死せる孔明、車中の会話を見守る
【これまでのあらすじ】
「来世はのんびり碁が打ちたい・・・!」
猫になって異世界に転生した、
三国志の諸葛亮 孔明。
ある日、
主人である少年 劉備は張飛との対局後、
妹の芙蓉と行楽に行く計画を立てる。
当日、
街へ行く馬車で相席になったのは、
美しい女子だった・・・。
● 〇 ● 〇 ● 〇 ●
「そうか、
兄妹で街まで行楽に・・・。
楽しい一日になると良いな」
「あ、ありがとうございます」
街へと向かう馬車の中。
相席となった初対面の女子の言葉に、
少々緊張気味に礼を言うのは、
妹君の芙蓉殿だ。
「ありがとう。
――君は独りで街へ行くみたいだけど、
向こうで誰かと待ち合わせとか?」
「ふふ・・。
さあ、どうだろうな」
対して、
主の劉備様はまったく物怖じしていない。
(いや・・・)
むしろ、
無遠慮なほど積極的である。
この同年代らしき女子に対して。
ただ、
童顔な主に対して、
この女子のほうは、
年相応であろう見た目をしている。
美しい黒髪を清流のように背中までたらし、
前髪は眉の下で綺麗に切りそろえられている。
その影からのぞく切れ長の眼は、
おそらく普段ならば、
ある種の男どもを興奮させかねない、
冷たさと鋭さを持っているのだろう。
――だが、
今その眼は、
楽しそうに笑っている。
「フニャ・・・」
妹君の膝に乗った私は、
主とその向かいに座る黒髪の女子の様子を見守る。
たまたま乗り合わせた他人にもかかわらず、
まるで古くからの友人のように、
二人の会話ははずんでいる。
だが何故か、
「やはり、
後番の白石の不利は調整するべきだろうな。
でなければ、
対等な対局など望むべくもない」
「そうだね。
引き分け・・【持碁】の時は、
白の勝ちにする・・とか」
「いや、
それでは全然足りないだろう。
三・・四目差くらいまでなら、
白の勝ちにするべきだ」
「う~ん・・そうなると、
布石から改良が必要になってくるよね・・・」
などと、
囲碁の話で盛り上がっている・・・。
どうやら、
この女子も囲碁をたしなむようだ。
いや・・・、
「ニャ~・・・」
前々から感じていた事だが、
こちらの世は、
囲碁が人々の日常に完全に溶け込んでいる。
皆、
当たり前のように囲碁を覚え、学び、打ち、
一家に一台碁盤があるというような、
前の世では考えられない光景が見られる。
(一体、
こちらの世はどのような【神】が創りたもうたのか・・・)
などと、
私が比類なき知性で考えているうちも、
主と女子の会話は続く。
「白の不利に布石の改良か。
ふむ・・・」
黒髪の女子のほうは、
主の意見を少し考えた後 言った。
「残念ながら、
今の碁界では無理だろうな・・・」
「え、何で?」
「そういった大きな変化は、
棋士たちが賛成するまい。
我々のような、
一般の碁打ちならともかくな」
「・・・どういう事?」
と、
不思議そうに問う主。
だが黒髪の女子は、
「きっと、
街へ行けば分かる・・・」
そう言ったあと、
その話題を打ち切るように、
私と芙蓉殿のほうへと顔を向けた。
「可愛いな」
「え・・・、
い、いえ そんな事・・・」
「その子猫」
「あ、はい・・・」
「ニャ~・・・」
などと、
こちらは囲碁とはまったく関係のない、
実に女子同士らしい話題から入っている。
「良ければ、
私にも抱かせてくれないか?
猫に触れる機会などそうそうないからな」
「え・・と・・はい、
どうぞ・・・」
と、
若干しぶりながら、
私を差し出す芙蓉殿。
黒髪の女子は、
私を両腕で私を包み込むように抱くと、
「ふふ・・よしよし」
と、
優しく背中をなでてくる。
「フニャァ~・・・」
ゴロゴロ・・・
繊細にして大胆な指使い。
加えて、
私の半身を包む、
芙蓉殿にはない柔らかな【软垫】・・・。
(この女子、
あなどれん・・・)
芙蓉殿の刺すような視線が気になるが、
「フニャァ~・・・」
ああ・・、
この心地よさには抗いがたい・・・。
「良い毛並みだな」
と、
黒髪の女子は、
私の背をなでながら言った。
「それに、
飼い主の君たちの髪質も良い。
何か特別の手入れを?」
「あ、それは・・・」
芙蓉殿が、
普段の洗髪方法を説明する。
「ふむ・・、
米の とぎ汁で髪を洗うか・・・。
それは効果がありそうだな」
「ええ、
お勧めです。
ただ、
最後にちゃんと洗い落とさないとですけど・・・」
「はは、確かにな。
つけっぱなしは匂いそうだ」
「お姉さんは普段、
どんな手入れをしているんですか?」
「ああ、
私は お茶だな。
この長さなので、
なかなか手間だが・・・」
と、
首元の髪に手をやる お姉さん・・もとい、
黒髪の女子。
「お茶・・、
それで そんなに綺麗な・・・」
「なに、
お茶と言っても出がらしだよ。
濃いお茶は逆効果とも聞くからな」
「そ、そうなんですか。
それなら、うちでもできるかも・・・」
――そして、
二人の話は洗髪から洗顔、
さらには手や爪、かかとや膝の手入れへと続いていく。
『長・・・』
やはり古今東西どの世でも、
女子たちが美容の話題で盛り上がるのは、
共通の成り行きらしい。
「フニャ~・・・」
「うん、
もうすぐ着くね・・・」
こっそり芙蓉殿の膝から下りた私は、
主とともに、
いつ果てるとも分からぬ女子たち二人の会話を見つめていた・・・。
――やがて、
馬車は高い外壁を抜け、
街中へと入って停まった。
下車した私たちは、
まず周囲をざっと見渡す。
(さすがに、
街はずれの家々とは違うか・・・)
二階建て三階建てと、
大通りに高く建ち並ぶ街並み。
赤や白など、
綺麗に塗装・装飾された屋根や壁やら欄干は、
見るからに華やかだ。
(前の世よりも、
はるかに・・・)
人通りも、
街はずれとは桁が違う。
「フニャ~」
「うん、
人がいっぱいだね」
「綺麗・・・」
皆で少々見入ってしまった。
すると後ろから、
「では、
私はここで。
家族で良い一日を」
そう言って、
黒髪の女子は去ろうとした。
「あ・・・」
「あ、
ちょっと待って!」
それを芙蓉殿よりも先に、
主が呼び止める。
「僕は劉備、
劉備 玄徳。
妹は芙蓉。
猫は孔明」
「ああ・・・」
主の自己紹介に、
女子のほうも察したようだ。
そして、答えた。
「私は関羽。
関羽 長生」
と・・・。
〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇
【あとがき】
『雲長』ではなく『長生』。
だって「うんちょう」って、
なんか「ウンチョス」を連想させるし・・・。
ま、それはさておき、
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