ですか、もう全部話したの!」


 振り返ると、フェルナンドは露骨に目を逸らした。


 バルガス隊長は腕を組み、リヒトは空を眺めている。


 誰も味方をする気がないらしい。


「それでも、王女様が王都を空けたら駄目でしょう。城には陛下もルーカスもいるんですよ」


「分かっています」


「分かっていて来たんですか」


「ええ」


「それ、俺が勝手に前へ出たのと同じじゃないです?」


「同じではありません」


「どこが?」


「私は護衛を連れてきました」


「俺にだって隊長たちがいましたよ」


「あなたは護衛から離れて、三歩で転んだのでしょう!」


「木の根があったんです!」


 話が戻ってしまった。


 エレオノーラは袖を放すと、濡れた目元を手の甲で乱暴に拭った。


「王都の守備は、ザイフリート宰相と近衛隊へ任せました。ルーカスにも事情を話しています」


「ルーカス、止めなかったんですか」


「止めました」


「でしょうね」


「ですから、置いてきました」


「それを世間では、押し切ったと言うんですよ!」


 エレオノーラは唇を結んだ。


 図星らしい。


「姉上だけ勝手だ、と怒っていました」


「当然でしょう」


「帰ったら謝ります」


「俺にも謝ってください」


「なぜです」


「心配するでしょう!」


「こちらの台詞です!」


 怒鳴り返される。


 周囲の騎士たちが、こちらを見ないようにしながら笑っていた。


 なぜ俺たちが口論すると、皆少し安心した顔になるのだろう。


「とにかく」


 エレオノーラは息を整えた。


「怪我がないなら、それでよいのです」


「膝は少し擦りました」


「見せてください」


「今ここで?」


「早く」


「子供じゃないんですから」


「三歩で転ぶ十九歳は、子供と大差ありません」


「ひどくないですか?」


 渋々、裾を少し上げた。


 膝に小さな擦り傷がある。


 エレオノーラはそれを見るなり、眉を寄せた。


「血が出ています」


「このくらいなら平気です」


「傷口から病が入ると言ったのは、あなたでしょう」


「そうですけど」


「自分だけは平気だと思っているのですか」


 返事ができなかった。


 ラウル村では、あれほど手を洗え、傷を清潔にしろと騒いだ。


 自分の傷になると、この程度なら大丈夫だと思っている。


「……洗います」


「今すぐです」


「王都に帰ってからでも」


「今すぐ」


「はい」


 こういうときのエレオノーラは、村のおばちゃんたちより怖い。


 荷馬車から水と布を出してもらい、俺が膝を洗っている間も、彼女は腕を組んで見張っていた。


「もういいでしょう」


「まだ汚れています」


「染みついた土です」


「言い訳をしない」


「王女様、お母さんみたいになってますよ」


 口に出した直後、しまったと思った。


 エレオノーラの母親は五年前に亡くなっている。


 だが、彼女は怒らなかった。


「ルーカスにも、よく言われます」


「……すみません」


「謝るほどのことではありません」


 彼女はしゃがみ込み、俺の手から布を取った。


「少し痛みますよ」


「自分でできます」


「動かないでください」


「王女様が、こんなことしなくても」


「先ほどまで、あなたが生きているかどうかも分からなかったのです」


 布が傷へ触れた。


 少ししみる。


 それ以上に、エレオノーラの指が震えていることが気になった。


「怖かったですか」


 俺が尋ねると、彼女は顔を上げなかった。


「怖くありませんでした」


「嘘ですね」


「王族は、簡単に弱音を吐きません」


「今は王族として聞いてませんよ」


「では、何として聞いているのです」


 答えに詰まった。


 依頼主と協力者。


 王女と異世界人。


 喧嘩相手。


 仕事仲間。


 どれも間違いではない。


 ただ、どれか一つでは足りない気がした。


「……知り合いとして」


「ずいぶん薄い関係ですね」


「じゃあ、友人」


「疑問形に聞こえました」


「難しいんですよ!」


「何がです」


「こういうのを言葉にするのが!」


 俺が声を上げると、エレオノーラはようやく顔を上げた。


 少しだけ笑っている。


「なら、考えておいてください」


「宿題にしないでくださいよ」


「期限は設けません」


「それが一番困るんです」


 傷へ清潔な布を巻き終えると、彼女は立ち上がった。


 そして、街道脇で縄をかけられているフェルナンドへ目を向けた。


 空気が変わった。


 先ほどまで笑っていた騎士たちも、表情を引き締める。


 フェルナンドは逃げなかった。


 縄で縛られた両手を前に出したまま、エレオノーラの前まで歩いてくる。


「殿下」


 呼びかけた声は、王宮にいた頃と同じ穏やかなものだった。


 だが、続く言葉が出ない。


 エレオノーラも黙っていた。


 幼い頃から自分を教え、支えてくれた男。


 その男が国の麦を盗み、証拠を消すために倉庫へ火を放った。


 簡単に怒鳴れる相手ではない。


 だからこそ、苦しいのだろう。


「何か言うことはありませんか」


 先に口を開いたのはエレオノーラだった。


「申し訳ございません」


「それだけですか」


「何を申し上げても、言い訳になります」


「言い訳を聞くかどうかは、私が決めます」


 フェルナンドが目を伏せる。


「私は、この国を救いたかった」


「ええ」


「殿下では決断できないことを、私が引き受けなければならないと思いました」


「ええ」


「麦を一部売り、ベルガードの有力者とつながれば、冬を越すための資金を得られる。犠牲を限定できると考えたのです」


「その犠牲に選ばれた者へ、説明はしましたか」


「しておりません」


「私には?」


「しておりません」


「陛下にも、宰相にも、農民にも?」


「……はい」


 エレオノーラの手が固く握られる。


「それを救うと言うのですか」


 フェルナンドは答えなかった。


「私が幼いからですか。女だからですか。それとも、あなたほど賢くないから?」


「違います」


「では、なぜ私へ話してくださらなかったのです」


「反対されると分かっていたからです」


「つまり、私を信じていなかった」


「殿下は必ず、全員を救おうとなさる」


「それの何が悪いのです!」


 エレオノーラの声が裏返った。


「救えないと分かっていても、救う方法を探すのが私の仕事です! 勝手に誰かを捨てることではありません!」


「それでは間に合わないこともある!」


 フェルナンドも初めて声を荒らげた。


「理想を語っている間に、人は死ぬ! 殿下が一人を選べずに迷えば、十人が飢えることもあるのです!」


「分かっています!」


「いいえ、分かっておられない!」


「二人とも!」


 気づけば、俺は間へ入っていた。


 エレオノーラとフェルナンドが同時にこちらを見る。


「今、勝ち負けを決める話じゃないでしょう」


「孝太郎は黙っていてください」


「黙りません」


「これは我が国の問題です」


「俺もさっき、私たちの国へ帰るって言われました」


 エレオノーラが固まった。


 周囲も静かになる。


「そういう意味では」


「どういう意味だったんです?」


「今それを聞きますか!」


「王女様が言ったんでしょう!」


「言葉の綾です!」


「じゃあ俺、関係ない人間に戻りますけど」


「それは困ります!」


「ほら!」


 ギルベルト伯爵が、少し離れた場所で頭を抱えていた。


「グランヴェールの重要な話し合いは、いつもこうなのか」


「最近は大体こうです」


 バルガスが答える。


「慣れるものなのか」


「諦めるのです」


 嫌な会話が聞こえた。


「フェルナンドさん」


 俺は改めて彼を見る。


「あなたが決断しないと間に合わないと思ったのは、本当なんでしょう」


「ああ」


「でも、一人で決めたから間違えた」


「……そうだ」


「王女様も、全員を救いたいって気持ちだけじゃ国を動かせない」


「孝太郎」


「怒らないでください。たぶん王女様だって、これから選ばなきゃいけない場面が来ます」


 麦を食料へ回すか、種へ残すか。


 老人を救うか、働ける若者を優先するか。


 限られた薬を誰へ使うか。


 正解のない選択は、必ず来る。


「だから、一人で決めない仕組みを作るんです」


「仕組み?」


「記録を集める。農民や商人の話を聞く。反対する人間を会議へ入れる。誰が何を言って、どう決めたか残す」


 フェルナンドが苦い顔をする。


「それでは時間がかかる」


「だから、普段から準備するんですよ。火事になってから水を探すんじゃ遅いでしょう」


「すべての事態に備えることなどできぬ」


「全部は無理です。でも、何も備えないよりはましです」


 俺はエレオノーラを見る。


「王女様も、一人で背負わないでください」


「私は王女です」


「だから?」


「国の責任は、私が負うべきです」


「責任を負うのと、一人で決めるのは別です」


 以前にも似た話をした。


 責任とは、謝って首を差し出すことではない。


 失敗したあとも残り、片づけ、次に同じことを起こさないようにすることだ。


「フェルナンドさんを許せとは言いません。でも、生きたまま話をさせてください。どうやって麦を抜いたのか。誰が協力したのか。どこで仕組みが壊れたのか。全部」


「私を利用しろと言うのか」


「利用されてください」


「容赦がないな」


「国の麦七台分です。簡単に死んで終わられたら困ります」


 フェルナンドは目を閉じた。


 しばらくして、深く頭を下げる。


「承知した。知っていることは、すべて話す」


 エレオノーラはすぐに返事をしなかった。


 やがて、震える息を吐く。


「あなたを許しません」


「はい」


「今は、顔を見るだけでも苦しい」


「はい」


「ですが、勝手に死ぬことも許しません。裁きを受けるまで、生きてすべてを話しなさい」


「仰せのままに」


 フェルナンドは膝をついた。


 エレオノーラは彼を見下ろしたまま、泣かなかった。


 たぶん、泣きたかったと思う。


 それでも泣かなかった。


     ◇


 王都へ戻ったのは、翌日の夕方だった。


 七台の麦馬車が門をくぐると、通りに集まった人々から歓声が上がった。


 誰かが泣き、誰かが手を叩く。


 子供たちは馬車の横を走り、大人たちは頭を下げた。


「見ろ、麦だ!」


「戻ってきたぞ!」


「冬を越せる!」


 その声を聞くたび、胸が痛んだ。


 七台戻ったからといって、国中が冬を越せるわけではない。


 それでも、希望にはなる。


「孝太郎!」


 城門の前で、ルーカスが待っていた。


 俺ではなく、最初に姉へ駆け寄る。


「姉上!」


「ルーカス。ただいま戻りました」


「ただいまではありません!」


 少年の声が城門へ響いた。


「なぜ僕を置いていったのですか!」


「それは」


「僕には危険だから残れと言ったのに、姉上は危険な場所へ行った! 姉上だけ勝手です!」


「ごめんなさい」


「謝ればよいと思っているでしょう!」


「思っていません」


「では、もう二度としないと約束してください!」


 エレオノーラが黙る。


 ルーカスの目に涙が浮かんだ。


「約束できないのですね」


「……ええ」


 姉は嘘をつけなかった。


「国のために、行かなければならないときはあります」


「なら僕にもあります!」


「あなたはまだ十二歳です」


「姉上だって、母上が亡くなったとき十二歳でした!」


 エレオノーラの顔が揺れた。


 誰も口を挟めなかった。


「姉上は十二歳で大人になったのに、僕には子供でいろと言うのですか」


「それは……」


「ずるいです」


 ルーカスは泣きながら姉へ抱きついた。


「僕だって、置いていかれるのは怖いのです」


 エレオノーラも弟を抱きしめる。


「ごめんなさい」


「もう勝手に行かないでください」


「努力します」


「約束してください」


「できない約束はしたくありません」


「姉上の、そういうところが嫌いです!」


「私もです」


 抱き合いながら喧嘩している。


 本当に面倒な姉弟だ。


 でも、少しうらやましかった。


 日本へ残してきた家族を思い出す。


 俺が消えたあと、どうなったのだろう。


 探しているのか。


 もう死んだと思われているのか。


「孝太郎」


 ルーカスが姉の腕の中から俺を見る。


「無事でよかった」


「心配かけてすみません」


「三歩で転んだそうですね」


「どうしてそこだけ広まってるんですか!」


 周囲に笑いが起きた。


 エレオノーラまで笑っている。


 もう、この国では一生言われるかもしれない。


「久世孝太郎殿」


 城の階段上から、ザイフリート宰相が呼んだ。


「陛下がお待ちです」


「今からですか?」


「今からです」


「今日はもう休みたいんですけど」


「陛下は、七台の麦を取り戻した功績へ報いたいとのことです」


「報酬?」


 少しだけ元気が出た。


 金だろうか。


 屋敷だろうか。


 せめて風呂つきの部屋が欲しい。


「期待しすぎない方がよいですよ」


 エレオノーラが妙に冷たい声で言った。


「どうしてです?」


「父上は、時々おかしなことを思いつきます」


「王女様の父親でしょう」


「どういう意味ですか」


「似てるのかなって」


「似ていません」


「そこ、否定が早いですね」


 謁見の間へ入ると、病床から起きた国王アルベルト四世が玉座に座っていた。


 顔色はまだ悪い。


 それでも、以前より目に力がある。


「久世孝太郎」


「はい」


「よくぞ麦を取り戻し、我が娘を無事に連れ帰ってくれた」


「連れ帰ったというか、途中から王女様が勝手に来たんですが」


「孝太郎」


 後ろから低い声が飛ぶ。


「事実でしょう」


「今は黙ってください」


 国王が笑った。


「聞いていた以上だな」


「何を聞いていたんです?」


「娘とよく似ていると」


「似てません」


 俺とエレオノーラの声が重なった。


 国王はさらに笑う。


 そして咳き込んだ。


 笑わせすぎたらしい。


「父上、大丈夫ですか」


「ああ。それで、褒美の話だ」


 俺は姿勢を正した。


「金貨ですか」


「孝太郎!」


「大事でしょう!」


「率直な男は嫌いではない」


 国王は隣に立つ娘を見た。


 その目が、妙に楽しそうだった。


 嫌な予感がする。


「我が国には今、金も領地も余っておらぬ」


「でしょうね」


「そこで、代わりに娘を与えようと思う」


 謁見の間が静まり返った。


「……誰の娘です?」


「私の娘だ」


「王女様?」


「ああ」


 エレオノーラの顔が真っ赤になった。


「父上!」


 国王は平然と続ける。


「久世孝太郎。第一王女エレオノーラを、褒美として受け取る気はないか?」


 金貨か風呂を期待していた俺へ差し出されたのは、国一番の美少女であり、この国で一番面倒な王女様だった。


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