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第17話 悪喰姫と猛毒竜ヒュドラ


 レルネーの沼へ向かう道すがら、私はゴーレム狼車の窓から広がる景色に見入っていた。

 アンネローズが「10年に一度しか咲かないアガヴェリアを見たい!」と目を輝かせたので、ほんの少し寄り道するつもりでここまで来たのだ。

 護衛は最低限にとどめ、ジルベールとダムエルだけを連れて森の奥へと進む。 エルマは侍女の仕事よりも、その馬鹿力を使った護衛の方が向いているから当然の様について来る。 残りの護衛や侍従たちはゴーレム車の周囲で待機してもらう事になった。


「すぐ戻るから大丈夫ですわ!」

 アンネローズが弾む声で言う。

 私も「そうね」と微笑んだが、なぜか胸の奥にざわつくものを感じていた。


 森の中には、見たことのない草花が咲き乱れている。 紫色の小花が群生し、光を反射する銀色の葉がきらめく。

 アンネローズが「シェリム姉様、見て!可愛いですわ!」とはしゃぐたびに、私もつられて微笑んだ。


 けど……なんだか、この森は妙に静かね。

 鳥のさえずりも、虫の音すらも聞こえない。ただ、木々を揺らす風の音がかすかに耳に届くだけ。


(……なんだか、嫌な予感がする)


 鬱蒼と茂る木の影で陽の光が届かず、暗いためだろうか漠然とした不安が過ぎる。 私はルーの手をそっと握ると彼は驚いたように私を見て、すぐに柔らかく微笑んだ。


「大丈夫だよ、シェリー」


 その笑顔に、不安が少しだけ和らぐ。


 ジルベールが「魔物避けに」と緋色柳の香水を取り出し、私たちに吹きかけた。 思ったよりも大量に吹きかけるものだから少し咽せてしまった。 なんだか独特な甘酸っぱい匂いがする……決して良い匂いじゃあないかも。


「この香りは魔物避けの効果があるんですよ。 他には、ハニーネメトスって花の甘い香りは逆に魔物を誘き寄せるのに使ったりするんです」


 ジルベールが爽やかに微笑むと……


「まあ! ジルベールって物知りですのね!」


 アンネローズが目を輝かせる。


 ジルベールのブロンドの髪が木漏れ日に映えて、アンネローズの笑顔と並ぶとまるで絵画みたいね!



 暫くして、レルネーの沼に辿り着いた。 けれど、肝心のアガヴェリアは見当たらない。


「もう少し奥へ行けばあるかも知れませんわ!」


 アンネローズの言葉に従い、さらに森の奥へ進むと、大きく口を開けた洞窟が現れた。 湿った岩肌から冷たい空気が流れ出している。


「アガヴェリアは湿度を好む花ですから。もしかしたら、この中で咲いているかもしれません」


 ジルベールが提案するとアンネローズが「入りましょう!」とはしゃぐが、ルーが慎重に眉をひそめた。


「危なくはないか?」


 ルーの警戒心はもっともだ。 しかし、アンネローズの「お願い!」に押され、私たちは渋々洞窟の中へと足を踏み入れた。




 洞窟の奥は思った以上に広く、冷気が漂っている。 水滴が天井から落ち、足音が不気味に反響する。


「ここ、ちょっと怖いね……」


 ベリオがアンネローズの袖をそっと掴んでいる。 その可愛いらしい仕草に、私は微笑む。


「大丈夫、私たちがいるわ」


 そうして進んだ先に、ぽっかりと開けた広間があった。静寂が広がるその場所で——


ドンッ!!


 天井から巨大な影が飛び降りてきた。


「危ない!!」


 ダムエルの鋭い声が響く。 同時に、多数の頭を持つ大きな蛇の様な魔物が私たちに襲いかかってきた。


「ヒュドラ……!!」


 その名を耳にした瞬間、全身の血の気が引いた。


 黒く硬質な鱗、ギラつく赤い瞳、そして——口から滴る唾液が地面に落ちると、ジュッと音を立て、岩を溶かす。


「戦っても勝てません! 直ぐに逃げて下さいッ!」


 ダムエルが叫ぶ。 しかし、すでにヒュドラは出口を塞ぐ位置へと移動していた。


 (私達を……獲物を逃さない様にしてるの……? 知能があるって事?)


 アンネローズも「な、なに!?何!?」と叫び、怯えた様子で壁際まで後ずさった。


 覚悟を決めたジルベール、ダムエルが剣を構え、ヒュドラに立ち向かう。 


 しかし——


「くそっ! 斬ってもすぐに再生する!」


 ジルベールが叫ぶ。

 ジルベールは流れる様な剣捌きで次々と首を斬り落としていくけれど、それも瞬く間に再生していってしまう。


「体内にコアがあるはずだ! それを破壊しないと……!」


 ダムエルの声に、私は大口を発動させてヒュドラの太い胴体を喰べてしまおうとするが……


 その瞬間——


「シェリー!!」


 ルーが私を突き飛ばした。


 ジュゥウウ……


「ぐあぁぁぁぁあああっ!!」


 ヒュドラの毒液が、ルーの背中から腰を覆う。 一瞬にして皮膚が溶け、骨がむき出しになってしまう。


「ルー!!」


 溶けて崩れゆく身体で、ルーは私に微笑んでくれる。


「俺は……不死だから……大丈夫だ……」


 そんなわけない。

 痛みに歪む彼の顔が、何よりの証拠だった。

 いくら不老不死と言えど痛みは感じているはず。 既にゆっくりと再生が始まっているけど、常人なら完全に致命傷だ……いや即死していてもおかしくない。


「姫様!!」


 エルマが焦ったように私に向かって走ってくる。 ──が、その隙を突かれ、エルマがヒュドラの頭突きを受けてしまう。 吹き飛ばされ広間の端にポッカリと空いていた穴から下層へと落下していく。


「エルマ!!」


 私の叫びが洞窟内に虚しく響く。


 そして——

 ヒュドラの9つある頭の一つが、再び私に狙いを付けて猛毒の息を吐きかけようとした、その時……


「ヤメロ!!」


 ルーの叫びが、洞窟に響き渡る。


 ピタリ——


 ヒュドラの動きが止まる。 あんな蛇顔の表情なんて分からないけど、動かない身体に戸惑っている様にも見える。


「ルー……紋章が……」


 ルーの背中にある紋章が、眩く光りその力の発動を示していた。


 【恩寵】持ちはとても貴重だ。 私も自分以外の【恩寵】持ちを見た事が無い……けれど、自分の紋章は毎日見ているものだから、わかる。

 (あの紋章は本物だ! ルーも【恩寵】持ちだったんだ!!)


 

「シェリー!! 今のうちに、コアを喰うんだ!!」


 私は迷いなく、準備していた大口でヒュドラの胴体へ喰らいついた。

 体内に毒腺でもあったのか、口の中に独特な苦味が広がる──


「口の中に入っちゃえば毒だろうがなんだろうが喰べ尽くしてあげるわ! 悪喰姫をなめないでよね!」


 大口は筋肉質な肉をいとも容易く喰い千切り、紫色の毒腺もお構いなしに喰べていく──そして、骨とは違う硬いものをガチリと咀嚼する。 それがコアだったのだろう……


 次の瞬間、ヒュドラの9つの頭が力なく垂れ下がると盛大に血を吐いていく。 そして──ついにその巨体が崩れ落ちた。


 やったわ! ──強大な化け物を倒せた安堵で少し緊張がゆるむ……


「……っ!?」



 突如、背中に鋭い痛みが走る。

 視線を落とすと——私の胸から一本の矢が突き出ていた……


「シェリー!!」


 ルーの声が、洞窟に響く。

 私はぐらりと膝をつき、口の中に鉄の味が広がった。 視界が揺れる。

 胸を貫いた矢の根元に触れると、そこからじわじわと血が広がり、指先が赤く染まる。


(……矢? そんな……いったい誰が……)


 息をするたびに痛みが走る。 振り返れば視界の端で、アンネローズとベリオが気を失ったようにグッタリと壁に寄り掛かっているのが見えた。


 そして……ジルベールが弓を持っている……


「シェリー!! シェリー! しっかりしろ!!」


 ルーが私を抱き寄せる。 彼の身体まだ完全に再生しておらず、血が滴っていた。



「ルー……」


「喋るな!……クソッ! ジルベール! 何故こんな事をッ……!!」


 ルーの金色の瞳が怒りに燃える。


「まさか猛毒龍まで倒してしまうなんてね。 予想外でした……が、まぁどちらにせよここで死んで貰いますね」


 そう言ったジルベールにはいつもの爽やかな笑みはなく、冷徹な顔をしていた。


「貴様ッ!!」


「ま、待って……ルー……!」


 腰の剣を抜き立ち上がろうとするルーを止める。 ルーは不死だからか自分の身体の状態を顧みない事が多い……未だに骨が見えているような痛々しい身体で向かっていったところでジルベールには敵わないだろう。 

 震える手で彼の服を掴んだ瞬間、力が抜け、私は再び膝をついてしまう。


「シェリー!!」


 ルーが慌てて私を抱きしめる。

 血の気の引いた彼の顔が、苦しげに歪む。


「……お願いだから……目を閉じるな……」


 ルーの声が震えている。


「シェリー、命令だ……俺の不老不死を喰べ……!!」


 彼は王命キングスオーダーを使おうとしていた。

 だが、私はかろうじて手を伸ばし、彼の唇を塞いだ。


「やめて……ルー……」


 涙が滲む視界の中、私は必死に微笑んだ。


「今……ルーの不老不死を喰べたら……あなたが……死んじゃうわ……」


 彼の体はまだ完全には回復していない。

 今ここで不老不死を奪えば、ルーの傷が致命傷となるかもしれない。


「……ルーの身体が……ちゃんと治ったら……ね……」


 血の味が広がり、息が苦しくなる。

 それでも、私は最後の力を振り絞って微笑んだ。


 ルーの瞳が揺れる。

 「ダメだ!! なんでそんなことを……!」


(……ルー……泣かないで……)


 私は彼の頬を指先でそっと撫でた。

 その温もりを感じながら、意識が遠のいていく。



(……ルー…………ごめんね……)


 ——温かい腕の感触が、最後に残った記憶だった……



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