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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第14話 正しいことを言えば人が動くなら、世の中はもっと楽なんだよ

「西部の穀物倉庫で火災です!」


 泥まみれの伝令が叫んだ瞬間、エレオノーラの表情が変わった。


 つい先ほどまで俺と口喧嘩をしていた十七歳の少女はいなくなり、そこに立っていたのは一国の王女だった。


「火災が起きたのは、いつです」


「半刻ほど前です。倉庫番が異臭に気づいたときには、北棟の屋根まで火が回っていたと」


「消火にあたっている人数は?」


「守備隊と近隣住民を合わせ、百名ほどです。しかし井戸が遠く、水が足りません!」


「南棟への延焼は」


「風向きが変われば危険です」


「積まれている穀物は?」


「今冬の王都配給分、およそ四千袋です」


 俺には一袋がどれほどの量か分からない。


 しかし、伝令の顔とエレオノーラの青ざめ方を見れば、取り返しのつかない量だと分かった。


「馬車を返します」


 エレオノーラが御者へ命じた。


「王城ではなく、西部倉庫へ向かってください。急いで」


「お待ちください、殿下」


 マーサが御者台から振り返る。


「火災現場へ殿下がお出ましになるのは危険です」


「私が城へ戻って報告を待ったところで、麦は助かりません」


「しかし」


「マーサ」


 エレオノーラの声は静かだった。


「今、私が守るべきものは自分の衣服ではありません」


「お命のお話をしております!」


「その命を守るために、何人の騎士を現場から割くつもりですか」


 マーサが言葉を失う。


 俺は思わず口を挟んだ。


「現場に行って、王女様に何ができるんです?」


 エレオノーラがこちらを見る。


「人を動かせます」


「火を消す方法を知ってる?」


「水をかけることくらいは」


「それだけ?」


「あなたは知っているのですか」


「現場を見ないと分かりません」


「では、共に来てください」


「……やっぱり、そうなるのか」


 行きたくないとは言えなかった。


 畑では何もできなかった。


 農民と怒鳴り合い、邪魔をして帰ってきただけだ。


 その直後に、今度は倉庫火災。


 この国は俺が落ち込む時間すら与えてくれないらしい。


「分かりました。ただし、王女様は俺の言うことも聞いてください」


「内容によります」


「今、条件をつけるところですか!」


「危険な命令なら従えません」


「危険な場所へ行くって言ってるのは王女様でしょう!」


 馬車が急旋回する。


 身体が大きく横へ振られた。


 エレオノーラが倒れそうになり、俺の肩を掴む。


「すみません」


「いえ」


「離してください」


「今、馬車が揺れています」


「俺も揺れてるので、二人まとめて転びますよ!」


 言った直後、車輪が大きな石を踏んだ。


「きゃっ!」


「うわっ!」


 二人そろって座席から転げ落ちた。


 俺が下。


 エレオノーラが上。


 顔が近い。


 柔らかな金髪が頬へかかる。


 こんな状況でなければ、心臓が止まりそうな場面だった。


「何をしているのです」


「俺が聞きたいです!」


「早く起こしてください」


「王女様が俺の上にいるんですよ!」


 馬車の小窓が開き、マーサが中を覗いた。


 目が合う。


 無言で小窓が閉じられた。


「待って! 誤解です!」


「誰に説明しているのですか!」


「マーサさんに決まってるでしょう!」


「私が説明しますから、まず起きなさい!」


「だから王女様が――」


 火災現場へ急いでいる最中に、何をしているんだろう。


 俺たちは必死に立ち上がり、それぞれ反対側の座席へ座った。


 エレオノーラは乱れた髪を直し、何事もなかったような顔をする。


 耳だけが赤い。


「今のことは忘れてください」


「俺の能力、記憶再現なので」


「こういうときくらい忘れなさい!」


     ◇


 西部穀物倉庫は、王都の城壁から少し離れた川沿いにあった。


 到着する前から、黒い煙が見えた。


 鼻を突く焦げ臭さ。


 叫び声。


 水桶を抱えて走る人々。


「これは……」


 倉庫は全部で四棟。


 そのうち北棟が炎に包まれていた。


 乾燥した木造建築だ。


 屋根から火の粉が舞い、風に運ばれている。


 隣の東棟にも、すでに煙が上がっていた。


「殿下だ!」


「エレオノーラ殿下が来られた!」


 王女の姿を見て、人々がざわめく。


 現場を指揮していた隊長らしい男が駆け寄ってきた。


「殿下、危険です! お下がりください!」


「状況を報告しなさい」


「北棟は、もう近づけません。東棟へ火が移り始めています。西棟と南棟から穀物を運び出しておりますが、人手が足りません!」


「川の水は?」


「桶で汲み上げております」


「水魔法を使える者は」


「三人おります。しかし魔力が尽きかけています」


 俺は現場を見る。


 人々は川と倉庫の間を、桶を持って往復していた。


 水を運ぶ列はある。


 だが、空の桶を戻す人と、満水の桶を持つ人がぶつかっている。


 誰かが転び、水がこぼれる。


 火へ近づきすぎた人間が、煙を吸って咳き込む。


 消火。


 穀物の運び出し。


 野次馬の排除。


 全部が一緒になっていた。


「隊長さん!」


「何だ、貴様は」


「消火する人と、麦を運ぶ人を分けてください!」


「分けている!」


「分かれてません! 同じ人が桶を置いて麦袋を担いでる!」


「人手が足りないのだ!」


「だから役割を固定するんです!」


 俺は川を指した。


「空の桶を戻す列と、水を運ぶ列を別にしてください。一列に並んで、手渡しで運ぶ!」


「手渡し?」


「一人が全部の距離を走るから遅いんです! 人を等間隔に並べて、桶だけを隣へ渡す!」


 バケツリレー。


 日本なら子供でも知っている。


 だが、隊長はすぐには動かなかった。


「その方法で、本当に早くなるのか」


「少なくとも、今みたいにぶつかりません!」


「確証は」


「やって確かめる時間しかないでしょう!」


 隊長の顔が険しくなる。


「現場も知らぬ若造が、簡単に――」


「バルガス隊長」


 エレオノーラが遮った。


「試しなさい」


「殿下」


「失敗したなら、元へ戻せばよい。今は一刻が惜しい」


 隊長は悔しそうに歯を食いしばる。


「……承知しました」


 命令が飛ぶ。


 兵士と住民が川から東棟まで並び直す。


 最初は混乱した。


 桶を渡す方向を間違える。


 水を受け取り損ねて落とす。


「違う! 満杯の桶は倉庫側! 空は川側!」


「声が聞こえん!」


「目印をつけろ!」


「そんな暇はない!」


「じゃあ片方の列だけ帽子を脱いで!」


「何で帽子だ!」


「見分けられれば何でもいいんです!」


 俺も列へ入る。


 隣から重い桶を受け取り、反対の男へ渡す。


 腕にくる。


 水が服へかかる。


「次!」


「早えよ!」


「火は待ってくれません!」


「お前が取り損ねたんだろ!」


「今のはそっちの渡し方が悪い!」


「喧嘩するな!」


 怒鳴り合いながらも、桶の流れは次第に速くなった。


 一人が川から倉庫まで走るより、確実に水が届く。


「孝太郎!」


 エレオノーラの声。


 振り返ると、王女が穀物袋を運ぼうとしていた。


「何してるんですか!」


「運び出す人手が足りません!」


「王女様が持てる重さじゃない!」


「やってみなければ分かりません!」


「そういうときだけ俺の真似をしないでください!」


 エレオノーラが袋を抱えようとする。


 びくともしない。


 もう一度。


 顔が赤くなる。


「……重いです」


「見れば分かる!」


 俺は桶の列を抜け、王女のところへ走った。


「小さい袋へ分けられないんですか」


「時間がかかります!」


「このまま王女様が腰を壊す方が面倒です!」


「では、二人で運びます」


「俺も力仕事は得意じゃ――うわ、重っ!」


 二人で袋の端を持つ。


 確かに重い。


 麦が詰まっている。


 数歩進むだけで腕が震えた。


「王女様、そっち上げすぎ!」


「孝太郎が低いのです!」


「身長差を考えてください!」


「私は女性です!」


「今それ関係ある!?」


「もっと私の負担を減らしなさい!」


「こっちも限界です!」


 どうにか倉庫から離れた場所まで運ぶ。


 二人同時に袋を落とし、その場へ座り込んだ。


「一袋でこれかよ……」


「あと、何袋あるのでしょう」


「聞かない方がいいです」


「聞かなければ終わりません」


「真面目すぎるなあ」


「あなたが不真面目すぎるのです」


「今、一緒に運んだでしょう!」


 息を切らしながら言い争う。


 だが、休んでいる時間はない。


 次の袋へ向かおうとしたとき、倉庫の壁が大きな音を立てた。


「離れろ!」


 誰かが叫ぶ。


 北棟の一部が崩れた。


 燃えた木材が倒れ、火の粉が東棟の屋根へ降り注ぐ。


「東棟へ燃え移るぞ!」


「水を屋根へ!」


「届かない!」


 桶の水では、屋根の高さまで十分届かない。


 水魔法を使っていた男たちは、膝をついている。


「屋根に上がる!」


 兵士の一人が梯子へ向かう。


「駄目!」


 俺は叫んだ。


「火の粉が落ちてる! 屋根が焼けてたら抜けます!」


「では、どうする!」


 どうする。


 考えろ。


 消防車はない。


 ポンプもない。


 ホースもない。


 あるのは桶と人手。


 建物は木造。


 延焼を防ぐには、火元と燃えるものを離す。


「東棟を守るんじゃなくて、その間を壊せませんか」


「何?」


 北棟と東棟の間には、木製の渡り廊下があった。


 火はそこを伝い始めている。


「あの廊下を落とすんです! 火の道を切る!」


「中にはまだ穀物が」


「東棟を全部失うよりましでしょう!」


 隊長が渡り廊下を見る。


 迷っている。


「早く!」


「殿下、御命令を!」


 判断を王女へ投げた。


 エレオノーラの顔が強張る。


 渡り廊下を壊せば、その周辺の穀物は失う。


 壊さなければ、東棟全体へ燃え移るかもしれない。


「壊しなさい」


 声が震えた。


 それでも言った。


「渡り廊下を切断し、周辺の穀物は諦めます。東棟を守ってください!」


「はっ!」


 兵士たちが斧を持って走る。


 何度も木材を叩く。


 火が迫る。


「急げ!」


「もう少しだ!」


 やがて渡り廊下が崩れ落ちた。


 火の粉が舞う。


 水が一斉にかけられる。


 東棟の壁は焦げた。


 屋根の一部も燃えた。


 それでも、火はそこで止まった。


     ◇


 日が沈む頃、火勢はようやく弱まった。


 北棟は全焼。


 東棟も一部損傷。


 だが、西棟と南棟は無事だった。


 運び出した麦袋が、広場に山積みになっている。


 助かった。


 全部ではない。


 かなりの量を失った。


 それでも、半分以上が燃えるという最悪の事態は避けられたらしい。


「被害量を数えてください」


 煤だらけのエレオノーラが命じる。


「無事な袋、濡れた袋、焼けた袋を分けて。濡れた麦は、このまま積まないでください」


 俺が口を挟む。


「腐ります」


「どのようにすれば」


「広げて乾燥させる。地面へ直接置くと湿気るから、布か板の上へ薄く」


「広げる場所が足りません」


「王城の中庭は?」


 エレオノーラが一瞬だけ迷う。


「使います」


「殿下、王城の中庭は公式行事に」


 駆けつけた官吏が反対する。


「冬の配給より重要な公式行事がありますか」


「しかし、格式が」


「格式は食べられません」


 エレオノーラは言い切った。


「城内の廊下も使います。敷物を外し、麦を運び入れてください」


「泥や煤が」


「後で掃除すればよいでしょう!」


 官吏は黙り込む。


 俺は少し笑った。


「何です?」


 王女が睨む。


「いや、王女様も結構無茶を言うなって」


「あなたの影響です」


「俺のせいにしないでください」


「では、濡れた麦を乾燥させるほかの場所を」


「ありません」


「なら黙って手伝いなさい!」


「王女様、俺への扱いが雑になってません?」


「今さらです!」


 火災の後始末は夜まで続いた。


 俺も麦袋の仕分けを手伝った。


 濡れたもの。


 焦げ臭いもの。


 破れた袋。


 運ぶたび、腕と腰が悲鳴を上げた。


「もう無理……」


 石壁へもたれ、座り込む。


「孝太郎」


 エレオノーラが木杯を差し出した。


「水です」


「沸かしてあります?」


「こんなときまで確認するのですか」


「腹壊したくないので」


「倉庫の井戸水を、王城から持参した水魔法使いが浄化しました」


「魔法、便利だなあ」


 水を飲む。


 ぬるい。


 煤のせいか、少し苦い気がした。


 それでも、喉へ染みた。


「王女様は?」


「飲みました」


「嘘」


「なぜ分かるのです」


「唇、乾いてます」


 杯を返す。


「飲んでください」


「あなたが口をつけたものを?」


「今さら気にします?」


「気にするでしょう!」


「じゃあ新しい杯を」


「時間が惜しいです」


 エレオノーラは俺から杯を取り、一口飲んだ。


 飲んでから、自分が何をしたか気づいたらしい。


 動きが止まる。


「……これは」


「間接キスとか言わないでくださいね」


「言おうとしていません!」


「顔が赤いですよ」


「火のそばにいたからです!」


「もう火、消えてますけど」


「煤です!」


「煤で赤くはならないでしょう」


「うるさいです!」


 杯を押し返された。


 少し強すぎて、水が服へこぼれる。


「冷たっ!」


「すみません!」


「謝りながら笑ってません?」


「笑っていません」


「目が笑ってる!」


 俺たちは煤まみれの顔で、しばらく睨み合った。


 その後、どちらからともなく笑った。


 ひどい一日だった。


 畑では追い返された。


 倉庫は燃えた。


 食糧も失った。


 国の状況は、さらに悪くなった。


 それでも、完全には失わなかった。


「孝太郎」


「何です?」


「ありがとうございました」


「俺だけじゃありません」


「分かっています」


「王女様が渡り廊下を壊すって決めたからです」


「あなたが案を出したからです」


「隊長たちが実行した」


「人々が水を運びました」


「じゃあ、みんなのおかげで」


「はい」


 エレオノーラは微笑んだ。


 その笑顔は、疲れ切っていた。


「国を救うというのも、こういうことなのかもしれませんね」


「どういうこと?」


「一人がすべてを成し遂げるのではなく、誰かが案を出し、誰かが決め、誰かが手を動かす」


「格好いいこと言いますね」


「孝太郎は、そう思いませんか」


「思いますけど」


「けど?」


「今日は火を消しただけです。明日から、減った麦をどうするか考えないと」


 エレオノーラの笑顔が消えた。


「現実に戻さないでください」


「王女様が国を救う話をしたんでしょう!」


「今夜くらい、達成感に浸っても」


「駄目です。俺たちは麦を失った側なんだから」


「……正しいことを言いますね」


「腹立ちます?」


「非常に」


「俺も畑で同じ顔をされました」


 正しいことを言えば、人が動く。


 そんなに世の中は簡単ではない。


 正しいことを言っても、嫌われる。


 怒鳴られる。


 立場や意地や過去の失敗が邪魔をする。


 それでも、伝え方を変え、試せる形にして、誰かと一緒に動くしかない。


 倉庫火災で、俺は少しだけそれを学んだ。


 だが、翌朝。


 火災原因の調査に入った兵士が、北棟の焼け跡から妙なものを見つけた。


 油を染み込ませた布。


 自然発火ではない。


 誰かが意図的に、国の穀物倉庫へ火をつけた可能性が浮上したのだった。


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