表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/24

第2話 勝手に召喚しておいて、退職金が金貨三枚ってどういうことだ

 机の上に置かれた金貨は三枚。


 異世界の朝日を受けて、腹が立つほどきれいに輝いていた。


「これを持って、王都を出ていただきたい」


 役人らしい男は、同じ言葉をもう一度口にした。


 聞き間違いではないらしい。


 寝起きの頭が少しずつ現実に追いついてくる。


「……確認していいですか」


「何でしょう」


「俺は昨日、あんたたちに勝手に呼び出された」


「召喚の儀式を執り行ったのは宮廷魔術院です。私ではありません」


「担当部署の話はしてねえよ」


 男の眉が、わずかに動いた。


 面倒な客を相手にしている顔だった。


 俺はその顔を知っている。


 ホームセンターで、購入から半年経った使いかけの塗料を持ってきて、「色が思っていたのと違うから返品しろ」と言う客を相手にしたとき、たぶん俺も同じ顔をしていた。


 だが、今回の返品希望者は俺だ。


 商品ではなく、人生を返してほしい。


「俺には家があります。仕事もあります。家族だっている。昨日まで普通に生活してたんです。それを勝手に連れてきて、帰すことはできません、役に立たないから出ていってくださいって……おかしいと思いません?」


「お気持ちは理解します」


「絶対してないだろ」


「言葉を慎んでください」


「慎んだら帰してくれるんですか?」


 男は答えなかった。


 そこは黙るのか。


 俺は椅子から立ち上がった。


「帰還方法は?」


「現在のところ、存在しないと聞いております」


「現在のところって何だよ。探してるのか?」


「それは私の管轄ではありません」


「じゃあ誰の管轄なんだ。そいつを呼んでくれ」


「お会いすることはできません」


「なんで?」


「必要がないからです」


 その言い方で、頭の中の何かが切れた。


 俺は机を叩いた。


 金貨が跳ね、甲高い音を立てて転がる。


「必要がないわけあるか!」


 役人が身を引いた。


「俺にとっては必要なんだよ! こっちは昨日まで普通に働いてたんだぞ! 今日だって出勤だった! 無断欠勤になってる! 母親だって心配してる! 警察に捜索願が出てるかもしれない! それを何だよ、管轄じゃありません、必要ありませんって!」


 自分でも、どこまで怒鳴るつもりだったのか分からない。


 怒りたかった。


 誰かに責任を取らせたかった。


 目の前の男に決定権がないことくらい、分かっている。


 この男が俺を召喚したわけではない。


 それでも、ほかに怒鳴る相手がいなかった。


「落ち着いてください」


「落ち着けるか!」


「大声を出されますと、衛兵を呼ばざるを得ません」


「呼べよ!」


 勢いで言った。


 言った直後に、廊下から鎧の擦れる音がした。


 扉が開く。


 昨日、神殿にいた騎士とは別の男が二人入ってきた。


 腰には剣。


 体格は俺より一回り以上大きい。


「問題か」


「久世殿が興奮されている」


「興奮って言い方やめてもらえます? 俺だけがおかしいみたいじゃないですか」


 言い返しながらも、声はさっきより小さくなった。


 怖い。


 当然だ。


 俺は喧嘩なんて高校時代に一度もしたことがない。


 悪い客に怒鳴られた経験はあるが、その客は腰に剣を差していなかった。


 騎士の一人が、床に転がった金貨を拾う。


「王国からの慈悲だ。受け取れ」


「慈悲?」


 また腹が立った。


 だが、さっきのようには怒鳴れなかった。


「勝手に連れてきて、元の場所へ帰せない。仕事も家も全部奪って、それで金を三枚渡すのが慈悲なんですか」


「貴様には勇者としての能力がなかった」


「そんなの俺のせいかよ」


「魔王軍と戦えぬ者を、王宮で養い続ける理由はない」


「だから帰せって言ってるんだろ」


「できぬものはできぬ」


「じゃあ、どうしろっていうんだよ……」


 最後の言葉は、自分でも情けないくらい弱かった。


 答えはない。


 騎士も役人も黙っている。


 俺を哀れんでいるのか、面倒だと思っているのか。それすら分からなかった。


 ただ一つ分かったのは、ここで俺がどれだけ怒鳴っても、何も変わらないということだった。


 殴りかかれば取り押さえられる。


 剣を抜かれたら、たぶん死ぬ。


 異世界へ来たら、剣を持つ相手にも啖呵を切れると思っていた。


 漫画の主人公なら、きっとそうする。


 俺には無理だった。


 死ぬのは怖い。


 痛いのも嫌だ。


 俺は拳を握り、ゆっくり開いた。


「……王都を出るって、どこへ行けばいいんですか」


「東門から街道が延びています。宿場町を経由し、東部の諸都市へ向かうことができます」


「その金貨三枚で、どのくらい暮らせるんです?」


「倹約すれば、一月ほどは」


「一月」


 短いのか長いのかも分からない。


 この世界の物価を知らない。


 文字も読めるか怪しい。


 仕事の探し方も分からない。


「身分証明書は?」


「こちらを」


 役人が薄い木札を差し出した。


 名前らしきものが彫ってある。


 見慣れない文字なのに、なぜか意味だけは分かった。


 召喚のとき、言葉に関する何かを施されたのだろう。


「通行証も兼ねています。ただし、有効期間は三十日です」


「その後は?」


「滞在先の領主、または冒険者組合、商業組合などで手続きをしてください」


「冒険者組合……本当にあるんだ」


 俺が呟くと、騎士の一人が鼻で笑った。


「魔物と戦えぬ貴様には縁のない場所だ」


「別に冒険者になるとは言ってないでしょう」


 つい言い返す。


 怖くても、腹が立つものは腹が立つ。


 男は再び鼻を鳴らした。


 俺は床から金貨を拾った。


 三枚とも手のひらに載せる。


 ずしりと重い。


「これは退職金ですか」


「何です?」


「いや、こっちの話です」


 召喚されて一日。


 勤続時間は二十四時間にも満たない。


 仕事は何もしていない。


 その意味では三枚でも多いのかもしれない。


 そんなふうに考えないと、泣きそうだった。


「荷物をまとめてください」


「荷物なんてありませんよ」


 俺が持っているのは、財布、スマートフォン、家の鍵、買った弁当。それから仕事着だけだ。


 唐揚げ弁当は昨夜食べた。


 冷めていたが、泣きそうなくらいうまかった。


 日本で食べる最後の食事になるかもしれないと思うと、一口ずつ飲み込むのに時間がかかった。


「久世さん」


 廊下から声がした。


 振り返る。


 昨日、一緒に召喚された高校生の一人が立っていた。


 確か、最初の鑑定で【剣聖】と告げられた少年だ。


 黒髪で、背が高い。


「相沢蓮です。昨日は、ちゃんと名乗れなかったので」


「ああ。久世孝太郎」


「知ってます。鑑定のときに」


「そりゃそうか」


 蓮は役人と騎士を見る。


「本当に追い出すんですか」


「勇者様には関係のないことです」


「関係なくはないでしょう。一緒に召喚されたんですよ」


 役人の態度が、俺に対するときより明らかに柔らかくなる。


「相沢様には剣術の訓練がございます。どうかお戻りください」


「でも」


「蓮」


 呼び捨てにすると、少年がこちらを見る。


 初対面の高校生を呼び捨てにするのは少し気が引けたが、苗字に様をつけられている横で「相沢君」と呼ぶのも変な感じがした。


「いいよ」


「よくないですよ」


「よくはないけど、ここでお前が揉めても仕方ないだろ」


「だけど、あんまりじゃないですか」


「うん。あんまりだよ」


 認めると、蓮は言葉に詰まった。


 正義感だけで何とかできる問題ではない。


 昨日まで普通の高校生だった少年に、この国と交渉しろというのは酷だ。


 蓮は懐から小さな革袋を取り出した。


「これ、使ってください」


 袋の中で硬いものが触れ合う音がした。


「お金?」


「俺たちは支度金をもらったので」


「いくら」


「金貨十枚です」


「差がすごいな」


 思わず笑った。


 勇者は十枚。


 無能は三枚。


 分かりやすい世界だ。


「一枚だけでも」


「いらない」


「でも」


「お前がもらった金だろ。取っとけ」


「俺は王宮にいれば、食事も部屋も用意されます」


「だからって、もらえない」


「久世さん、こういうときに意地張ってる場合じゃないでしょう」


「分かってるよ」


 少し強い言い方になった。


 蓮が黙る。


 俺は後悔した。


 この少年に怒る筋合いはない。


「……ごめん」


「いえ」


「でも、本当にいいんだ。こういうときくらい、少しかっこつけさせてくれ」


「何ですか、それ」


「十九歳にもなると、年下から金をもらうのは結構くるんだよ」


「二歳くらいしか違わないじゃないですか」


「昨日は俺のこと先生だと思ったくせに」


「それは別の奴です」


「似たようなもんだろ」


 蓮が初めて少し笑った。


 それから、すぐに真顔へ戻る。


「戻る方法、俺も探します」


「無理するなよ」


「でも、俺たちのせいで巻き込まれたようなものです」


「お前らのせいじゃない」


「……」


「お前も被害者だろ。高校生なんだから、まず自分のことを考えろ」


「高校生だからって、子供扱いしないでください」


「じゃあ俺をおっさん扱いするな」


「してませんって」


 短いやり取りだった。


 だけど、少しだけ救われた。


 この世界に来てから初めて、俺を能力ではなく、一人の人間として見てくれた気がした。


「じゃあな」


「また会えますよね」


「どうだろうな」


「会えます」


「何だ、その根拠のない自信」


「剣聖らしいので」


「関係あるか?」


 笑って別れた。


 笑っていないと、情けなく泣きそうだった。


     ◇


 王都の東門は巨大だった。


 高い石壁。


 武装した門兵。


 行き交う馬車と人々。


 誰も俺の事情など知らない。


 世界から切り離されたのは俺だけで、この街は昨日までと変わらない朝を迎えている。


「通行証を」


「これです」


 木札を渡す。


 門兵は一度確認し、俺へ返した。


「街道を外れるな。最近はゴブリンが出る」


「ゴブリン」


「知らんのか?」


「初めて聞きました」


 嘘だ。


 名前は知っている。


 実物を知らないだけだ。


「武器は?」


「ありません」


「一人で行くつもりか?」


「そのつもりですけど」


 門兵は露骨に嫌な顔をした。


「次の宿場町までは歩いて半日だ。昼前に出れば日暮れまでには着く。ただし、荷馬車が通れば乗せてもらえ。金は取られるだろうが、命より安い」


「あ、ありがとうございます」


 追い出す側の王宮役人より、門兵の方が親切だった。


 俺は城門を抜ける。


 街道が東へ延びていた。


 後ろを振り返る。


 石壁の向こうには巨大な城が見えた。


 俺を勝手に召喚し、役立たずと決めつけ、金貨三枚で捨てた国。


「絶対、二度と戻ってこねえからな」


 誰に聞かせるでもなく呟いた。


 格好よく背を向ける。


 数十歩ほど歩いた。


 街道が二つに分かれていた。


 標識が立っている。


 文字は読める。


 読めるのだが。


「東はどっちだよ」


 どちらの標識にも、知らない町の名前しか書かれていない。


 方角の表示がない。


 俺はしばらく右と左を見比べた。


 城門へ戻るのは恥ずかしい。


 しかし適当に進んで遭難するのはもっと嫌だ。


 五分悩んだ末、俺は来た道を戻った。


 先ほどの門兵と目が合う。


「どうした」


「……東って、どっちですか」


 門兵は黙って右を指さした。


「ありがとうございます」


「気をつけろよ」


 笑われなかったのが、逆に少し恥ずかしかった。


 俺は今度こそ右の道へ進む。


 金貨三枚。


 武器なし。


 知り合いなし。


 帰る方法なし。


 あるのは、過去に覚えたことを思い出せるだけの能力。


「どうすんだよ、これから」


 答えてくれる人はいない。


 それでも歩くしかなかった。


 異世界へ召喚されて二日目。


 俺の新しい人生は、勇者でも英雄でもなく、無職から始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ