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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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20/23

第20話 盗まれた麦を追いかけたい王女様を、俺は馬車から引きずり下ろした

 盗まれた麦を積んだ荷馬車が、北門を突破した。


 その知らせが届いた瞬間、エレオノーラは立ち上がった。


「馬を用意してください」


「王女様、どこへ行く気です?」


「決まっています。追います」


「誰が?」


「私がです」


「何で王女様が!」


 王城の小会議室。


 まだ白煙の臭いが残っている。


 俺の目は痛いし、喉もひりひりする。腰まで痛い。


 それなのに、目の前の王女は休むどころか、今すぐ馬へ飛び乗る気でいた。


「盗まれた麦は、国民のものです」


「分かってます」


「フェルナンド卿が、ベルガード公国との国境へ向かった可能性もあります」


「それも分かってます」


「では、止めないでください」


「止めますよ!」


「なぜです!」


「王女様、馬に乗れるんですか?」


 エレオノーラが黙った。


「乗れるんですよね?」


「……幼い頃に、少し」


「一人で?」


「引き綱を持ってもらいながら」


「乗れないじゃないですか!」


「練習すれば乗れます!」


「今から!?」


 バルガス隊長が咳払いをした。


「殿下。追跡は我々騎士にお任せください」


「あなた方だけでは、ベルガードとの国境問題になった際に判断できないでしょう」


「そこは伝令を」


「盗まれた麦を目の前にして、王都へ戻って確認するのですか?」


 エレオノーラの言葉には理屈がある。


 だが、理屈があるから困る。


 この人は自分が行けば何とかなると思っている。


 正確には、自分が行かなければならないと思っている。


「王女様」


「何です」


「さっき反乱兵に囲まれたばかりですよね」


「無事でした」


「無事だったから次も大丈夫って理屈、一番危ないですよ」


「ですが」


「城の中に裏切った兵がいた。フェルナンド卿も逃げた。今、王女様が城を出たら、待ち伏せされるかもしれない」


「護衛を連れていきます」


「その分、王城の守りが薄くなります」


「騎士はほかにも」


「誰が味方か、まだ全部分かってないでしょう!」


 エレオノーラが口を閉じた。


 バルガス隊長の顔も険しくなる。


 王女へ剣を向けた兵は、一部だけかもしれない。


 だが、本当に一部なのかは分からない。


「だから、王女様は城に残ってください」


「嫌です」


「子供ですか!」


「十七歳です!」


「それ、前にも聞きました!」


「孝太郎に命令される理由はありません!」


「じゃあお願いです。残ってください」


「断ります」


「頑固だな!」


「あなたに言われたくありません!」


 互いに声が大きくなる。


 周囲にいる宰相、騎士隊長、侍女、役人たちは誰も止めない。


 もう慣れたのか。


 あるいは、止めても意味がないと諦めたのか。


「王女様が行く必要はありません」


「あります!」


「ないです!」


「私の国です!」


「だから何でも自分でやるんですか!」


「できることをするのが王族です!」


「できないことまでやろうとするのは、ただの無茶でしょう!」


 エレオノーラの顔が赤くなる。


「馬くらい乗れます!」


「そこまだ気にしてたの!?」


「馬車なら問題ありません!」


「馬車で逃げた荷馬車を追うんですか!」


「もっと速い馬車を用意します!」


「競馬じゃないんですよ!」


 王女は本気だった。


 このままでは、本当に出ていく。


「分かりました」


 俺が言うと、エレオノーラの目がわずかに明るくなった。


「理解していただけましたか」


「俺も行きます」


「駄目です」


「何で!?」


「孝太郎は戦えません」


「王女様も戦えないでしょう!」


「私は護身術を」


「五人は無理って言いましたよね!」


「ですが、孝太郎よりは」


「張り合うところじゃない!」


「とにかく駄目です。孝太郎は城へ残ってください」


「王女様こそ残ってください」


「嫌です」


「俺も嫌です」


「子供ですか!」


「十九歳です!」


 また同じことを繰り返している。


 ザイフリート宰相が長い息を吐いた。


「お二人とも、少しよろしいか」


「今、話し合っています」


 エレオノーラが言う。


「これを話し合いと呼ぶなら、戦争も外交会議と呼べそうだな」


「宰相、どちらの味方です?」


 俺が尋ねる。


「国の味方だ」


「一番ずるい答えだ」


「では国のために決める。殿下は王城へお残りください」


「ザイフリート!」


「現在、陛下は病床。王子殿下はまだ幼い。ここで殿下まで城を離れれば、王都の統率者が不在となります」


「ですが麦が」


「麦を取り戻すために、王都を失うおつもりですか」


 エレオノーラの顔が強張った。


 正しい。


 正しすぎる。


 だから腹が立つのだろう。


「……分かりました」


 王女は絞り出すように答えた。


 意外だった。


 あれほど拒んでいたのに。


 だが、納得した顔ではない。


「バルガス隊長」


「はっ」


「精鋭を率い、荷馬車を追跡してください。ただし国境を越える場合、ベルガード側との衝突は避けなさい」


「承知しました」


「麦を奪還できない場合も、荷馬車の数、積載量、護衛の人数、向かった場所を確認してください」


「必ず」


「フェルナンド卿は」


 一瞬、声が揺れた。


「生きたまま連れ戻してください」


 バルガスは深く頭を下げた。


「御意」


 騎士隊長が退室する。


 エレオノーラは、その背中を見送ったまま動かなかった。


「王女様」


「何です」


「怒ってます?」


「怒っています」


「俺に?」


「孝太郎にも。宰相にも。フェルナンド卿にも。自分にもです」


「忙しいなあ」


「誰のせいですか!」


「少なくとも俺だけのせいではないでしょう!」


 睨まれる。


 俺も睨み返す。


 だが、いつもの力はなかった。


「少し休みましょう」


「休めません」


「またそれですか」


「盗まれた麦の正確な量を調べます。配給計画も作り直さなければなりません。城内の兵も確認しなければ」


「全部今やるつもり?」


「時間がありません」


「身体は一つですよ」


「分かっています」


「分かってないでしょう」


「孝太郎に何が分かるのです」


「このまま働いたら倒れることくらい分かります」


「倒れません」


「何を根拠に」


「今まで倒れていません」


「最悪の根拠だ!」


 俺はエレオノーラの腕を掴んだ。


「何をするのです!」


「部屋まで連れていきます」


「離してください!」


「嫌です!」


「不敬です!」


「知ってます!」


 王女が抵抗する。


 想像より力が強い。


 いや、俺が疲れているせいかもしれない。


「マーサさん、手伝って!」


「私は殿下の侍女です」


「だったら休ませるのも仕事でしょう!」


 マーサは少し迷い、エレオノーラの反対側の腕を取った。


「マーサ!」


「殿下。孝太郎の言い方は非常に腹立たしくございますが、内容には賛成いたします」


「腹立たしいは余計です!」


「孝太郎は黙ってください」


「はい」


「私は休みません!」


「では、一刻だけ横になってください」


「嫌です!」


「十七歳なのに、子供みたいなこと言わないでください!」


「あなたまで!」


 俺とマーサで、王女を廊下へ連れ出す。


 正確には、引きずるように運ぶ。


 城の使用人たちが驚いた顔で道を空けた。


「見ないでください!」


 エレオノーラが叫ぶ。


「王女様、顔が売れてるので無理です!」


「誰のせいですか!」


「王城で働いてる人は元から知ってるでしょう!」


「そういう意味ではありません!」


 廊下の角を曲がる。


 そこへ、十二歳くらいの少年が立っていた。


 淡い金髪。


 青い瞳。


 エレオノーラとよく似た顔立ち。


「姉上?」


 全員が止まった。


「ルーカス」


 エレオノーラの弟。


 グランヴェール王国の王子だろう。


 少年は、俺とマーサに両腕を掴まれた姉を見る。


「何をなさっているのですか」


「休ませようとしてます」


 俺が答えた。


「孝太郎!」


「事実でしょう!」


 ルーカス王子は何度か瞬きをした。


「姉上が、自ら休むと?」


「違います!」


「違うんです」


 俺とエレオノーラの声が重なる。


「無理やり連れていってます」


「誘拐です!」


「王女様の部屋へ誘拐する人はいませんよ!」


「本人の意思に反して連行するなら同じです!」


「連行されるような働き方をするからでしょう!」


 ルーカスは、しばらく俺たちを見ていた。


 そして、突然笑った。


「何がおかしいのです」


 エレオノーラが睨む。


「姉上が、こんなふうに誰かへ怒っているところを初めて見ました」


「私は普段から怒ります」


「僕の前では、いつも笑っています」


 エレオノーラが黙る。


 少年の笑顔も少し寂しそうだった。


「母上が亡くなってから、姉上は何でも大丈夫だと言うようになりました」


「ルーカス」


「本当は大丈夫ではないのに」


「今、その話をする必要はありません」


「あります」


 十二歳とは思えない、はっきりした声だった。


「姉上は、僕が子供だから心配させたくないと言います。でも、何も教えてもらえない方が怖いです」


「……」


「倉庫が燃えたことも、反乱が起きたことも、僕は人づてに聞きました」


 エレオノーラの顔が苦しそうに歪む。


「あなたを危険に巻き込みたくなかったのです」


「僕も王族です」


「だからこそ」


「姉上だけが王族ではありません」


 俺は思わず、エレオノーラを見る。


 彼女が俺へ言い続けてきたことを、今度は弟が返している。


「国のために働くのが王族なら、僕にも仕事をください」


「まだ十二歳です」


「姉上は十二歳のとき、母上の仕事を手伝い始めたのでしょう」


「それは……」


「僕には何もさせないのですか」


 人間は面倒だ。


 守りたい相手ほど、何も言わずに抱え込む。


 守られる側は、信頼されていないように感じる。


 どちらも相手のためなのに、どちらも傷つく。


「王女様」


「何です」


「仕事、分けたらどうですか」


「孝太郎は黙って」


「国中の種麦と食糧在庫の報告、集めてるでしょう」


 ルーカス王子を見る。


「王子様は文字も数字も読めます?」


「当然です」


「俺より役に立つ!」


「そこで喜ばないでください」


 エレオノーラが睨む。


「各地から来た報告を同じ形式に並べ直す仕事。王子様に任せたら?」


「重要な政務です」


「だからこそでしょう。最終判断は王女様と宰相がする。王子様には数字を整理してもらう」


「できます」


 ルーカスが即答する。


「ですが」


「姉上」


 少年がエレオノーラの手を取った。


「信じてください」


 エレオノーラの唇が震える。


 しばらくして、小さく頷いた。


「分かりました」


「本当ですか」


「ただし、分からないことは必ず役人へ確認すること。勝手に数字を直してはいけません」


「はい」


「食事の時間は守ること」


「姉上も」


「今はあなたの話です」


「姉上も守ってください」


「……」


「王女様、返事は?」


 俺が促す。


「孝太郎は黙っていてください!」


「はい」


 結局、エレオノーラは一刻だけ休むことになった。


 ルーカスは報告書の整理。


 宰相は城内の統制。


 騎士は追跡。


 役人と農民は麦の選別。


 全員が別の仕事を受け持つ。


 一人で全部を背負うのではなく。


 誰かへ任せる。


 簡単そうで、一番難しいことだった。


     ◇


「眠れません」


 自室の寝台へ横になったエレオノーラが言った。


「目を閉じてください」


「閉じています」


「喋らないで」


「孝太郎が部屋にいるから落ち着かないのです」


「俺だって、王女様の寝室にいたくているわけじゃありません!」


「では出ていってください」


「出たら仕事を始めるでしょう!」


「始めません」


「嘘」


「なぜ分かるのです」


「机の上の書類をずっと見てるから」


 エレオノーラは目を開けた。


「見ていたのですか」


「見張ってるんです」


「女性の寝室で、その言い方はどうかと思います」


「マーサさんもいます」


 部屋の隅で、マーサが無表情に立っている。


「私は何も聞いておりません」


「聞いてますよね」


「聞いておりません」


「便利だな、侍女」


 俺は寝台から少し離れた椅子へ座った。


 エレオノーラは毛布を胸までかけている。


 国民の前では王女。


 今はただの、疲れ切った十七歳の少女だ。


「孝太郎」


「何です」


「フェルナンド卿を、捕まえられると思いますか」


「分かりません」


「そこは、大丈夫だと言ってください」


「王女様、前に俺が強がったら怒ったでしょう」


「今は強がってほしい気分なのです」


「注文が多いなあ」


「駄目ですか」


「……捕まりますよ」


「根拠は?」


「バルガス隊長、怖いから」


「それだけですか」


「それと、逃げた麦は重い。荷馬車は速く走れません」


「護衛もいるでしょう」


「街道を外れれば、もっと遅くなる。国境までに追いつける可能性はある」


「可能性」


「絶対とは言えません」


「相変わらずですね」


「でも、フェルナンド卿の計画は崩れてます。城の反乱も失敗した。荷馬車の行き先も分かった。逃げ続けるのは難しいです」


 エレオノーラは天井を見つめる。


「捕まったら、私は彼を裁かなければならない」


「王女様一人で裁くんですか」


「国王陛下と法務官が判断します。ですが、私も証言します」


「嫌ですか」


「嫌です」


 即答だった。


「それでも、やります」


「そうですか」


「止めないのですね」


「止めてほしい?」


「分かりません」


「じゃあ、今は寝てから考えましょう」


「何でも寝れば解決すると思っていませんか」


「寝不足で考えるよりはましです」


「孝太郎は、母親のようなことを言いますね」


「王女様より二歳上なだけです!」


「では兄?」


「それも違う」


「何ならよいのです」


 聞かれて、答えに詰まった。


 依頼人。


 仕事仲間。


 喧嘩相手。


 守るべき王女。


 どれも少しずつ合っている。


「……面倒な知り合い」


「最低ですね」


「王女様だって、俺のことを面倒だと思ってるでしょう」


「思っています」


「ほら」


「ですが」


 エレオノーラは目を閉じた。


「いなくなると、困ります」


 小さな声だった。


「それ、どういう意味です?」


「もう寝ます」


「今の気になるんですけど」


「静かにしてください」


「王女様」


「寝ます」


「逃げた」


「寝ます!」


 耳が赤い。


 俺の顔も熱くなっている気がした。


 マーサは聞いていないふりをしている。


 本当に居心地が悪い。


 それでも俺は、エレオノーラの呼吸がゆっくりになるまで、椅子から立たなかった。


     ◇


 一刻後。


 王女が眠っている間に、追跡隊から最初の伝令が戻った。


「盗まれた麦を積んだ荷馬車七台を確認!」


 廊下で報告を受ける。


「追いついたんですか」


「国境手前の石橋で、荷馬車隊が停止しております!」


「何で?」


「橋が落ちているのです」


「落ちてる?」


「何者かが、先回りして橋を破壊したようです!」


 逃げ道を断つために騎士が壊したのではない。


 フェルナンドたちより先に、誰かが橋を落としていた。


「荷馬車を待ち伏せしてる人がいる?」


「橋の向こう岸に、武装した一団が確認されました」


「ベルガード公国の兵ですか」


「旗を掲げておりません」


 国境の向こうから来た、正体不明の武装集団。


 彼らが欲しいものは、フェルナンドなのか。


 盗まれた麦なのか。


 それとも、グランヴェール王国そのものなのか。


 伝令は、さらに声を落とした。


「そして荷馬車隊の先頭には、フェルナンド卿と共に、見覚えのある人物が乗っております」


「誰です?」


「アストレア王国から派遣されていた使節です」


 俺を金貨三枚で捨てた国。


 その国の人間が、盗まれた麦と共に国境へいる。


 グランヴェールの食糧難は、もはや一人の役人による横流しでは済まない話になり始めていた。


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