第23話 悪喰姫とそれぞれの思惑
ロス侯爵が捕まり一ヵ月が経ち、平和な日常が続いていた。
コンコンと部屋の扉がノックされ、城の侍女が深々とお辞儀をして入ってくる。
「シェリム様、会場の準備が整っております。 ご準備はお済みでしょうか?」
今日は私とルーの結婚式だ。 皇城に併設されている礼拝堂で挙式を行い、その後、城の大広間で披露宴が行われる。
朝早くから準備を始めて、やっと真っ白なウェディングドレスへの着替えが終わった所だ。
エルマがやるとドレスが破れそうだから他の侍女に手伝ってもらっていたけれど、どうしても手伝いたいとエルマが言うもんだから最後に少しだけ手伝ってもらった。
エルマは既に泣きながら私の結婚を喜んでくれた。 当初のドレスより、少しだけ露出が多くなってスリットも入ったけれど想定内だ。 むしろ予備のドレスに着替えなくて済んで良かったわ。
鏡の前に立つと、純白のドレスに身を包んだ自分の姿が映る。
エルマによって少しだけ短くなったけれど、繊細なレースが縁取る袖口、胸元には小さなパールが散りばめられ、動くたびに柔らかな輝きを放つ。 新しく入ったスリットも動きが出ていい感じだわ…………うん、本当に…………
「姫様ぁ! とってもお綺麗ですぅ! うわぁ〜ん!」
「エルマ、もう泣かないでよ!」
「だってぇぇ……嬉しいんですぅ……!」
私は顔をぐしゃぐしゃにして泣くエルマの手を取り、笑った。
「ありがとう、エルマ。 行きましょう!」
華やかな祝宴の待つ会場へ、私は一歩踏み出した。
☆★☆★
帝国の皇太子ルシオ殿下とマール王国第一王女シェリム姫との結婚式当日、皇都は祝賀ムード一色に包まれている。
呪われた皇太子とその呪いを解いた美しい姫の話は瞬く間に帝国全土に広がり、そのラブストーリーは演劇として広く興行され大ヒットを記録していた。
世の男性は美しい姫に魅了され、女性達は皇太子の本来の姿に心を奪われた。 帝国に住む人々は熱狂し誰もがこの結婚を喜んでいた。
ただ1人を除いては……
皇城の地下牢獄。 牢獄とはいっても皇城内にあるだけあって比較的綺麗な牢である。
罪の重い罪人は皇都より離れた監獄へと送られる為、ここには罪の軽い者が殆どだ。
そして皇太子の結婚式当日、恩赦によって釈放された女性が1人……
「アルテラ・マール、本日をもって釈放となる」
看守の声に、アルテラははっと顔を上げた。
数ヶ月ぶりに聞く「自由」の響き。
だが、喜びよりも先に、屈辱がこみ上げる。
(私は、何のためにここに閉じ込められていたの?)
彼女は、己の惨めな姿を直視できず、唇を噛み締めた。
キラキラと輝いていたブロンドの髪は、今やくすんだ藁色になり、手入れもされずバサバサと乾いている。
かつて誇らしく身にまとっていたドレスは影も形もなく、薄汚れたねずみ色の服だけが与えられていた。
「……ふざけないで」
か細く漏れた声を、看守は聞き流した。
(私をこんな姿にして、みんなで笑っているの?)
震える手で扉を押し開け、アルテラは光の中へと踏み出した。
すると、彼女の耳に飛び込んできたのは——
「皇太子ルシオ殿下、シェリム姫とのご結婚、おめでとうございます!」
ドンッ! と鳴り響く祝砲。
街のあちこちから聞こえてくる歓声。
皇城の前には、大勢の人々が集まり、紙吹雪が舞っていた。
「な、なに……?」
まるで現実が歪んだような錯覚。
(ルシオ殿下と……シェリムお姉様が……結婚?)
頭が真っ白になる。
何かの間違いだ。
そんなはずはない。
だけど、街は祝福に包まれ、人々は笑顔で祝杯を掲げている。
アルテラは喜び浮かれる民衆を睨むと、舞い散る紙吹雪を掴んで握り潰す。
「嘘よ……嘘、よ……ルシオ殿下と結婚するのはわたしなんだからっ!!」
アルテラの足が勝手に動いた。
皇城へ向かって急ぐ……ただ、間違いを正すために——
☆★☆★
マール王国、国王マクガイル・マールは困惑していた。
帝国の婚約者の下へと向かった娘が中々帰って来ないと思っていたら、今度はその帝国から招待の手紙が届いたのだ。
しかも、アルトエンド帝国皇太子ルシオ殿下とマール王国の王女の結婚式への招待状だ。
アルテラの婚約者はコッパー伯爵である、決して帝国の皇子なんて事はなかった。
確かに不出来な娘であるシェリムを帝国の呪われ皇子ことルシオ皇子の婚約者として送り出しはしたが、あれは事前に断られていた。 単に厄介払いの為に帝国へと行かせただけだ。 それに……
(ルシオ皇太子だと?)
皇太子という事は次期皇帝と言う事だ、呪われ皇子が何故……
その答えは招待状に同封された手紙に記されていた。
手紙には、皇子ルシオの呪いが解かれ、正式に皇太子となったと書かれていた。 そして花嫁の父としてマクガイルへの報告と出席の要請だった。 しかし花嫁は「マール王国の王女」とだけ書かれている。
(しかし、何故名前が書いてない? アルテラともシェリムとも書かれていない……まぁ普通に考えればアルテラだろうが……)
シェリムは帝国へ向かわせたが、城に入る事なく追い返されている筈だ。 もし、城に入れたとしてもあの悪喰に呪いなど解けないだろうとマクガイルは考える。
「……フッ、そうか……そういうことか……!」
マクガイル・マールは震える手で手紙を握りしめた。
(ふむ。 きっとアルテラが俺を驚かそうとあえて名前を記入させなかったのだろう。 中々帰って来ないのも皇太子とよろしくやっていたからか。 クククッ、我が娘ながらよくやったな!)
まさか、アルテラがここまでの大金星をあげるとは。
これでマール王国は、帝国と血縁関係を結んだのだ!
「アッーハッハッハッハ! 帝国へ向かうぞ! 祝儀の品を集めろ!」
マクガイルは高笑いすると、集められる最高の品々を持ってアルトエンド帝国へと向かうのだった。




