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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第22話 国境で待っていたのは、敵よりも面倒な味方だった(後半)

 国境まで、あと半日。


 そう聞いていた。


 ところが実際には、予定よりずっと早く着いた。


「……尻が痛い」


 馬車を降りた俺の第一声がそれだった。


 リヒトが真顔でこちらを見る。


「孝太郎殿」


「何です」


「これから外交交渉が始まる可能性があります」


「分かってますよ」


「もう少し緊張感を」


「緊張してるから、尻の痛みでも口に出してないと吐きそうなんです!」


 俺が言うと、リヒトは一瞬だけ黙った。


「……吐くのですか」


「可能性の話です」


「でしたら、馬車から離れてください」


「本当に吐くわけじゃないですよ!」


「先ほど可能性があると」


「真面目すぎる!」


 国境に近づくにつれ、街道にはグランヴェールの騎士が増えていた。


 馬を木へつなぐ者。


 弓を確認する者。


 負傷者用の布を準備する者。


 誰も笑っていない。


 冗談を言っていた俺も、次第に口数が減った。


 やがて森を抜ける。


 そこで、すべてが見えた。


「……うわ」


 思わず声が漏れる。


 幅の広い川。


 その上に架かっていたはずの石橋は、中央部分が完全に崩れ落ちていた。


 川のこちら側には、七台の荷馬車。


 麦だ。


 グランヴェールから盗まれた麦が積まれている。


 その周囲には武装した男たち。


 そして後方から、バルガス隊長率いる騎士たちが道を塞いでいた。


 向こう岸にも、人影が見える。


 三十人ほど。


 旗はない。


 鎧もばらばら。


「本当に三つ巴だな……」


「孝太郎!」


 聞き慣れた怒声が飛んできた。


 バルガス隊長だ。


 俺を見るなり、ずかずかと歩いてくる。


 怒っている。


 いつも通りなので安心した。


「どうして到着が遅い!」


「いや、予定より早いでしょう!」


「伝令を出した!」


「敵同士が揉めてるなら、もう少し揉めさせた方がいいと思ったんです!」


「戦闘が始まったらどうする!」


「それは……すみません!」


 素直に謝った。


 隊長が鼻を鳴らす。


「まったく。貴様は殿下と同じだ」


「どこが?」


「自分で考えて、勝手に動く」


「王女様と一緒にしないでください」


「殿下も同じことを言うだろうな」


 否定できなかった。


「それで、状況は?」


 俺が尋ねる。


 バルガスの顔から、少しだけ怒りが消えた。


「最悪だ」


「それ、最近よく聞きます」


「なら慣れろ」


「慣れたくないです」


 隊長は荷馬車の方へ顎を向けた。


「フェルナンドは先頭の馬車にいる。アストレア使節ギルベルト伯爵も一緒だ」


「仲間なんですか」


「分からん」


「分からない?」


「先ほどまで怒鳴り合っていた」


「仲悪いんですか」


「それも分からん」


「何なら分かるんです?」


「貴様を殴りたいことくらいだ」


「どうして俺が!」


 リヒトが後ろを向いた。


 笑ったな。


 今。


「向こう岸の連中は?」


「傭兵だ」


「誰に雇われた?」


「それを聞いたら、報酬次第で教えると言われた」


「たくましいなあ……」


「褒めるな!」


「褒めてません!」


 俺は改めて荷馬車を見る。


 盗まれた麦。


 腹を空かせた子供がいた。


 種まで食べた農民がいた。


 王女は泣きながら麦を選んだ。


 その麦だ。


 絶対に取り戻したい。


 だが、人が死ぬのは嫌だ。


「話してきます」


 俺が言うと、バルガスの眉が動いた。


「誰とだ」


「ギルベルト伯爵と」


「駄目だ」


「即答!」


「当然だ。貴様は戦えん」


「知ってますよ」


「逃げるのも遅い」


「そこまで言う?」


「剣を向けられれば固まる」


「実体験です」


「なら行くな」


 俺は少し黙った。


「でも、向こうが俺と話したいって」


「罠かもしれん」


「でしょうね」


「分かっていて行くのか」


「行きたくないです」


「では」


「でも、誰かが話さないと始まるのは戦争でしょう?」


 バルガスが黙る。


「俺は戦えません。だから、話すしかないんです」


「格好をつけるな」


「つけてませんよ!」


 俺は小声になった。


「本当は帰りたいです」


「……」


「今すぐ王都に戻って、王女様に全部押しつけたい。ラウル村に戻って石鹸を作る方が楽です」


「なら、なぜ来た」


「見ちゃったからですよ」


 麦を見る。


「知らなかった頃には戻れないんです」


 バルガスはしばらく何も言わなかった。


 やがて、俺の肩を一度だけ叩いた。


 結構強かった。


「痛っ!」


「格好をつけた罰だ」


「だからつけてません!」


「私も行く」


「え?」


「護衛だ」


「さっき戦えないから行くなって」


「貴様一人で行かせるとは言っていない」


「面倒くさいな、この人!」


「誰がだ!」


 怒鳴られた。


 でも、少しだけ怖くなくなった。


     ◇


 俺たちが荷馬車へ近づくと、武装した男たちが道を開けた。


 全員がこちらを睨んでいる。


 怖い。


 非常に怖い。


「久世孝太郎殿」


 荷馬車の横に立っていた男が、俺の名前を呼んだ。


 五十歳くらい。


 赤茶色の髪に、きれいに整えられた口髭。


 旅装ではあるが、生地も仕立ても明らかに上等だ。


「あなたがギルベルト伯爵?」


「いかにも」


「初めまして」


「初めましてではない」


「え?」


「王都の召喚の間に、私もいた」


 記憶を探す。


 俺の能力は記憶再現。


 見たものを思い返せる。


 召喚された日。


 王。


 王女。


 神官。


 騎士。


 壁際に並んでいた貴族たち。


「あ」


 いた。


 少し後ろで俺たちを見ていた男。


「俺を役立たずって言った人」


 ギルベルトの顔がわずかに引きつる。


「私は、そのような直接的な言葉は使っていない」


「『戦えぬ異世界人に、国費を費やす価値がありますかな』って言いましたよね」


「……よく覚えているな」


「それだけが取り柄だと言われたので」


 少しだけ意地悪を言った。


 伯爵は嫌そうな顔をする。


「では、本題へ入ろう」


「お願いします」


「アストレア王国へ戻っていただきたい」


「嫌です」


「まだ条件を説明していない」


「聞いても嫌です」


「孝太郎!」


 後ろのバルガスに怒鳴られた。


「交渉しろ!」


「でも帰りたくないんですよ!」


「せめて話を聞け!」


 ギルベルトが目を瞬く。


「グランヴェールでは、いつもこのようなのか」


「大体」


「大体ではない!」


 バルガスの声が飛んでくる。


「ほら」


「……苦労しているのだな」


「最近よく言われます」


 敵に同情された。


 複雑だ。


「アストレア王国は、あなたの待遇を見直す用意がある」


「待遇?」


「爵位。屋敷。使用人。望むなら領地も検討しよう」


「金貨三枚から急に上がりすぎじゃないですか」


「あなたの価値を再評価した」


「価値」


 嫌な言葉だった。


「俺は商品ですか」


「そういう意味ではない」


「返還しろって要求したでしょう」


「外交上の表現だ」


「人間に使う表現です?」


 ギルベルトは答えなかった。


「俺は帰りません」


「なぜだ」


「捨てられたから」


「感情で国を選ぶのか」


「当たり前でしょう」


 思わず笑ってしまった。


「人間ですよ、俺」


「国家とは感情では動かぬ」


「動いてるじゃないですか」


「何?」


「俺を役立たずだと思った。だから捨てた。今は使えると思った。だから欲しくなった」


「それは合理的判断だ」


「俺から見れば、十分腹立ちますよ」


 ギルベルトの目が細くなる。


「グランヴェールは滅びかけている」


「知ってます」


「この国に残って何を得る」


「今それを考えてます」


「アストレアなら、すべてを与えられる」


「じゃあ最初からくださいよ!」


 声が大きくなった。


「役立たずだと思ったときは金貨三枚。病気を止めて、火事を消して、王女に気に入られたら爵位と領地? 都合よすぎるでしょう!」


「国家とは、そういうものだ」


「俺は国家じゃない!」


 空気が張り詰めた。


 怖かった。


 本当は足が震えている。


 でも、もう止まらなかった。


「俺を召喚したのは、そっちです。俺は頼んでない。家族も仕事も全部置いて、この世界へ連れてこられた」


「……」


「それで役に立たなかったら捨てる。使えそうなら返せと言う。俺の気持ちは、どこにあるんです?」


 ギルベルトは答えない。


 代わりに、荷馬車の向こうから声がした。


「だから、あなたは甘いのです」


 フェルナンドだった。


 以前よりずっと疲れて見える。


 服は汚れ、髪も乱れている。


「国を動かす者が、一人一人の気持ちを考えていては何も決められない」


「またそれですか」


「何?」


「一人では全部救えない。切り捨てるしかない。国のためだ」


 俺はフェルナンドを見る。


「あなた、ずっと同じこと言ってますよ」


「事実だ」


「それで倉庫に火をつけた」


 男の顔が歪む。


「東棟まで燃えかけた。麦を盗んだ。王女様を捕まえようとした。今は逃げてる」


「黙れ!」


「一人で正しく決められると思った結果が、これでしょう!」


「黙れと言っている!」


 フェルナンドが一歩踏み出す。


 バルガスの手が剣へかかる。


 周囲の男たちも動く。


「待って!」


 俺は両手を上げた。


「戦わないでください!」


「なら口を慎め!」


「それは難しいです!」


「なぜだ!」


「性格なので!」


 誰かが吹き出した。


 見ると、武装した男の一人だった。


 笑った本人は慌てて顔を背ける。


 人間って、変なところで笑う。


 いや、緊張しているからかもしれない。


「フェルナンドさん」


「……何だ」


「この麦、どうするつもりだったんです?」


「ベルガードへ運ぶ」


「橋は落ちました」


「見れば分かる!」


「荷馬車七台。橋はない。向こう岸には、お金をもらってない傭兵」


 向こう岸から、


「半分はもらったぞ!」


 と怒声が飛んできた。


「聞こえてるの!?」


 思わず叫ぶ。


「聞こえている!」


「じゃあ、ちょっと待っててください!」


「いつまでだ!」


「今、交渉中です!」


「こっちも仕事なんだ!」


「面倒だなあ!」


「お前に言われたくない!」


 会ったこともない傭兵にまで言われた。


 最近、本当に多い。


 俺は気を取り直す。


「とにかく。このまま止まってたら、麦は傷みます」


「何?」


「袋を積んだまま、雨でも降ったら? 川の近くで湿気も多い。荷馬車に積みっぱなしなら、下の袋は蒸れる」


 実際に、この世界の麦がどれだけ早く傷むかは分からない。


 だが、倉庫で湿気た麦はすでに見た。


「それに馬も食べる。人間も食べる。待てば待つほど食糧が減る」


「だから何だ」


「ここにいる全員が損してるんですよ」


 ギルベルトを見る。


「伯爵は俺が欲しい」


 フェルナンドを見る。


「あなたは逃げたい」


 向こう岸を見る。


「傭兵は金が欲しい」


「そうだ!」


 また返事が来た。


「反応がいいな!」


 バルガスが低い声で言う。


「孝太郎。何が言いたい」


「欲しいものが全員違うなら、無理に同じ側でいる必要ないでしょう」


 沈黙。


 俺は続けた。


「傭兵には報酬を払う。払う代わりに、誰から依頼されたか話してもらう」


「お前が払うのか!」


 向こう岸から聞かれる。


「俺は金ないです!」


「では黙れ!」


「王女様に相談します!」


「遅い!」


「じゃあ分割払いで!」


「勝手に決めるな!」


 今度はバルガスに怒鳴られた。


「孝太郎!」


「でも、戦うより安いかもしれないでしょう!」


 バルガスが黙る。


「フェルナンドさん」


「何だ」


「投降してください」


「断る」


「即答だ」


「捕まれば、私は処刑される」


「俺には決められません」


「なら、なぜ投降しろと言う!」


「少なくともここで死ぬよりは、話せるからです!」


「殿下が私を許すと思うか」


 その声だけは、少し震えていた。


 俺は答えに迷った。


「許さないかもしれません」


「……」


「王女様、すごく傷ついてましたから」


 フェルナンドの目が揺れる。


「泣いてました」


「黙れ」


「あなたを信じてたから」


「黙れ!」


「でも、会いたいと思います」


「何が分かる!」


「分かりません!」


 俺も怒鳴った。


「だから本人に聞いてくださいよ!」


 フェルナンドが黙る。


「俺は王女様じゃない。許すかどうかも、裁くかどうかも決められない。でも、逃げ続けたら何も話せません」


「……」


「あなた、本当は王女様に何か言いたいんじゃないですか」


「ない」


「嘘」


「なぜ分かる!」


「顔です!」


「貴様は人の顔を何だと思っている!」


「この世界に来て鍛えられたんですよ!」


 不意に。


 フェルナンドが笑った。


 ほんの一瞬だった。


 疲れ切った笑いだった。


「本当に、殿下が連れてきそうな男だ」


「どういう意味です」


「面倒だという意味だ」


「またそれか!」


 その瞬間。


 馬の悲鳴が上がった。


「伏せろ!」


 バルガスが俺を地面へ引き倒した。


 直後、矢が飛んできた。


 荷馬車の側面に刺さる。


「誰だ!」


 全員が一斉に身構える。


 矢が来た方向。


 向こう岸ではない。


 森。


 グランヴェール側の森だった。


「新手だ!」


「盾を!」


「馬車の陰へ入れ!」


 叫び声。


 混乱。


 二本目の矢。


 そして、森の中から騎兵が現れた。


 十数騎。


 先頭の男が掲げた旗を見て、ギルベルト伯爵の顔色が変わる。


「馬鹿な」


「知ってる旗ですか」


 俺が聞く。


 ギルベルトは答えなかった。


 代わりにフェルナンドが呟いた。


「アストレア王国軍……」


「え?」


 俺を召喚した国。


 俺を金貨三枚で捨てた国。


 その軍が、国境を越え、俺たちへ弓を向けていた。


 そして先頭にいる男は、声高に叫んだ。


「異世界人・久世孝太郎を確保せよ!」


 俺は思わずギルベルト伯爵を見る。


「話が違いません?」


 伯爵は青ざめていた。


「私も聞いていない」


「味方じゃないんですか!」


「軍の独断だ!」


「自分の国でしょう!」


「国の中にも派閥がある!」


「面倒くさすぎる!」


 思わず頭を抱えた。


 敵。


 味方。


 裏切り者。


 傭兵。


 使節。


 そして軍。


 もう誰と誰が同じ側なのか、俺には分からなかった。


 ただ一つだけ分かる。


 俺を捕まえに来た連中がいる。


 そして今度こそ。


 話し合いだけでは済まないかもしれなかった。


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