第15話 悪喰姫と右の山の魔女3
「お師匠様! ただいまです!」
「ん! お使い完了、報告有り、報告有り!」
森の木漏れ日を抜け、目の前に現れたのは白い壁と赤い屋根が印象的な一軒家だった。 私とルーが物陰から様子を窺っていると、二人の子供が元気よくその家へと駆け込んでいく。
彼らが私たちの存在に気づいていないのは明らかだ。 広い庭には色とりどりの花が咲き乱れ、古風な造りの家はどこか懐かしさを感じさせる。 それでいて、不思議と傷みや古びた様子は見られない。 まるで時間がこの場所だけを優しく包み込んでいるかのようだ。
「おかえり、ロタ、グン。報告ってのは連れて来た客のことか?」
二人が家に入り、ドアが閉まるのを待って、マーリンお爺さんが何気なくその扉を開けた。
軋む音もなく滑らかに開くドアの向こうから、柔らかくも凛とした女性の声が響いてくる。 驚いたロタとグンと呼ばれた2人が振り返り、目を丸くして声を上げた。
「連れて来た!? にぁ――!!」
「ぼ、僕たち連れて来てない!! 付いてくるなんて不可能! 不可能!」
「ふぉふぉふぉ、久しぶりじゃのう、アルヴィト。 今はこの子たちを育てておるのか」
マーリンお爺さんの声に導かれるように、家の奥から一人の女性が姿を現した。 20代にも見える若々しい容貌に、金糸で細かな刺繍が施された黒いローブを纏い、尖った帽子を被っている。 魔女然としたその姿は、どこか神秘的で目を奪われる美しさがあった。 よく見ると、彼女の耳は尖り、微かに透けるような白さを持っている。
「おや? どこの小汚いジジイかと思ったらマーリンじゃないか。 お前もすっかり歳を取ったな」
彼女の声は軽やかで、どこかからかうような響きを含んでいた。
「ふぉふぉ、お主に言われたくないわい。 儂の何倍も生きてる超ババァのくせしてからに」
マーリンお爺さんの言葉に私は思わず耳を疑った。彼女が彼の何倍も生きている? どう見ても若く美しい女性なのに……。いや、待てよ。耳が尖っているということは、もしかして――。
「にゃ!? お師匠様に向かって超ババァとは何だ! 超ジジイのくせにぃぃ!!」
「ん! お師匠様は超ババァ違う! 美ババァ! 要訂正! 即訂正!」
ロタとグンが口々に反論する中、アルヴィトと名乗るその女性は軽くため息をついて言った。
「ふん、ババァはヤメロ。 ふぅ……そもそも我々ハイエルフは悠久を生きる精霊に近い存在だ。 歳を取るという概念自体がナンセンスなんだよ」
ハイエルフ――御伽話の中でしか聞いたことのない種族が、目の前に実在している。 驚きと好奇心が胸の中で渦を巻き、私は思わず息を呑む。
「まぁ、ババァが超ババァか美ババァかどうかは、この際どうでもいいのじゃ。 アルヴィト、お主に聞きたいことがあってじゃな……」
「ふむ。 【恩寵】に関してのことだろう?」
「な、なんで分かったんですか?」
彼女が即座に言い当てたことに、私は驚きを隠せず声に出てしまう。
アルヴィトは私の方へ視線を移し、エメラルドのような翠の瞳で真っ直ぐ見つめてくる。
その視線はあまりにも透徹で、心の奥底まで見透かされているような感覚に襲われた。
「ふん、そりゃあな……こんなに大勢を引き連れて来たらな。」
彼女の言葉に、私は思わず後ずさってしまう。
「シェリー、大丈夫か?」
「だ、大丈夫。ありがとう、ルー」
ルーが心配そうに私の肩に手を置いてくれる。 その温もりに少しだけ安心感が戻ってきた。
「とりあえず、だ。 ロタ、グン、こんなジジイでもお前たちの兄弟子だ。 フードを取って挨拶しな」
アルヴィトの言葉に、二人がフードを外すと、認識阻害の術式が解けたのか、彼らの姿がはっきりと見えた。 ロタは白い髪に猫のような獣耳を持つ少女で、グンは黒い髪に犬系の尖った耳を持つ少年だ。 どちらも獣人の特徴を持っている。
「にゃ、アタシはロタだよ! お師匠様の下で修行して、いつか世界一の魔法使いになるんだ!」
「ん、ソ・グン。 僕最強、我最高」
ロタは腰に手を当て薄い胸を張り、ソ・グンはプニプニの柔らかそうな腕で力こぶを作ってみせる。
二人の自己紹介に、マーリンお爺さんが目を細めて呟く。
「ほぅ、これはまた……珍しいのぅ」
「この子たちは見ての通り獣人だが魔法の才がある。 いずれはお前を超えるかもな、マーリン」
アルヴィトの言葉に、マーリンお爺さんが笑い声を上げた。
「ふぉふぉふぉ。 白虎に黒狼……オマケに飼い主は精霊人とはのぅ」
白虎に黒狼……それが本当なら、とっても希少な種族だ。 マーリンお爺さんの言う通りとっても珍しくて物語でしか聞いた事がない。 マール王国にも獣人やエルフは存在しているみたいだけど、殆ど城の中で育った私はその姿を一度も見たことがなかった。
だから初めて見た獣人やハイエルフに凄く驚いたし、この2人の子供は見た目もとても可愛らしい。 思わず呼吸が荒くなっちゃう。
「姫様、お顔が犯罪者のそれですよ」
その後、私の【恩寵】が暴走した経緯を説明すると、アルヴィトは静かに耳を傾けた後、静かに話し出す。
「ふむ。 結論から言うと……それは【恩寵】の暴走ではない」
「ほぅ、暴走じゃないと? それならば一体……」
マーリンお爺さんの顔が険しくなる中、アルヴィトは淡々と続けた。
「【恩寵】ってのは、ただ『できること』が増えるだけだ。 いくら腹が減ったからって胃袋が勝手に飯を食べたりしないだろう? 食べるのはいつだって本人の意思だ。 つまり暴走したのは【恩寵】ではなく…………その娘自身てことだ」
私が、暴走した? その言葉が頭の中で反響し、混乱が広がる。
「シェリムと言ったな? お前が怒りに呑まれたあげく、【恩寵】を使って全てを喰い尽くそうとした……それだけだ。 だから対処法は簡単だ」
彼女の瞳が細められ、冷たい視線が私を貫く。 嫌な予感が全身を包み込んだ。
「一つはこの娘を殺してしまえばいい……」
その言葉に息が止まり、心が凍りつく。 ルーの手を握りたい衝動に駆られるが、もし彼が彼女の意見に賛同したらどうしよう――そんな恐怖が私を躊躇わせた。
「それ以上はヤメロ! いくらマーリン様の師匠だろうとハイエルフだろうと、シェリーを脅かすことは赦さない!」
ルーが私の手を力強く握り、アルヴィトの視線から庇うように抱きしめてくれる。 その温かさに涙が滲みそうになった。
「クックック……まぁ早まるな、半分冗談さ。 まさかこの私に殺気を向けるような人間が4人もいるとはね。 もう一つの対処法はお前たちなら簡単そうだ」
「もう一つの対処法?」
私が尋ねると、アルヴィトはくすりと笑って答えた。
「フフッ、その娘が暴走しないように周りがちゃ〜んと見守ってやるのさ。 具体的には……そうやってイチャついていればいい。 クククッ、普通イチャつきながら怒るなんてしないだろ?」
「はぁ!?」
彼女が私とルーを指差してニヤつくと、ロタやソ・グン、マーリンお爺さんまでもがニヤニヤしながら冷やかし始めた。 顔が熱くなり、耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。
「姫様ぁ! 私だって姫様とイチャつきたいですぅ! 毎日お洋服を脱がせたり裸の付き合いをしてるのに……私のことは遊びだったんですかぁ?」
エルマがわざとらしく涙声で訴える。
「ハァ? エルマ、アンタは紛らわしいこと言わないでよ! そもそもアンタは遊びじゃなくて仕事でしょ! 私の侍女なんだから! ってか、力が強すぎて毎回ドレスを破っちゃうから、ほとんど私が自分で着てるじゃない!」
「ふぉふぉふぉ、着替えなら儂がいつでも手伝ってやろう!」
マーリンお爺さんが目を輝かせて言うと、今度はルーが笑いながら割り込んできた。
「ふふっ、あははっ! 大丈夫ですよ、マーリン様。 婚約者である俺が手伝いますから」
「えーっ! 姫様ぁ! もっと優しくしますからぁ! 私にヤラせてくださいー! えへへぇ」
エルマがさらに絡んできて、皆が一斉に私をからかい始めた。
「な、なんで急にみんなして私のことを揶揄うのよー!?」
私の叫び声が部屋中に響き渡り、その場は一気に笑い声で溢れた。




