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第16話 悪喰姫とレルネーの沼


 アルトエンドの皇城に戻った私たちを、皇帝陛下の穏やかな笑顔が迎えてくれた。 大理石の柱が堂々と並ぶ広間は、窓から差し込む陽光で床に美しい模様を描き出している。 私はルーの手を握り、マーリンお爺さんやエルマと共に、右の山の魔女アルヴィトの住処での出来事を報告した。

 私の【恩寵】が暴走したのではなく、私自身の感情が原因だったと伝えると、陛下は少し眉を寄せつつも頷いてくれた。


「なるほど……シェリム、精神を安定させていれば問題ないとのことだな。 それで一応の解決としよう」


 陛下の優しい声に、私は胸に手を当てて深呼吸した。 隣でルーが「良かったな、シェリー」と囁いてくれて、その温かさに頬が緩む。すると広間の扉が開き、3つの人影が現れた。

 

 そっとルーが耳打ちしてくれた情報によるとルーの腹違いの弟妹、アンネローズとベリオ、そして彼らの祖父である宰相のロス侯爵らしい。


 アンネローズは私と同じ17歳。 ピンクゴールドの髪をふわっと揺らし、子犬のようにはしゃいでルーに駆け寄ってくる。


 「まぁ! ルシオお兄様! おかえりなさい! 呪いが解けて本当に良かったわ! 私のこと覚えていらっしゃいます?」


 その天真爛漫な笑顔は華やかで自然と周りを明るくする。 一方のベリオは控えめに立っていて、黒に近い灰色の髪を指で弄びながら恥ずかしそうにルーを見上げた。


「ルシオ兄様、お元気そうで……良かった」


 声は小さく、すぐに俯いてしまうけど、その優しさが伝わってきた。


 ルーは二人に柔らかく微笑むと


「もちろん覚えてるよ、アンネ、ベリオ」


「まぁ! ルシオお兄様は私の記憶の中の姿と全くお変わりないですわ! ……それも呪いのせいなのですってね。 私の方がお姉様みたいになってしまいましたけどルシオお兄様はとっても可愛い……いえ、変わらず凛々しくて素敵ですわ!」


 呪いで長い間話せなかった分、ルーが弟妹きょうだい達とこうやってまた再会できて私まで嬉しくなってくる。

 すると陛下が咳払いをして全員の注目を集めた。


「ルシオの呪いが解けた今、ルシオを正式に皇太子とし、シェリムをその婚約者とする」


 その言葉に、私は息を呑んだ。 ルーの婚約者――正式に認められた瞬間だ。 侍従たちの拍手の中、ルーが私の手をぎゅっと握ってくれた。 心臓がドキドキして、顔が熱くなってくる。 そこへロス侯爵が前に出てくると、にこやかに手を叩いた。


「おめでとうございます、ルシオ殿下、シェリム様。 皇太子になられた事、更にはご婚約まで! 呪いも解呪してからまだ日が浅いご様子、私の領地ミズガルズにておもてなしをさせて頂きたいと思っております。 是非とも療養も兼ねておいでください。 温泉が湧く癒しの地ですよ」


 ロス侯爵の声は穏やかで、表情も優しげだったけど、その視線は鋭く思えた。 マールの王城でもよく見た厄介者を見る目だ……




 そうして私、ルー、アンネローズ、ベリオの4人は、侍従や護衛を引き連れてミズガルズ地方へ向かうことになった。 自国内、しかもそれ程遠くまで行く訳ではないけれど、流石に皇族が3人……更に他国の王族だけど、私も含めれば4人にもなる。 そりゃあ物々しい警備になったりもする。 移動手段はこの間も乗ったゴーレム狼車。 


 今回は整備された大きな道を征くとの事で狼型のゴーレムが引くキャビンは前回よりも大型で車内は広く、赤いベルベットのシートがふかふかで座り心地が良い。 帝国に来る時に乗って来たオンボロ馬車とは大違いね。


 アンネローズが窓際に座り、外の景色に目を輝かせていた。


「ねえ、ルシオお兄様、シェリム姉様! ミズガルズ地方にはレルネーの沼っていう場所があるんですって! お願い、そこに寄って欲しいの! なんでも10年に一度しか咲かない綺麗なお花があるんですって! 絶対に見たいわ!」


 無邪気な声に、私は笑顔で頷いた。


「いいわね、私も見たいな」


 ルーも「アンネがそんなに言うなら仕方ないな」と許可してくれる。


 車内には護衛の二人、ジルベールとダムエルも同乗しており、広いキャビンの前後に分かれて護衛してくれている。

 

「嬉しい! ありがとう! さっきジルベールにそのお話しを聞いたら、どうしても見たくなっちゃったの!」

 ジルベールは、爽やかに微笑むと……


「実は……私はこの辺りの出身なのです。 10年に一度花を咲かすアガヴェリアは有名でそれを見にわざわざやって来る観光客もいるんですよ。 私も弟と観光客の案内などをしていました」


 と照れた様に言う。 一方のダムエルは無口でずっと窓の外を見ていて近寄りがたい雰囲気だ。


 ゴーレム車はさほど揺れないけど、時折大きく揺れると私はバランスを崩して隣に座るルーに寄りかかってしまう。 ルーは驚いて顔を紅くしていたけど、すぐに柔らかく笑い私の髪を撫でてくれた。


 それを見ていたアンネローズの目が輝やいたと思うと……


「ルシオお兄様とシェリム姉様って、とっても仲良しですのね! 私も混ぜて欲しいですわぁ!」


 と笑いながら割り込んできた。 私たちは慌てて離れたけど、顔が熱くなってしまった。



 車内の空気が和やかになる中、アンネローズが花の話をしたり、ベリオが読んだ本の話を少しだけ恥ずかしそうに教えてくれたりした。

 アンネローズはジルベールにずいぶん懐いてる様子で終始楽しそうに言葉をかわしていた。


 やがて遠くにレルネーの沼がある森が見えてくると、アンネローズが「やっと着いたのね!」と歓声を上げたので、私も窓から覗き込むと背の高い広葉樹が見えてくる。 鬱蒼とした森は昼間でも暗く奥まで見通せず、何か不吉な感じがした……


 


☆★☆★


 ルシオ達が皇城を出立した日、歓迎の準備をすると先にミズガルズにある屋敷へと帰っていたロス侯爵。


 ロス侯爵は内心、煮え立つ怒りと焦りを抑えていた。 ルシオの呪いが解けたことは、彼の計画にとって大きな誤算だった。

 裏で暗殺や呪殺を仕掛けてきたロス侯爵は早急に皇太子に決まったルシオをなんとしても排除しなければならなかった。


「あの皇子が素直に死んでいれば……いや、せめて呪いが解かれずにずっと化け物のままいれば、あと少しでベリオが皇太子になったというのに!」


 ロス侯爵はルシオではなく自分の娘の子供……ベリオに皇帝を継がせたかった。 その為に長らく準備し、多くの呪術師を育成してきたというのに……


「何が悪喰姫だッ!! 邪魔ばかりしおって!」


 しかし"不老不死"のルシオと“悪喰姫”シェリムを同時に葬るのは容易ではない。


 彼はミズガルズ地方への招待を提案しながら、密かにほくそ笑んだ。 道中にあるあの森には猛毒龍ヒュドラが生息している。 どんな不死身でも、毒に侵され巨大な顎に喰われれば復活は不可能だろう。 温泉という名目で誘い出し、何かと理由をつけてあの森へ立ち入らせれば……


「クックック……あとは、あの男がうまくアンネとベリオを"救い出して"くれればいい。 保険はかけておいたが……」


 葉巻に火をつけゆっくり煙を燻らせると、グラスに注がれたワインで唇を湿らせる。


「チッ、本当ならベリオを危険な目に遭わせたくはなかったが……奴らと一緒に襲われれば、不審に思われることもないだろう」



 災害指定ランクの猛毒龍ヒュドラ、英雄でもなければ討伐することは出来ないだろう。 不老不死や【恩寵】持ちといえど、たかが小僧と小娘だ。 護衛も数は多いが質は可能な限り落としてある……


「クックック、もうすぐだ……」


 ロス侯爵は屋敷の窓からレルネーの沼の方角を眺めて冷酷な笑みを浮かべていた。


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