第22話 悪喰姫と終幕
ロス侯爵が逃げてしまう前に、早く捕まえないと!
皇帝陛下は魔物が押し寄せるこの状況でも静かに玉座に座ったままだった。何か策があるのだろうか。
マーリンお爺さんは杖を掲げ、陛下の周囲に光る結界を張り、魔物が近づけないようにしている。 騎士団長シュテンは鋭い剣さばきで襲い来る魔物を次々と斬り倒すが、陛下の側を離れようとはしない。
「殿下! シェリム様! お怪我はありませんか?」
魔物の襲撃で混乱した城内、謁見の間の外で待機していたダムエルが駆けつけてきた。 血と汗にまみれた彼の鎧が、戦いの激しさを物語っている。
「ああ。 しかし、首魁であるロス侯爵が逃げた。 決して城内から出さないようにしろ!」
ルシオが鋭く命じると、私はダムエルに目を向けた。
「ダムエル、エルマは? エルマはどこにいるの?」
「ハッ! 近衛師団がロス侯爵の捕縛に向かっています! エルマさんですか? 見ていませんが……」
「そう……」
エルマは侍女として私の部屋で待機しているはず……もしかしたら騒ぎを聞きつけてコッチに向かっているかもだけど。
「エルマぁぁーー!! 赤いマントの不審者が出たわよーーッ!!」
私ができる限りの大声で叫ぶと、ルーをはじめダムエルや陛下まで目を丸くして私を見ている。 ちょっと恥ずかしくなり俯くと、宮廷魔導師のウォルスさんが哄笑する。
「アッハッハッ! シェリム様、貴女面白いですねぇ。 エルマ、といのは確か……シェリム様の侍女でしたか。 今のは、その侍女にロス侯爵を捕まえてくるように命じたのですか?」
「えっと……エルマならきっと私の声を聞いて捕まえてくれるわ!」
ウォルスさんは女神のような美貌を崩し、笑いを堪えきれなかった。 私は少しムッとしたけど、彼の次の言葉に驚いた。
「ププププッ、失礼しました。 ですが、そもそも聞こえていたんでしょうか? 姿は見えませんでしたが。 けれど、私も興味が出て来ました。 どうせこの城からは逃げられませんが、私が直接捕らえに参りましょう」
逃げられない? もしかして既に何か手を打ってあるって事? そうだとしたらロス侯爵に逃げられると思って焦ってたのは私だけ?
「ウォルスさん、それって……? いえ、でもこんなに魔物が溢れているのにどうやって?」
陛下を含む私達の周りにはマーリンお爺さんが結界を張ってくれているから魔物が近寄れて居ないけれど、それほど広くない謁見の間は魔物とそれに応戦する兵士達で溢れており、血と咆哮が響き合っている。
「ふぉふぉふぉ、儂はあの捻くれ魔女アルヴィトの弟子じゃぞ。 この城は既に出口を失っておる。 ゆっくり追い詰めれば良いのじゃ」
マーリンお爺さんがいつもの調子で言う。 確かにあれだけ凄い空間誤認の魔術を使うアルヴィトの弟子であるマーリンお爺さんなら皇城を迷宮に見せる事が出来るのかも知れない。
「ププププッ、私はシェリム様がそれ程までに信頼を寄せる侍女に興味が出たのですよ。 私がその侍女よりも先にロス侯爵を捕まえて見せましょう。 ここの魔物達はハンデとして私が処理していきましょう……」
「ふぉっ!? 待つのじゃ、ウォルスお主この部屋であの魔法を使う気かっ!?」
ウォルスさんが持っている杖で床をコツンと突くと床面に大きな魔法陣が描かれる。
「ププッ、心配せずとも出力は抑えますよ。 ただ…………後片付けはお願いしますねマーリン殿。 "本日は快晴なり、ただし、ところにより一時……血の雨が降るでしょう" ──」
床に広がった魔法陣が淡く輝き、ウォルスさんはゆっくりと右手を突き出す。
「潰して絞れ」
その瞬間、魔物たちの身体が捻じれ、見えない手に握り潰されるように歪む。
叫ぶ間もなく、次々と爆ぜる血飛沫。 部屋の至る所で破裂が起こり、謁見の間はまさに"血の雨"と化した——
「ヒッ……」
降り注ぐ血の雨に悲鳴を上げそうになるが、マーリンお爺さんの結界に阻まれて、私達の側までは飛んでこないようだ……もっとも結界の外は床も壁も天井まで血が飛び散っている惨状で、目の前で目撃した兵士達は間違いなくトラウマレベルだ。
「うふふふ、では行って参りますよ」
ウォルスが微笑みを浮かべたまま優雅に歩き出した。 その時、扉が勢いよく開いた。
「姫様! 不審者を捕まえてきましたぁ! どうやって処しますか?」
エルマがロス侯爵の襟首を掴んで引き摺りながら入って来る。
「エルマ! よくやったわ!」
「これはまた……前衛的な室内ですね? 模様替えしました? よいしょっと!」
血だらけになった謁見の間をキョロキョロと見渡してエルマが的外れな感想を述べる。 そして、そのままロス侯爵を血溜まりの中へと放り投げる。
「ヒィッ!? ぶへっ!! じ、地獄!?」
「プププッ! アハッ参りましたねぇ、まさかこんなに優秀とは!」
ロス侯爵を捕まえてきたエルマを見てウォルスさんは戯けたように肩を竦める。
「な、なんなんだこの血溜まりはっ!? ま、まさかあの数の魔物を全部……」
ロス侯爵がこの惨状に引いている。 まぁ、ロス侯爵だけでなく、周りの兵士や私もドン引きではあるけど……
「ロス侯爵、いやブライト・ロスよ! 貴様には俺に呪いをかけ殺そうとした罪の他にも様々な罪状がある、極刑は免れないぞ!」
「クックック……私は死など恐れん! それに私の行動は真に帝国を思っての事だ! 早々に領土を拡げる為に進軍しなければ! 移民や難民を無制限に受け入れている帝国はいずれ破綻するのだ! 今でもスラムがどんどんと広がっているのだ! 陛下のやり方では帝国民を幸せには出来ない! だから私はッ……」
ルーが断罪するも、ロス侯爵は高笑いして自分の正当性を主張する様に言い訳を始めたけれど、そんな事私に関係ない!
「そんな事は知らないわッ!! エルマ!」
「はーい!」
「ぶへっ!?」
私の合図でエルマがロス侯爵を平手打ちする。 エルマが本気で殴ったらすぐに死んでしまうだろうから、かなり手加減しているらしい。 直ぐに楽にしてあげるほど私は優しくない。 ルーを10年も苦しめた事を決して赦しはしないのだから。
「ちょっ!? まっ、待て!! ぐふっ!? こ、ここは流れ的に私の話を聞いて……ごべっ!?」
ロス侯爵が何か話そうとしているけど、エルマがお構いなく平手打ちをしている。 エルマの空気の読めなさもたまには役に立つのね。
「エルマ、もうよい。 ブライト・ロスには相応の罰を用意してある……あれ? どうしてやめない? あれ? 聞こえてない?」
「エルマ、やめなさい」
顔の形が変わって来たロス侯爵を尚も叩くエルマを陛下が止めるけど、構わず叩き続けている。 私が止めると即座に止めたけど……陛下が無視なんかされた事などないからか、ブツブツと「あれー? 聞こえて無かったかなぁ? ゴホンッ、ん〜ちょっと喉の調子悪いからかなぁ?」とか1人で言い訳してるから、そういうのやめてもらいたい。
「ゴホンッ! ブライト・ロスよ、貴様には死すら生温い。 よってマーリン様に永劫続く地獄のような呪いをかけていただく。 ルシオの受けた苦しみをその身で受けるが良い!」
そうしてロス侯爵は投獄された。 これで、ルーを苦しめた黒幕は捕まり、漸く私達は正式に結婚する事になった。




