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『異世界召喚された俺、現代知識を一つ教えるたびに美少女が増えていく 〜役立たず勇者と捨てられたのに、王女も聖女も竜姫も「次は私の国を救って」と押しかけてきました〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


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第11話 王女様と二人旅。楽しいはずなのに会話が全部喧嘩になる

 ラウル村を出て一刻もしないうちに、俺は早くも帰りたくなっていた。


「王女様」


「何でしょう」


「この馬車、昨日のより狭くないですか?」


「同じ馬車です」


「じゃあ、荷物が増えた?」


「あなたの荷物が増えました」


 エレオノーラが、俺の足元へ視線を落とす。


 そこには、ラウル村のみんなから押しつけられた品々が山になっていた。


 バルトが作った二色の柄杓。


 アニタたちの石鹸もどき。


 マルタがまとめた病人の記録板。


 干し肉。


 黒パン。


 予備の靴。


 毛布。


 ミーナがくれた、形の悪い木彫りの鳥。


 それから、マーサが用意してくれた俺の着替えが入った大きな鞄。


「俺の荷物っていうより、半分は村の荷物でしょう」


「すべて、あなたが受け取ったものです」


「置いていくわけにいかないじゃないですか」


「ですから、あなたの荷物です」


「言い方の問題ですよ」


「事実の問題です」


「朝から細かいなあ」


「昨日、柄杓の色に半日悩んでいた方に言われたくありません」


「あれは大事なんですよ! 飲み水用と洗濯用を間違えたら、衛生管理が崩れるでしょう!」


「白と茶でなくてもよかったのでは?」


「青い塗料は高いんです!」


「では、柄を削って形を変えればよかったのではありませんか」


 俺は黙った。


「どうしました?」


「王女様、たまに正しいこと言いますね」


「たまにとは何ですか!」


 馬車の中へ、エレオノーラの声が響く。


 御者台からマーサの咳払いが聞こえた。


 たぶん、また始まったと思われている。


 ラウル村を発った俺たちは、グランヴェール王国へ向かっていた。


 道程はおよそ三日。


 途中の町で一泊し、国境を越えた後、もう一泊する予定だという。


 馬車には俺とエレオノーラ。


 御者台にはマーサと御者。


 周囲を四人の騎士が護衛している。


「一つ聞いていいですか」


「何でしょう」


「どうして、俺と王女様が同じ馬車なんです?」


 エレオノーラがきょとんとする。


「道中で、我が国の事情をご説明するためです」


「マーサさんと一緒じゃ駄目だったんですか?」


「マーサは私以上に国内事情を知りません」


「国の仕事をしてる人は?」


「同行させれば、その分だけ準備に時間がかかります」


「だからって、若い男女が二人きりはまずくないです?」


「二人きりではありません。外にはマーサも騎士もおります」


「馬車の中は二人です」


「私と二人きりでは、不満ですか」


 不満ではない。


 むしろ、普通の十九歳男子としては、金髪美少女の王女と二人旅など、かなりうれしい状況のはずだ。


 ただ、相手がエレオノーラでなければ。


「不満というか、落ち着きません」


「どうしてです?」


「女の人と二人きりになることが、あまりないので」


「ラウル村では、女性たちに囲まれて石鹸を作っていたではありませんか」


「あれはおばちゃんたちでしょう」


 馬車が、がくんと揺れた。


 御者台からアニタには絶対聞かせられない言葉を口にしてしまったと気づく。


「今のは村へ戻っても言わないでくださいね」


「アニタへお伝えしておきます」


「やめて!」


「女性を年齢で区別するものではありません」


「区別じゃなくて、緊張するかどうかの話です!」


「では、私には緊張するのですか」


「……まあ、多少は」


「なぜ?」


「なぜって」


 本人に言わせるのか。


 エレオノーラは少し身を乗り出し、返事を待っている。


「王女様だからです」


「それだけですか」


「美人だから」


 言ってから後悔した。


 エレオノーラが目を丸くする。


 俺は窓の外へ顔を向けた。


「今のは忘れてください」


「記憶再現の能力を持つ方が、それをおっしゃるのですか」


「王女様には、その能力ないでしょう」


「私にも普通の記憶力はあります」


「忘れる努力をしてください」


「嫌です」


「何で!」


「孝太郎が、私を美人だと思っていることは覚えておきます」


「そうやって口に出さないでもらえます?」


 顔が熱い。


 窓の外に見える畑へ意識を向ける。


 ラウル村周辺より、少し作物の背が低い。


 土の色も違う。


 あれが国境へ近づいている証拠なのか、それとも単に土地の差なのか。


 隣から、視線を感じる。


「見ないでください」


「見ていません」


「目が合いました」


「人の顔くらい見るでしょう」


「この会話、何回目だよ!」


 エレオノーラが口元を押さえて笑った。


 からかわれた。


 王女に。


「性格、結構悪いですね」


「あなたの影響かもしれません」


「俺のせいにしないでください」


     ◇


 昼頃。


 街道沿いの林で、馬を休ませることになった。


 騎士たちが周囲を確認し、敷物を広げる。


 マーサが籠から昼食を取り出した。


 白いパン。


 燻製肉。


 チーズ。


 干した果物。


「昨日までの食事と全然違う」


「旅の途中で体調を崩しては困りますから」


 マーサが当然のように言う。


「ラウル村でも出せたんじゃ?」


「殿下が、村の方々と同じ食事を望まれました」


「じゃあ、俺はその巻き添え?」


「孝太郎は、もともと村の食事を召し上がっていたのでしょう」


「そこは気を遣って、俺の分も出してくださいよ」


 エレオノーラが干した果物を一つ差し出した。


「どうぞ」


「いりません」


「なぜです?」


「子供扱いされてる感じがする」


「食べたいのでしょう」


「食べたいけど」


「では、どうぞ」


「自分で取れます」


「面倒ですね」


「王女様にだけは言われたくない!」


 結局、差し出された果物を受け取った。


 甘酸っぱい。


 干し杏に似ている。


「うまい」


「泣きませんか」


「果物一つで泣くと思われてるの?」


「肉を食べて泣いていたと、ミーナから聞きました」


「あいつ!」


 出発前、ずいぶんエレオノーラと話していると思ったら、余計なことまで教えていたらしい。


「煙が目に入っただけです」


「室内で?」


「料理の湯気」


「アニタは、湯気など出ていなかったと」


「証言まで取ったんですか!」


「興味がありましたので」


「人の恥ずかしい話を調査しないでください!」


 騎士たちが離れた場所で笑っている。


 最初は王女に対して失礼な俺を警戒していたが、今では少し慣れたようだ。


 それはそれで複雑だった。


「孝太郎」


「何です?」


「グランヴェールへ到着してからの予定を確認します」


「食事中に仕事の話?」


「食べながらでも話せると、以前申し上げました」


「俺は嫌だって言いましたよね」


「時間がありません」


 エレオノーラは革張りの手帳を開く。


「到着初日は、父王への謁見。その後、宰相と農務官を交え、現在の食糧状況をご説明します」


「初日から偉い人ばっかりだな」


「翌日は王都周辺の倉庫と市場。三日目から農村を視察する予定です」


「予定を詰めすぎじゃないですか?」


「一日でも早く対策を」


「俺、移動で疲れてる可能性あるんですけど」


「今も馬車に乗っているだけでは?」


「馬車って結構疲れるんですよ。尻も痛いし」


「その程度で?」


「王女様は慣れてるかもしれませんけど、俺には拷問に近いです」


「大げさな」


「じゃあ、王女様の座席と交換してください」


 俺の座席は進行方向と逆向き。


 荷物に挟まれ、足も十分伸ばせない。


 エレオノーラの方は、背もたれに厚いクッションがついている。


「これは王族用の席です」


「男女平等!」


「その言葉を、こういうときだけ使わないでください!」


「試しに一時間だけ」


「嫌です」


「即答だ」


「私は王女です」


「知ってます」


「女性です」


「それも見れば分かる」


「なら、床へ座ればよいでしょう」


「何でそうなるんですか!」


 エレオノーラは、真顔で少し考えた。


「では、半分使いますか」


「半分?」


 王女用の長椅子へ、少し横へずれる。


 大人二人が座れない幅ではない。


 ただし、かなり近くなる。


「いや、いいです」


「なぜです?」


「近いから」


「先ほどから注文が多すぎませんか」


「近くても文句を言われないなら座りますけど」


「私が提案したのです。文句など」


 そこまで言い、エレオノーラが俺と座席の幅を見比べる。


 自分でも距離の近さに気づいたらしい。


「……やはり、今の席で我慢してください」


「そっちから言い出したのに!」


「不適切だと判断しました」


「何が?」


「何でもです!」


 エレオノーラの耳が赤い。


 俺も、それ以上は追及しなかった。


 マーサが遠くから、非常に厳しい目で俺を見ていたからだ。


     ◇


 夕方、街道沿いの小さな宿場町へ着いた。


 ラウル村より大きいが、王都とは比べものにならない。


 宿は二階建て。


 馬小屋もある。


 王女一行が到着したことで、店主は青ざめながら頭を下げた。


「最上の部屋を殿下へ。隣室を侍女殿。その向かいを孝太郎様へご用意しております」


「様はいいです」


「ですが、殿下のお連れ様を」


「俺、別に偉くないので」


 店主は困ったようにエレオノーラを見る。


「孝太郎の希望通りにしてください」


「かしこまりました、孝太郎殿」


「殿もいらないって!」


「孝太郎」


「いきなり呼び捨て!」


「では、何と呼ばせたいのです!」


「もう孝太郎でいいです!」


 店主がますます困った顔をする。


 マーサが額を押さえていた。


 部屋へ案内される途中、エレオノーラが足を止めた。


「ところで、浴室はありますか」


「よくぞお尋ねくださいました」


 店主の顔が明るくなる。


「当宿には、旅人用の蒸し風呂がございます」


「蒸し風呂!」


 俺の声が裏返った。


 異世界へ来てから、まともな風呂へ一度も入っていない。


 桶で身体を拭く程度だ。


「入ります! 今すぐ!」


「お待ちください」


 マーサに止められた。


「まず殿下がお入りになります」


「順番くらい譲りますけど」


「その後、私が確認し、騎士たち、最後にあなたです」


「最後!?」


「当然です」


「どうして騎士より後なんですか!」


「あなたは王族の護衛ではありません」


「理屈は分かるけど納得できない!」


 エレオノーラが少し考える。


「では、孝太郎を騎士たちより先に」


「殿下」


「明日も、道中で話を聞かなければなりません。臭いが気になると集中できませんから」


「俺、臭います?」


 思わず自分の服の襟元を嗅ぐ。


 汗。


 馬車の埃。


 石鹸作りで染みついた獣脂。


「少し」


「そんな正直に言わなくても!」


「嘘をつくなと、ラウル村で教わりました」


「都合のいいときだけ村の教えを使わないでください!」


 騎士の一人が笑いを堪えきれず、横を向いた。


「俺、先に入ってきます」


「覗いてはいけませんよ」


 エレオノーラが言う。


「覗きません!」


「念のためです」


「王女様こそ、俺の入浴中に入ってこないでくださいよ」


「なっ!」


「冗談です」


「不敬です!」


 手近にあった小さな布袋が飛んできた。


 避ける。


 袋が床へ落ち、中から乾燥した香草が散らばった。


 マーサが悲鳴を上げる。


「殿下! 入浴用の香草が!」


「あ」


「拾うの手伝います」


「孝太郎は触らないでください!」


「何で俺だけ怒られるの?」


「あなたが余計なことを言うからです!」


 結局、三人で床へ這いつくばって香草を拾った。


 王女。


 侍女。


 異世界人。


 廊下を通りかかった店主が、見てはいけないものを見た顔で引き返していった。


     ◇


 久しぶりの風呂は、最高だった。


 正確には、大きな木箱のような部屋へ熱い蒸気を満たす蒸し風呂だった。


 湯船はない。


 それでも、汗と埃を洗い流せるだけで十分だった。


 俺は浮かれた。


 かなり浮かれた。


 そのせいで長く入りすぎた。


「遅いです!」


 外へ出た途端、マーサに怒鳴られた。


「すみません」


「殿下をどれほど待たせるおつもりですか!」


「時間を忘れてました」


「あなたは、女性を待たせて平気なのですか」


「風呂の前では男女平等です!」


「意味が分かりません!」


 蒸し風呂の前では、エレオノーラが腕を組んでいた。


「ずいぶん堪能したようですね」


「生き返りました」


「その顔を見れば分かります」


「王女様も早く入った方がいいですよ」


「言われなくても」


「ただ、椅子が熱くなってるので気をつけて」


「分かりました」


「あと、隅に大きな虫がいました」


 エレオノーラの足が止まった。


「どのくらいですか」


「手のひらくらい」


「嘘ですね」


「分かりました?」


「あなたは、嘘をつくとき目が泳ぎます」


「この世界の人、俺の顔を読みすぎだろ」


 エレオノーラは俺の横を通り過ぎる。


 石鹸のような、乾いた草のような匂いがした。


 肩が軽く触れる。


 少しだけどきりとした。


「どうしました?」


「何でもないです」


「また私の顔を見ていましたね」


「見てません」


「目が合いました」


「人の顔くらい見るでしょう」


「本当に、毎回同じ言い訳ですね」


 王女は笑って、蒸し風呂へ入っていった。


 俺は廊下に一人残る。


「……楽しい旅になるかもしれないな」


 小さく呟いた。


 直後。


 蒸し風呂の中から悲鳴が響いた。


「きゃああああああっ!」


「何!?」


 扉へ駆け寄る。


「虫です! 本当に虫がいます!」


「手のひらくらい?」


「指ほどです!」


「小さいじゃないですか!」


「大きさの問題ではありません! 早く取りなさい!」


「今、入ったらまずいでしょう!」


「目を閉じて入ればよいでしょう!」


「無茶言うな!」


 マーサと騎士たちが、何事かと駆けつける。


 宿中が騒ぎになった。


 結局、虫を追い出したのはマーサだった。


 俺とエレオノーラの旅は、まだ一日目である。


 楽しいかもしれないと思った自分を、少しだけ殴りたくなった。


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