死せる孔明、主の本性を垣間見る
【これまでのあらすじ】
「来世はのんびり碁が打ちたい・・・!」
猫になって異世界に転生した、
【三国志】の諸葛亮 孔明。
街への行楽で偶然見つけた碁会所で、
主の劉備が、
指導役の棋士と対局する事になり・・・。
● 〇 ● 〇 ● 〇 ●
「請多多指教」
「フン・・・」
対局開始時のあいさつ。
だが、
劉備様と違って、
相手の男は鼻を鳴らすのみだ。
(仮にも、
囲碁を生業とする者が・・・)
劉備様の膝の上で、
私は あきれた。
(先ほどからの横暴な振る舞いといい・・)
私が思い描いていた【棋士】という理想が、
どんどん崩れていく・・・。
正直、
こんなのに劉備様が負けてほしくない・・・。
「(ニャ~・・・!)」
「(うん、分かってる・・・)」
私の訴えに、
劉備様も小声で応える。
そうして、
膝に乗る私の背を一撫でした後、
碁盤の右上に黒石を打った。
「初手で星打ちかね。
定石を知らん素人が・・・」
そう言って、
左上に白石が打たれる。
いちいち嫌味な男だ・・・。
――それでも、
この男は棋士なのだ。
棋士・・囲碁を打つ事を生業としている者。
囲碁をたしなむのではない、
囲碁に生きる者。
囲碁を打つだけで飯が食える者・・・。
(前の世で言えば、
武芸で名を上げた武将たちのような・・・)
劉備様は確かに強い。
街はずれの碁会所で、
3人相手に完勝したのは記憶に新しい。
その棋力は、
並みの碁打ちたちよりはるかに上だろう。
(だが・・・)
それはあくまで、
素人の中での話だ。
その囲碁で食っているわけではない。
食べるために日々、
汗水たらして働かなければならない。
(棋士相手に通用するのか・・・?)
パチッ。
4手目、
早くも白が、
右下の黒にしかけてきた。
パチッ。
劉備様が応じる。
そこから、
10手ほど両者の手が、
盤面の右下に集中する。
それを見ていた周りの碁打ちたちが、
小声で何やら言っている。
「(あれって、
まさか・・・)」
「(ああ、
ハメ手だ・・・)」
「(卑怯だぜ・・・。
手順を知らないやつには対処のしようがないのに・・・)」
(【ハメ手】・・・)
初めて聞く用語だが、
比類なき知性を持つ私には、
なんとなく意味が解った。
要するに、
棋士の男は、
劉備様をハメ・・陥れようとしているわけだ。
白が18手目を打ったところで、
劉備様の手が止まる。
それを見て、
男は何とも意地の悪い意味を浮かべた。
「どうした、小僧?
早くも長考かね?」
「・・・・・・」
劉備様は何も言わない。
「やれやれ・・、
時間制限を もうけるべきだったかね。
終わるまでに日が暮れそうだ」
「・・・・・・」
何も言わず、
ただ右下の固まりを見つめるのみ。
(劉備様・・・)
私の不安も大きくなる。
(こんな序盤から、
差が出るものなのか・・・)
ただの碁打ちと棋士との差は、
それほどまでに・・・。
だが、
私がいたたまれなくなって、
思わず鳴きそうになったその時、
「ニャ・・」
「・・・うん!」
パチッ!
ようやく劉備様は顔を上げ、
右下に新たに黒石を打った。
「フン、
ようやくかね・・・」
男も右下に白石を打つ。
再び右下での攻防が再開した。
パチッ。
パチッ。
さらに10数手打たれたところで、
ようやく右下は一段落した。
私の見たところ、
互角の別れといったところか。
「チッ・・・」
だが、
棋士の男は、
不愉快そうに舌打ちをしている。
どうやら、
劉備様は男の張った罠を見事に外したようだ。
これには、
周囲の碁打ちたちも驚いている。
「(今の手順って・・・)」
「(ああ、
棋士たちが秘密にしている・・)」
「(嘘だろ・・・。
この坊主、
その応手を自力で考え付いたってのか?)」
その後も、
対局は一見互角のまま進んだ。
だが、
それはあくまで盤面における形勢の話。
劉備様が常に涼しげな顔で打っているのに対し、
棋士の男は舌打ちや歯ぎしり、
碁笥に手をつっこみ、
中の白石をジャラジャラかき回したりと、
終始余裕がなかった。
(これはいけるのでは・・・)
と、
私も期待した。
周りの碁打ちたちもだ。
『この横暴な棋士に、
目にもの見せてやってくれ』と・・・。
逆に席亭などは、
はっきりと不安の目で見ている。
『ああ、にゃるほど・・・』
私は察した。
(もし、
この状況で劉備様が勝ってしまったら・・・)
負けた棋士の男は、
この店での指導をどうするのか・・・?
器の小さそうな この男の事だ。
(恥をかかされた、などと感じて、
ここでの指導を辞めてしまうか・・・)
『棋士の指導碁あり』を売り文句にしている碁会所としては、
経営に大打撃に違いない。
(だからと言って、
棋士が勝てば・・)
先ほどやりあっていた通り、
指導料は倍になるのだろう。
(痛し かゆし、か・・・)
劉備様は、
気づいているのだろうか。
(いや、
仮に気づいていたとしても、
どうする事も・・・)
前の世とは違い、
戦のない平穏な世・・・。
(それでも、
理不尽はなくならない・・・)
義のなき力が、
人を食い物にする・・・。
私は、
かつてない落ち込んだ気持ちで、
劉備様の対局を見守っていた・・・。
――やがて終局となり、
2人はお互いの地を数えていった。
周りの碁打ちたちも、
盤に近づいてきた。
「分からねえ・・・。
どっちが残っているんだ?」
「最後まで互角だったからな~」
「えっと・・、
右上は黒9目で、白が8・・・」
などと、
皆が計算していると、
「持碁ですね。
辛苦了!」
劉備様が、
相手の棋士に向かって対局後のあいさつをした。
【持碁】・・引き分けの事だ。
棋士の男も、
「ああ・・了・・・」
と、
苦々し気な顔で言った。
そのやり取りを見た周りも、
「え、持碁?」
「ちょっと待てよ。
え~と、
黒が29、30、31・・・」
「白が9目に8目・・、
中央が9目で左下が・・・」
急いで計算していった。
「本当だ・・・」
「黒32目に、
白32目・・・」
「引き分け・・持碁だ!」
周囲から歓声が上がる。
「すげえな、坊主!」
「棋士相手に持碁なんて!」
「いや~、
大熱戦だったぜ・・・!」
皆が劉備様を称賛する。
「ニャ~・・・!」
私としても鼻が高い。
「むむむ・・・」
だが、
そんな皆の空気に反して、
棋士の男は苦虫を嚙みつぶしたような顔だ。
すると、
劉備様はすかさず、
「花を持たせていただき、
ありがとうございました!」
と、
男に向かって頭を下げた。
言われた男は、
出鼻をくじかれたように、
「あ~・・うむ。
まあ、
ど素人のガキをいたぶるのも大人げないからな・・・」
と、
その程度の憎まれ口しか叩けなかった。
「まったく・・、
ガキの物見遊山に気を使って疲れた。
今日はこれで帰らせてもらうかね」
そう言って、
碁会所を後にした。
――どうやら、
席亭に言った指導料の値上げの件は、
引っ込められたようだ。
『わざと持碁にしたでしょう?』
と、
私が問うと、
「あ、ばれた?」
と、
劉備様は悪びれずに言った。
「いや~、
助かったよ。
ありがとう!」
そう言って席亭は、
劉備様にお茶を出し、
席料も無料にしてくれた。
「よお、坊主。
まだ打っていくんだろ?」
「次は俺とやろうぜ?」
「ちょっと待てよ。
抜け駆けはなしだぜ」
「ええ、
ぜひ お願いします。
ね、孔明?」
「ニャ~♪」
その後、
私たちは時間を忘れてたっぷりと、
碁打ちたちとの対局を楽しんだ。
『はて・・、
何か忘れているような・・・』
〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇
【あとがき】
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