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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第23話 帰る場所くらい、自分で決める

# 第23話 帰る場所くらい、自分で決める


「異世界人・久世孝太郎を確保せよ!」


 森から現れた騎兵たちは、確かにアストレア王国の旗を掲げていた。


 俺を召喚し、役立たずと判断し、金貨三枚を渡して追い出した国。


 その国の兵士が、今度は武器を手にして俺を取り戻しに来た。


 どうして人間というものは、捨てた物が他人の役に立ち始めると、急に惜しくなるのだろう。


「俺、落とし物じゃないんですけど!」


「喋っている場合か、伏せていろ!」


 バルガス隊長に首根っこをつかまれ、俺は麦を積んだ荷馬車の陰へ引きずり込まれた。


 直後、車輪の横へ矢が突き刺さる。


 乾いた音を聞いた途端、遅れて膝が震え始めた。


「怖っ……! 本当に殺す気じゃないですか!」


「矢を射るとは、そういうことだ!」


「分かってますけど、もう少しこう、警告とか!」


「先ほど一度射ただろう!」


「あれ警告だったの!?」


 二本目から本番らしい。


 異世界の常識は、やはり物騒すぎる。


 グランヴェールの騎士たちが盾を並べ、荷馬車と俺たちの間へ壁を作った。その後ろで弓兵が矢をつがえる。


 だが、すぐには射返さない。


 相手はアストレア王国の正規兵だ。


 ここで攻撃すれば、たとえ向こうから国境を越えてきたとしても、国家間の戦争に発展する可能性がある。


「伯爵!」


 俺は荷馬車の陰から叫んだ。


「どういうことですか!」


「私にも分からぬ!」


 ギルベルト伯爵も別の荷馬車へ身を隠していた。上等な服を泥だらけにしながら、怒鳴り返してくる。


「私は国王陛下の正式な使節として来た! 軍を動かす命令など出ていない!」


「でも旗は本物なんでしょう!」


「本物だ!」


「じゃあ味方じゃないですか!」


「味方なら私ごと射るものか!」


 伯爵が叫んだ直後、そのすぐそばへ矢が刺さった。


 ギルベルトは悲鳴こそ上げなかったが、信じられないほど素早く身を低くした。


「本当に伯爵も狙われてますね」


「確認するな!」


「ちょっと安心しました」


「なぜだ!」


「伯爵が騙してる可能性が減ったので!」


「少しは私の身を案じろ!」


 昨日まで俺を商品扱いしていた相手に、そこまで求められても困る。


 それでもギルベルトの顔は、演技には見えなかった。


 自分の国の兵に射られたという事実を、まだ信じ切れていないのだろう。


「隊長!」


 リヒトが盾の陰から顔を出した。


「敵騎兵、十四! 森の中に歩兵もいる模様です!」


「数は!」


「確認できるだけで四十!」


「こちらは?」


「騎士二十六、弓兵八! フェルナンド卿の護衛が二十一!」


「俺の部下を勝手に数えるな!」


 向かいの荷馬車からフェルナンドが怒鳴る。


 バルガスが声を張り上げた。


「ならば貴様はどちらにつく!」


「私はアストレアへ亡命するつもりだったのだぞ!」


「そのアストレアが射てきた!」


「見れば分かる!」


「では決めろ! 撃たれて死ぬか、こちらと共に剣を抜くか!」


「選択肢の出し方が乱暴すぎる!」


「今さら丁寧に扱ってもらえると思うな、放火犯!」


「まだ裁判もしていないだろう!」


「火をつけたのは認めたではないか!」


「……ああ、もう!」


 フェルナンドは髪をかきむしった。


 王宮では常に穏やかで、隙のない男だった。


 そんな男が怒鳴り、泥の上へ膝をつき、逃げ場のない顔をしている。


 俺は少しだけ、彼を可哀想だと思った。


 許せるわけではない。


 麦を盗み、火を放ち、エレオノーラを裏切った。


 だが、悪いことをした人間が、いつも分かりやすく悪人の顔をしているわけではないのだ。


 たぶん本人の中では、間違える直前まで正しいつもりだった。


 そこが一番面倒だった。


「フェルナンドさん!」


「今度は何だ!」


「護衛の人たちに、俺たちと一緒に戦うか聞いてください!」


「私が命令すれば従う!」


「それじゃ駄目です!」


「何が駄目だ!」


「あなたと一緒に逃げたからって、全員が死ぬ覚悟までしてるとは限らないでしょう!」


 フェルナンドが何か言い返そうとして、止まった。


 護衛たちを見る。


 若い男がいる。


 白髪交じりの男もいる。


 家族のいる者だっているだろう。


「俺たちに降伏するか、アストレア軍と戦うか、逃げるか。本人たちに選ばせてください」


「戦場で兵に選択させれば、組織が崩れる」


「もう崩れてるでしょう!」


 俺が言うと、フェルナンドは顔をしかめた。


 それでも否定はしなかった。


「……お前たち」


 彼が護衛たちへ呼びかける。


「私はグランヴェール王国の麦を盗み、ここまで運ばせた。王女殿下を裏切ったのも事実だ」


 男たちの顔が強張る。


 フェルナンドは一度、唇を噛んだ。


「アストレアへ着けば、お前たちの身分と家族の安全を守れると約束した。だが、見ての通りだ。私の約束は果たせなかった」


「閣下……」


「ここで私と死ぬ義理はない。グランヴェールへ投降する者は、武器を捨てろ。逃げたい者は、森へ逃げてもよい」


「フェルナンドさん」


「何だ」


「戦ってくれる人も募集してください」


「図々しいにもほどがあるぞ!」


「人数が足りないんです!」


 護衛の中から、堪え切れないような笑い声が漏れた。


 笑ったのは、さっきも吹き出していた若い男だった。


「閣下」


「何だ、ヨハン」


「俺は投降します」


「……そうか」


「ただ、投降する前に、あいつらを追い返すのを手伝ってもいいですか」


「なぜ私に聞く」


「今までずっと、閣下に聞いてきたので」


 ヨハンは困ったように笑った。


「急に自分で決めろと言われても、やっぱり困りますよ」


 フェルナンドの顔が歪んだ。


「すまない」


「それ、王女殿下にも言った方がいいですよ」


「ああ」


「生きて帰れたらですけど」


「縁起でもないことを言うな!」


「でも閣下、さっきまで死ぬつもりだったでしょう」


「うるさい!」


 護衛たちの間に、わずかな笑いが広がった。


 誰も楽しんでいるわけではない。


 怖くて仕方がないのだ。


 それでも、人間は笑う。


 笑わなければ立っていられないときがある。


「隊長!」


 リヒトが叫ぶ。


「敵歩兵が左右へ展開! 包囲するつもりです!」


「弓兵、牽制しろ! ただし馬を狙え、兵は殺すな!」


 バルガスの命令と同時に、グランヴェール側から矢が放たれた。


 アストレア騎兵の前で土煙が上がる。


 馬が驚き、隊列がわずかに乱れた。


「孝太郎、後方へ下がれ!」


「後ろも森でしょう!」


「なら荷馬車の下へ入っていろ!」


「嫌ですよ! 動き出したら潰される!」


「では黙っていろ!」


「それも難しいです!」


 俺は荷馬車を見回した。


 七台。


 すべて麦袋を山積みにしている。


 前方は壊れた橋。


 後方はアストレア軍。


 左右は森と斜面。


 逃げ道がない。


 いや。


 本当にないのか。


「リヒトさん!」


「何です!」


「この荷馬車、今すぐ動かせますか!」


「橋がありません!」


「前じゃなくて横です!」


「横?」


 道の脇には、わずかな傾斜がある。


 その先はぬかるんだ草地だ。


 荷馬車を走らせるには向かない。


 だが、走らせる必要はない。


「荷馬車を横向きに並べるんです! 車輪を石と丸太で固定して、壁にする!」


 バルガスがこちらを振り返る。


「麦を盾にする気か!」


「袋を外側へ積み直せば、矢くらいは止められるかもしれません!」


「麦を傷める!」


「人が死んだら、運ぶ人がいなくなるでしょう!」


 隊長が唸る。


 迷っている時間はない。


「荷馬車を動かせ!」


 バルガスが決断した。


「三台を左、三台を右! 一台は中央へ残せ! 馬を外し、車輪を固定しろ!」


 敵も味方も、さっきまで麦を奪い合っていた。


 その麦を守るために、今度は全員で荷馬車を押す。


「そっち、もっと押してください!」


「押している!」


「フェルナンドさん、腰が入ってない!」


「私は五十を過ぎているのだぞ!」


「盗むときは元気だったでしょう!」


「私が荷馬車を引いたわけではない!」


 ギルベルト伯爵まで車輪へ肩を押しつけていた。


「どうして私が、このようなことを……!」


「嫌ならやめてもいいですよ!」


「やめれば矢が飛んでくるだろう!」


「じゃあ押してください!」


「貴様、私が伯爵だと分かっているのか!」


「俺は異世界人ですよ! こっちの爵位の偉さ、まだよく分かってません!」


「それを先に言え!」


 男たちが怒鳴り合いながら、荷馬車を横へ向ける。


 車輪の前後へ石を噛ませ、縄で互いを結ぶ。


 麦袋を外側へ積み直す。


 きれいな砦ではない。


 隙間もある。


 今にも崩れそうだ。


 それでも、何もない場所に立つよりはましだった。


「左から来るぞ!」


 アストレアの歩兵が森から飛び出してきた。


 盾を構え、槍を前へ突き出している。


「待ってください!」


 俺は荷馬車の隙間から叫んだ。


「話をしましょう!」


「久世孝太郎!」


 先頭の騎士が怒鳴り返す。


「アストレア王国へ帰還せよ! 抵抗しなければ、グランヴェール兵には危害を加えぬ!」


「帰りません!」


「貴様は我が国が召喚した異世界人だ!」


「だから何です!」


「国王陛下が帰還を許された!」


「何を許されたんですか!」


 騎士が一瞬、言葉を失った。


「俺、何か罪を犯しました?」


「そういう意味ではない!」


「じゃあ許すも何もないでしょう!」


「屁理屈を!」


「普通の話です!」


 自分でも、驚くほど腹が立っていた。


「俺を勝手に呼んだ! 勝手に役立たずと決めた! 勝手に追い出した! 今度は勝手に帰ってこいって、俺の意思はどこにあるんですか!」


「国家の事情を理解せよ!」


「理解したくありません!」


 俺は荷馬車の陰から一歩だけ前へ出た。


 すぐにバルガスが服をつかむ。


「出るな!」


「でも、顔を見て言いたいんです!」


「矢が飛んでくるぞ!」


「そのときは引っ張ってください!」


「最初から出るな!」


 それでも俺は、半歩だけ前へ出た。


 怖い。


 足は震えているし、喉は乾いている。


 帰れと言われれば、心が揺れないわけでもなかった。


 爵位。


 屋敷。


 金。


 安全。


 腹いっぱい食べられる暮らし。


 正直、欲しい。


 グランヴェールに残れば、明日食べる麦すら足りない。


 王女は面倒だ。


 仕事は山ほどある。


 命まで狙われる。


 それでも。


「俺は、そっちへ帰りたいなんて一度も言ってません」


「ならば、どこへ帰るつもりだ」


 騎士の言葉に、俺は詰まった。


 日本には帰れない。


 ラウル村は、俺の故郷ではない。


 グランヴェール王国にだって、まだ来てからそれほど経っていない。


 それでも、浮かぶ顔があった。


 水を欲しがったミーナ。


 四十年喧嘩した友人の墓で泣いたベルン。


 不器用に頭を下げたカレル。


 姉に置いていかれたくないと怒ったルーカス。


 そして、眠る前に小さな声で「いなくなると困ります」と言ったエレオノーラ。


「帰る場所くらい」


 声が震えた。


 格好よく言うつもりだったのに、情けない。


 それでも、言い直さなかった。


「自分で決めます」


 アストレアの騎士が剣を抜いた。


「交渉は決裂だ」


「最初から交渉する気なかったでしょう!」


 騎士が片手を上げる。


 歩兵たちが槍を構えた。


 バルガスも剣を抜く。


 フェルナンドの護衛たちが荷馬車の隙間を塞ぐ。


 ギルベルト伯爵が、汚れた服のまま俺の隣へ立った。


「伯爵?」


「勘違いするな。私は貴様を守るのではない」


「じゃあ何を?」


「あの軍を動かした者を確かめるまで、死ぬわけにはいかぬのだ」


「それ、俺の隣にいる必要あります?」


「ここが一番、盾が厚い」


「正直だな!」


 向こう岸から、突然大声が飛んできた。


「おい、異世界人!」


 報酬を半分しか受け取っていない傭兵たちだ。


「何です!」


「残りの報酬、本当に払うのか!」


「今それ聞きます!?」


「大事な話だ!」


「王女様に頼んでみます!」


「信用できん!」


「俺だって、あなたたちを信用してませんよ!」


「なら、お互い様だな!」


 傭兵の頭らしい男が笑った。


 そして、思いもよらないことを口にした。


「残りの半分と、橋の修理代を出すなら、そいつらを後ろから撃ってやる!」


「橋を壊したの、あなたたちでしょう!」


「仕事だったからな!」


「自分で壊した橋の修理代まで請求するな!」


「世の中、壊すより直す方が高いんだ!」


 妙に正しいことを言われた。


 俺はバルガスを見る。


 隊長は額へ手を当てた。


「孝太郎」


「はい」


「貴様が来てから、なぜ話がいつもややこしくなる」


「俺のせいじゃありませんよ!」


「半分は貴様のせいだ!」


「残り半分は?」


「王女殿下だ!」


「本人の前で言ってくださいね!」


 そのとき、向こう岸の傭兵たちが一斉に弓を構えた。


 アストレア兵の隊列がざわめく。


 三つ巴だった状況が、さらに奇妙な形へ変わろうとしている。


 だが、傭兵の頭は矢を放たなかった。


 弓を引いたまま、俺へ叫ぶ。


「異世界人! 返事をしろ!」


「何の!」


「俺たちを雇うのか、雇わないのか!」


 王女の許可もない。


 国庫の状況も苦しい。


 そもそも報酬額すら知らない。


 勝手に決めれば、エレオノーラに殺されるかもしれない。


 だが、今決めなければ、本当に人が死ぬ。


 俺は大きく息を吸った。


「雇います!」


「孝太郎!」


 バルガスの怒声が響く。


「ただし条件があります!」


「言ってみろ!」


「誰に橋を壊せと頼まれたのか、全部話してください!」


 傭兵の頭は、にやりと笑った。


「いいだろう」


 そして、アストレア軍のさらに後方にある森を指さした。


「依頼人なら、そこにいるぞ」


 森の奥から、一台の黒い馬車が姿を現した。


 扉に刻まれているのは、アストレア王家の紋章ではない。


 翼を広げた鷲と、折れた王冠。


 それを見たギルベルト伯爵の顔から、完全に血の気が引いた。


「まさか……」


「知ってる紋章ですか」


「知っている」


 伯爵の声が震える。


「あれは、廃嫡された第二王子の紋章だ」


 金貨三枚で捨てられた俺を欲しがっているのは、アストレア王国だけではなかった。


 王位を追われた男まで、俺を使って国へ戻ろうとしていた。


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