黄巾党、侵攻す
【これまでのあらすじ】
「来世はのんびり碁が打ちたい・・・!」
猫になって異世界に転生した、
諸葛亮 孔明の囲碁生活は続く。
だが、
どんな物事も たった一人によって進むものではない。
彼のあずかり知らないところでも、
物語は 着実に動いているのだ。
彼とは違う別の者たち、
別の視点によって・・・。
● 〇 ● 〇 ● 〇 ●
「張角様」
大広間に入ってきた男たちは、
奥で碁を打っている主に向かって、
膝をついた。
「近隣にある、
寄合の碁会所3つは、
我らの軍門に下りました」
「また、
商売の碁会所2つが、
我ら黄巾党の傘下に加わりたいと」
「ごくろう」
張角は、
同志の報告に返答しながらも、
二つの盤上から目を離さない。
また、
彼と対局している二人の弟、
張宝・張梁についても同様である。
盤面は、
どちらも張角が有利に進んでいる。
「むう・・、
さすが兄者・・・」
「俺たち二人を同時に相手して・・・」
だが、
本当に驚いているのは、
この二面打ちを見ている同志たちだった。
(張宝様も張梁様も、
我ら碁打ちを4面同時に相手どれる棋力がある・・・)
(そのお二人と、
二面打ちで こうも優勢に・・・)
(さすが、
張角様・・・!)
かつては、
小さな山村の一角に過ぎなかった土地。
今やそこには、
百人近い碁打ちが根城とする、
邸宅ができていた。
棋士たちの道場と比べても、
決して見劣りしない立派な門構えだ。
張角・張宝・張梁の三兄弟から始まった決起だが、
わずかの期間で既に、
囲碁界の一大勢力となりつつある。
・・それはつまり、
それだけ世の碁打ちたちが、
今の棋士たちのありように憤りを覚えていた、
という事になる。
「今の棋士たちは、
おのが本分を全うしていない!」
張角は、
常に配下たちに言っている。
「農家が作物を、
漁師が魚を、
そして歌人が詩歌を世に提供するように」
棋士とは日々、
研究・精進を怠らず、
おのが碁を一歩でも先に進める事に まい進し、
その成果を余すことなく世に伝えるのが、
義務であり稼業でもある。
「おのが碁を世に提供する。
それでこそ棋士たちは、
【碁打ち】ではなく【棋士】たり得るのだ」
だが、
近年 棋士たちは、
編み出した定石を ひた隠し、
おのが棋力を高めるよりも、
碁打ちたちとの差を維持する事に努めた。
「おのが棋士という立場を守るため・・、
いや・・・」
ただ、
うまい汁を吸い続けるために・・・。
張角のその言に、
いちいちもっともと共感し、
結成された碁打ちたちの組織。
それが黄巾党だ。
「――頃合いだな」
そう言って、
張角は立ち上がった。
「これより、
我ら黄巾党は、
本格的に棋士たちに戦いを挑む!」
その言葉に、
同志の碁打ちたちは歓声を上げた・・・!
● 〇 ● 〇 ● 〇 ●
とある街の道場にて・・・。
「先生、大変です!
道場破りです!」
「道場破り?
そんなもの、
相手にする必要あるかね」
慌てふためいて離れの部屋に入ってきた弟子に、
道場主である棋士は、
碁盤に盃を置いて言った。
中の酒がはねて、
盤上に飛び散る・・・。
「さっさと追い返してしまわないかね。
そんな事でいちいち報告に来るなど・・・」
「そ・・それが、
数十人もの数でやって来て・・・」
「何?」
「対局を受けなければ、
その事実を街中に流すと・・・」
「むむむ・・・」
道場主は、
眉間にしわを寄せてうなった。
流言飛語というものは馬鹿にならない。
ただの風聞が原因で、
店や道場の首が回らなくなる・・、
そんな事は決して珍しくないのだ。
(特に、
数十人という規模で、
噂を広げられるとなると・・・。
だが、もし対局を受けて、
万が一にも私が負けたりなどしたら、
それこそ・・・)
と、
道場主が足りない頭を悩ませていると、
「向こうは、
真剣の対局料として指導碁の五倍払うと言ってきています」
「何!?
五倍!?」
「はい。
しかも、
こちらが勝った場合は、
さらに倍払うと・・・」
「十倍!?
相場の十倍もの対局料を払うと言っているのかね!?」
弟子のその言葉を聴いて、
目を汚く輝かせた。
(どうやら、
どこぞの金持ち碁打ちが、
周りにおだてられてやって来た口かね。
それまでの勝ち星が、
接待対局だったとも知らずに・・・)
これはむしろ、
良い鴨がやって来た。
道場主が対局部屋に入ると、
そこには彼の弟子たちと、
道場破りの集団が向かい合って待っていた。
(何かね、
こいつらは?
全員が黄色い布を付けて・・・)
まあいい。
さっさと終わらせて、
ふんだくらせてもらおう。
「それで、
私の対局相手は・・・」
「俺だよ」
そう言って、
前に出てきたのは、
他より一回り若い小僧・・いや、
ガキだった。
「・・・いくつだ?」
「張飛 翼徳。
齢は13」
(お坊ちゃんと、
その取り巻きか。
これだから、
市井の碁打ちという奴らは・・・)
道場主は、
馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、
ドスン!と、
音を立てて席についた。
「――で、
持ち時間は?」
「お互い一手十秒以内で。
さっさと終わらせないと、だからな」
そう言って、
対局用の時計を設定する張飛。
「終わらせないと?」
「ああ」
張飛は口角を上げて言った。
「今日中に三か所つぶすのが、
俺の目標だからな」
「なっ・・・」
「何だと!?」
あまりにも傍若無人な物言いに、
道場主だけでなく、
後ろの弟子たちも声を上げた。
「弱い棋士に道場はいらねえ。
税の無駄遣いは減らすべきだろ?」
と、
張飛は意に返すそぶりもなく、
「ま、請多多指教」
そう言って、
碁盤に黒石を打った。
「小僧・・・、
ほえ面かくなよ・・・」
広めの額に血管を浮かび上がらせて、
白石を打つ道場主。
一手十秒内の早打ち対局。
盤上は、
見る見るうちに両者の碁石で覆われた。
――そして、
対局は終局まで続いた。
「ずいぶん時間がかかっちまったな」
「・・・・・・」
張飛の言葉に、
道場主は盤面を見たまま顔も上げない。
「途中で勝敗は決したのに、
何だって終局まで打つかねえ・・・」
「・・・・・・」
「五十目差だぜ、
五十目。
盤面ほぼ、黒地一色じゃねえか」
「・・・・・・」
「ま、
これからは身の丈に合った囲碁稼業をするんだな。
肩書だけの棋士さんよ」
そう言って、
張飛は席を立ち、
仲間たちと共に去っていった。
「馬鹿な・・・私が・・・、
棋士の私が・・・、
ただの碁打ちの小僧などに・・・。
碁会所に続いて、また・・・」
道場主のその大敗ぶりは、
弟子たちを失望させるのに十分だった。
ほどなくして、
道場はつぶれた。
結局、
その道場主には、棋力だけでなく人望もなかったのだ。
そして、
他にも同じような末路をたどった道場が数十か所。
いずれも、
張角率いる黄巾党によるものだった・・・。
〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇
【あとがき】
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