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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第19話 戦えない俺が王女様を守る方法なんて、逃げることくらいしかなかった

「あなたにはしばらく、王女であることをお休みいただきます」


 フェルナンドがそう告げた直後、会議室へ入ってきた兵士たちが剣を構えた。


 五人。


 俺たちを守る側だったはずの王城兵だ。


 全員の顔に見覚えはない。


 まあ、俺がこの城へ来てから数日しか経っていないので、見覚えのある兵士の方が少ないのだけれど。


「どういう意味です、フェルナンド卿」


 エレオノーラは椅子から立ち上がった。


 声は震えていない。


 ついさっきまで泣きながら麦を選り分けていた少女と、同じ人間には見えなかった。


「言葉通りでございます」


「この兵を下がらせなさい」


「できません」


「これは命令です」


「今の殿下に、その命令へ従う兵がどれほど残っているでしょうな」


 フェルナンドが薄く笑う。


 嫌な笑い方だった。


 さっきまでの柔和な老人らしい顔が、きれいに剥がれ落ちている。


「王女様」


 俺は小声で呼びかけた。


「何です」


「こういうとき、どうすればいいんです?」


「私に聞かないでください」


「王女様でしょう!」


「王女なら、何でも知っていると思わないでください!」


 お互い、小声のつもりだった。


 静まり返った会議室では、たぶん全員に聞こえていた。


 兵士の一人が、困ったように俺たちを見ている。


「緊張感が削がれますな」


 フェルナンドが言った。


「こっちは命がかかってるんです。黙って格好よくできるわけないでしょう」


「孝太郎。私の後ろへ」


「逆じゃないですか?」


「私は王族です」


「俺は戦えない一般人ですよ!」


「だから守ると言っているのです!」


「王女様だって剣を持ってないでしょう!」


「護身術くらいは」


「五人相手に?」


「……難しいですね」


「正直だな!」


 フェルナンドが、今度こそ深いため息をついた。


「二人とも、無駄な抵抗はおやめください。危害を加えるつもりはありません」


「麦倉庫へ火をつけた人間が言っても、説得力ないですよ」


「火をつけたのは私ではありません」


「命令した?」


「それを今、答える必要がありますかな」


「答えみたいなものじゃないですか」


 兵士たちが、じりじりと距離を詰めてくる。


 扉は塞がれている。


 窓はある。


 三階だ。


 飛び降りれば、反乱軍に捕まる前に人生が終わる。


「マーサさん」


 俺は視線を動かさずに尋ねた。


「この部屋、ほかに出口あります?」


「ございません」


「隠し通路とか」


「王族の前で答えられると思いますか」


「あるんですか?」


「ありません!」


「今の間、絶対あるでしょう!」


「たとえあっても、反乱者の前で言えるわけがないでしょう!」


「だから小声で聞いたんですよ!」


「全部聞こえておりますぞ」


 フェルナンドが呆れている。


 困った。


 本当に困った。


 俺の能力は【記憶再現】。


 過去に見聞きした知識を鮮明に思い出せる。


 剣を持った兵士五人を倒す知識なんて、持っていない。


 映画や漫画の戦闘場面を思い出しても、身体が動かなければ意味がない。


 そもそも映画通りにやって勝てるなら、世の中の格闘家は苦労しない。


「武器を捨てなさい」


 エレオノーラが兵士たちへ命じる。


 誰も動かない。


「あなたたちはグランヴェールの兵士です。守るべき国の食糧を盗み、王族へ剣を向けることが、何を意味するか分かっていますか」


 一番若い兵士の剣先が揺れた。


「殿下。我々は……」


「口を閉じろ」


 フェルナンドが鋭く言う。


「殿下は異世界人に惑わされ、国政を誤ろうとしている。このままでは国が滅びる。陛下にはすでに政務を担う力がなく、幼い王子にも任せられぬ」


「だから、あなたが国を支配すると?」


「支配ではありません。正常な政務を取り戻すのです」


「国民の麦を盗んで?」


「必要な取引でした」


 フェルナンドは悪びれなかった。


「王国の麦を一部売却し、ベルガード公国の有力者へ渡した。その見返りに、我々は資金と、今後の食糧支援を得る予定だった」


「勝手に国の麦を売ったのですか」


「王宮へ報告すれば、反対されるのは分かっていた」


「当たり前でしょう!」


 エレオノーラの声が響く。


「民へ配るはずの麦です!」


「すべての民を救うことなどできません!」


 フェルナンドも初めて声を荒らげた。


「殿下はまだお若い。目の前で泣く者を見れば、すべて助けようとなさる。しかし国とは、助ける者と切り捨てる者を選ばねばならぬのです!」


「それを決めるのは、あなた一人ではありません」


「会議をしている間に、国は飢える!」


「だから盗んでいいと?」


「国を残すためです!」


 フェルナンドの声には、本気の怒りがあった。


 金が欲しかっただけではない。


 権力が欲しかっただけでもない。


 この人なりに、国を救おうとした。


 方法が最悪だっただけで。


「人間、面倒くさすぎるだろ……」


 思わず呟いた。


「何です、孝太郎」


「悪いことをする人が、分かりやすく悪人だったら楽なのにって」


 フェルナンドを見る。


「あなた、本当に国を救えると思ってたんですね」


「当然だ」


「倉庫の火事も?」


「証拠を消し、火災の被害を理由にベルガードから緊急援助を受ける予定だった」


「北棟だけを燃やすつもりだった?」


 男の眉が動いた。


「風向きが変わって、東棟まで燃えそうになった。計算外だったんでしょう」


「……」


「人のやることって、思った通りにならないですよね」


「何が言いたい」


「国を救うために一部の麦を犠牲にした。けど、その火で残りまで焼きかけた」


 ラウル村での俺もそうだった。


 正しいことを伝えるつもりで、村人を怒らせた。


 畑を救うつもりで、農民の仕事を邪魔した。


「自分一人なら正しく決められるって思った時点で、間違ってたんじゃないですか」


「異世界から来たばかりの若造に、何が分かる」


「分かりませんよ」


 即答した。


「だから俺は、分からないって言うんです。農民にも聞く。役人にも聞く。王女様とも喧嘩する」


「最後は余計です!」


「今、そこへ反応します?」


「私だけ喧嘩相手のように言われたので!」


「実際そうでしょう!」


 兵士の一人が、また視線を逸らした。


 笑いを堪えている。


「フェルナンド様」


 若い兵士が呼びかけた。


「本当に、北棟へ火をつけるよう命じられたのですか」


「黙れと言ったはずだ」


「我々は、王女殿下がベルガードへ国を売ろうとしていると」


「今さら何を信じる!」


「ですが!」


 兵士たちの間に迷いが広がる。


 フェルナンドの計画を、全員が知っていたわけではないらしい。


 ここだ。


 たぶん。


 いや、本当にここなのか?


 俺は戦闘の素人だ。


 こういうとき、勢いで動くと大体失敗する。


 でも、何もしなければ捕まる。


「王女様」


「何です」


「逃げますよ」


「どこへ?」


「まだ考えてません」


「考えてから言ってください!」


「時間がないんです!」


 俺は机の上に置かれていた水差しを掴んだ。


「何を――」


 エレオノーラが聞くより早く、兵士たちへ投げる。


「うわっ!」


 水差しは手前の床へ落ちて割れた。


 水が広がる。


 誰にも当たらない。


「外したではありませんか!」


「人へ当てるつもりじゃないです!」


「では何のために!」


 俺は机を押した。


 重い。


 全然動かない。


「王女様、手伝って!」


「最初から説明しなさい!」


 二人で押す。


 ようやく机が傾き、床へ倒れた。


 大きな音。


 兵士たちが反射的に下がる。


「窓へ!」


「三階ですよ!」


「飛び降りません!」


 窓際まで走る。


 窓の外。


 下には王城の中庭がある。


 麦だ。


 火事で濡れた大量の麦が、布の上へ広げられている。


 その中で農民や役人が働いていた。


「助けてください!」


 俺は窓から身を乗り出し、思い切り叫んだ。


「王女様が反乱兵に捕まりそうです!」


「そんな直接言うのですか!」


「緊急事態だから分かりやすく!」


 中庭の全員が、こちらを見上げる。


 最初は何が起きたのか分からない顔だった。


 次の瞬間。


 窓の背後で兵士の剣が光る。


「殿下から離れろ!」


 マーサが椅子を持ち上げ、兵士へ投げた。


「マーサさん、強っ!」


「感心している場合ですか!」


 中庭でカレルが叫んだ。


「王女様を守れ!」


 農民たちが一斉に動く。


 鍬。


 木べら。


 麦を広げるための板。


 武器とは呼べないものばかりだ。


 だが人数は多い。


「城内へ入れ!」


「階段はどっちだ!」


「知らん!」


「役人、案内しろ!」


「命令するな!」


「今は喧嘩してる場合か!」


 十分喧嘩している。


 それでも、人々は城内へ駆け込んでくる。


「フェルナンド様!」


 若い兵士が剣を下ろした。


「話が違います。我々は王女殿下をお守りする兵です」


「今さら戻れると思うな」


「戻ります」


「何?」


「間違えたなら、戻るしかないでしょう!」


 兵士が俺たちの前へ立つ。


 残る四人も迷っている。


 フェルナンドが顔を歪めた。


「愚か者どもが! ここで殿下を押さえねば、国は終わるのだぞ!」


「終わらせません」


 エレオノーラが言った。


 俺の隣から、一歩前へ出る。


「私は完璧な王女ではありません。判断を誤ります。信じる相手も間違える。異世界人と、毎日のように言い争います」


「最後は言わなくていいでしょう!」


「今は黙っていてください!」


「はい!」


「それでも、間違えたことを隠すために国民の麦を燃やしたりはしません」


 エレオノーラはフェルナンドを見つめる。


 泣いてはいなかった。


 怒鳴りもしなかった。


「あなたを信じていました」


「殿下」


「今でも、私と弟を気遣ってくださった過去まで、すべて嘘だったとは思いたくありません」


「ならば、私を信じて」


「だからこそ、止めます」


 フェルナンドの顔が歪んだ。


「国を救いたかったのなら、なぜ私たちと話してくださらなかったのです」


「話して何になる! 理想ばかり唱える若者に、国の現実など」


「俺も話に入ってます?」


「入っています!」


「王女様が返事しないでください!」


 廊下から激しい足音が近づく。


 農民たち。


 そして、騒ぎを聞きつけたバルガス隊長の声もする。


「武器を捨てろ! 王女殿下への反逆者を拘束せよ!」


 フェルナンドが窓を見る。


 逃げ道はない。


 兵士たちも、もう彼を守ろうとはしなかった。


「終わりです」


 エレオノーラが告げる。


「いいえ」


 フェルナンドは笑った。


 追い詰められた人間の笑みだった。


「まだ終わってはおりません」


 懐から小さな筒を取り出す。


「王女様、伏せて!」


 何か分からない。


 それでも俺はエレオノーラへ飛びついた。


 二人で床へ倒れる。


 直後、筒が床へ叩きつけられた。


 白い煙が一気に広がる。


「目を閉じて!」


「言われなくても!」


 喉が焼けるように痛い。


 咳が止まらない。


 視界が白く染まる。


 誰かの叫び。


 剣が落ちる音。


 窓の開く音。


「逃げたぞ!」


 煙が薄れたとき、フェルナンドの姿は消えていた。


 開け放たれた窓。


 そこから外壁を伝う、細い縄。


「三階から逃げたのか」


 俺は咳き込みながら起き上がる。


「孝太郎」


 エレオノーラが、俺の下から低い声を出した。


「何です?」


「いつまで私の上にいるのです」


「あ」


 慌ててどく。


 周囲には農民、騎士、役人が集まっていた。


 全員が俺たちを見ている。


「違います」


 俺は言った。


「何も聞かれていません」


 エレオノーラが顔を赤くして立ち上がる。


「早くフェルナンド卿を追いなさい!」


 バルガス隊長が窓を確認する。


「城外へ馬を用意していた可能性があります。全門を閉じろ!」


「待ってください」


 俺が止める。


「今度は何だ!」


「城門を閉じたら、麦や食べ物を運ぶ馬車まで止まります」


「反逆者を逃がせと言うのか!」


「違います! 人は確認しても、食糧の流れは止めないようにって話です!」


「このようなときまで麦の心配か!」


「この騒ぎを起こした目的が、国を混乱させることなら、城門を全部止めたら相手の思い通りでしょう!」


 バルガス隊長が歯を食いしばる。


「……人員を増やし、荷を確認した上で通せ!」


 命令が飛ぶ。


 人々が動く。


 俺は壁へ背中を預け、その場へ座り込んだ。


「疲れた……」


「まだ終わっていません」


 エレオノーラが俺の前へ立つ。


「分かってますよ。でも、少し休ませて」


「先ほどは」


「何です?」


「助けてくださって、ありがとうございました」


「逃げただけです」


「逃げることもできず、剣を向けられたまま固まる者もいます」


「俺も固まりかけましたよ」


「それでも動きました」


「水差しは外したけど」


「外したのではなく、最初から床を狙ったのでしょう?」


「……分かりました?」


「この十日ほど、毎日あなたを見ていますから」


 エレオノーラが手を差し出す。


「立てますか」


「たぶん」


「たぶんは禁止です」


「それ、ミーナの言葉ですよ」


「気に入りました」


 手を取る。


 引っ張られて立ち上がった瞬間、腰が痛んだ。


「痛っ!」


「また腰ですか」


「王女様を庇って床へ飛び込んだからでしょう!」


「恩着せがましいですね!」


「感謝した直後にそれ?」


 周囲から笑いが漏れた。


 反乱は終わっていない。


 フェルナンドは逃げた。


 盗まれた麦も見つかっていない。


 ベルガード公国とのつながりも残っている。


 それでも、王女へ剣を向けていた兵士たちは武器を捨てた。


 農民も役人も騎士も、一緒に彼女を守ろうとした。


 俺が作ったものではない。


 エレオノーラが、逃げずに彼らの前へ立ち続けたから得たものだ。


 その日の夕方。


 閉鎖される寸前の北門を、何台もの荷馬車が強引に突破した。


 積み荷は、火災で失われたはずの王国の麦。


 そして荷馬車が向かった先は、グランヴェール国境――ベルガード公国領だった。


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