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第14話 悪喰姫と右の山の魔女2


 ゴーレム車が静かに揺れる。 馬の代わりに狼を模したゴーレムが客車を引いているのだという。 

 私は初めて見るそれに興味津々で、車窓から身を乗り出すようにして眺めていた。 

 ゴーレムの表面は滑らかな金属でできており、ところどころに青白い魔力の光が脈打つように走っている。 狼の形をしているとはいえ、その動きはどこか機械的で、足音すらほとんど立てないのが不思議だった。

 遠くの森を抜ける風の音と、ゴーレムが地面を踏むかすかな振動だけが車内に響き、まるで時間がゆっくりと流れているような感覚に包まれる。


「シェリム、そんなに珍しい?」


 向かいに座るルーが微笑んでいる。 その隣にはマーリンお爺さん、私の隣にはエルマがいる。

 ルーの声は穏やかで、少しからかうような響きが混じっていた。 彼の銀色の髪が窓から差し込む陽光に照らされて輝き、一瞬見とれてしまった。


「ええ、マール王国では見たことがないわ。動物じゃなくてゴーレムに引かせるなんて」


 私は目を丸くして答えた。 マール王国では馬車が一般的で、せいぜい荷物を運ぶ牛車がある程度。 こんな風に魔導と錬金術が融合した乗り物なんて想像もつかなかった。


「帝国では割と一般的だよ。ゴーレムは疲れないし、補給も不要。 怪我もしないし、ある程度の戦闘能力もある。 自動運転もできるしね」


 ルーがさらりと説明する。 その口調は慣れたもので、まるで当たり前の事実を語るように軽やかだ。


「便利すぎない?」


「まあ、作るのに高度な技術とコストがかかるけどね」


 彼は肩をすくめて笑った。 なるほど、だからマール王国では普及していなかったのか。 

 マールは自然と共存する文化が強く、魔術もどちらかといえば植物や水を操るものが多い。こんな大がかりなゴーレムを作る技術は、帝国のような先進的な国ならではなのかもしれない。 私は納得しつつ、再び車窓に目をやった。


 しばらく車窓の景色を楽しんでいると、右の山が視界に入った。 ずっと変わらぬ姿でそこにある。

 切り立った岩肌に、ところどころ緑が点在し、頂上には薄い雲がたなびいている。 遠くから見てもその威容は圧倒的で、まるで生きているかのように感じられた。


「本当にずっと変わらずにあるのね」


 私が呟くと、ルーも反対側の窓を見ながら頷いた。


「俺から見たらこっち側にあるけどね」


「……なるほどね」


どこから見ても誰から見ても右にある山。 帝国の不思議な存在。 その大規模な結界を施した魔女に会うため、私たちは今向かっているのだ。


 皇都を抜け、目的の街へ到着するころには、私はすっかり帝国の景色に魅了されていた。

 煌びやかな街並みは、石畳の道に沿って色とりどりの建物が並び、屋根には魔術的な装飾が施されているものもあった。

 活気に溢れた市場では、商人たちが大声で商品を売り込み、焼きたてのパンの香ばしい匂いや、スパイスの刺激的な香りが風に混じって漂ってくる。

 子供たちが笑いながら走り回り、どこからか楽器の音が聞こえてくる。 私は目を輝かせて見回していると、ルーが柔らかく微笑んで言った。


「帰ったらゆっくり皇都を案内しようか」


「ほんと? 約束よ!」


 思わず嬉しくなり、笑顔で頷く。 ルーの提案に心が弾み、旅の疲れも吹き飛ぶようだった。

 皇都の市場で珍しいお菓子を食べたり、大道芸人たちが披露するショーを見たりする姿を想像して、つい笑みがこぼれてしまう。 ルーと目が合うと少し照れた様に微笑んでいた。


 しかし、目的は観光ではない。 魔女の住処へ行くはずなのに、マーリンお爺さんはゆったりと市場を巡り始めた。

 杖をつきながら、果物屋の前で立ち止まり、赤いリンゴを手に取っては「ふむ、良い色じゃのう」と呟いている。


「ねえ、どうして魔女のところに行かないの?」


「ふぉふぉふぉ、そのまま向かったところで結界に阻まれて辿り着けん。 だから案内役を探しておるのじゃ」


「案内役?」


「まあ、すぐに見つかるじゃろう」


 マーリンお爺さんはそう言って、にこやかに笑った。 その目はどこか遠くを見ているようで、何か確信を持っている気配がした。

 私は半信半疑だったけど、彼の言葉を信じてしばらく様子を見ることにした。


 数日間、宿に泊まりながら街を散策していたある日、マーリンお爺さんがふと足を止めた。   

 市場の喧騒の中、彼の視線が一点に固定される。 私はその方向を見た。


「ふ〜む……見つけたぞい」


 その視線の先には、小さな子供ほどの背丈の二人組がいた。 ローブを纏い、食料品店で買い物をしているようだった。 片方は小さな籠に野菜を入れ、もう片方は店主と何か話している。

 だが、どうにも印象が薄い。 目を向けても、すぐに意識が逸れてしまうような感覚がする。 顔を覚えようとしても、なぜか記憶がぼやけてしまうのだ。


「ジルベール、ダムエル、あの二人を連れてきてくれんかの」


 二人の護衛が命令を受け、彼らに近づいた。 しかし、声を掛けると、二人は驚いたように逃げ出した。 ローブの裾が翻り、小さな足音が石畳に響く。


「待て!」


 ジルベールたちが追いかける。 私もつられて走り出した。

 市場の人混みを縫うようにして逃げる二人は、まるで風のように素早かった。 私は息を切らしながら、エルマやルシオと一緒に後を追った。 逃げる二人は路地裏へと入り、細い道を抜け、最終的には人気のない空き地で立ち止まった。 そこは古い倉庫の裏手で、草が伸び放題に生え、風が寂しげに吹き抜けていた。


「なんで追いかけてくるの?」


 幼い声が響く。 ローブのせいで顔はよく見えないが、声の主は少女のようだ。 私は息を整えながら、その声を聞いていた。


「ふぉふぉふぉ。 逃げるからじゃよ。 それに儂はアルヴィトの知り合いじゃ、奴に用があるのじゃ。 住処へ案内してくれんかの?」


 マーリンお爺さんが穏やかに言うと、少女は驚いたように声を上げた。


「えっ!? お師匠様の知り合い?」


「ロタ、嘘かも知れない、要検証、要警戒」


 小さな女の子と男の子。 しかし、なぜか彼らの姿はぼんやりとしていて、はっきりと認識できない。 私は目を凝らしたが、まるで顔を覚える事が出来ないでいる。


「ふぉふぉふぉ、嘘ではないぞ。 儂もアルヴィトの弟子なんじゃよ。 お主らとは兄弟弟子になるのかのぅ。 それは認識阻害の術式が編み込まれたローブじゃな?」


 認識阻害の術式……だからさっきからこの子達の姿がハッキリとしないのか。 見ている筈なのに脳が認識する事を拒否するような不思議な感覚に、私は少し戸惑った。


「アタシ……こんな老けた弟子がいるなんてお師匠様に聞いてない! グンは?」


「ん、僕も知らない。 要報告、即撤退」


 二人は突然背を向け、素早く走り去ってしまう。 その動きは驚くほど機敏で、あっという間に視界から消えてしまう。


「マーリン様、逃げてしまいますよ!」


 ジルベールが慌てて言う。 だが、マーリンお爺さんは落ち着いた様子で首を振った。


「構わん、問題無い」


 私は疑問に思いながらも、その場を後にした。 マーリンお爺さんの自信がどこから来るのか分からなかったが、大賢者と呼ばれる彼の言葉には不思議な説得力があるみたい。


 ──そして、しばらく後。


 森の入り口で、二人は立ち止まり、周囲を見回していた。


「あれれ? 全然追ってこなかったね? 年寄りだから足が遅いのかな」


「ん……僕達の足が早かったのかも。 お師匠様に要報告、要褒賞」


 二人は少し得意げに笑い合いながら、辺りを警戒していた。 しかし、彼らのすぐ後ろ、十歩ほどの距離に私たちは堂々と立っていた。 私はその状況に驚きつつも、感嘆の声を漏らした。


「……すごいわね」


 私達は二人が去ったその後にマーリンが幾つかの魔法をかけると、風の様に早く走る事が出来て楽々と追いつく事が出来た。 足元に浮かぶ淡い光が私たちを包み、まるで体が軽くなったような感覚がした。

 そしてマーリンお爺さんの不可視インビジリティの魔法。 エルマにはすぐ見破られたけれど、この二人には効いているようだ。


「グン、周りに人は居ない?」


「ん、確認済、無問題」


「じゃあ通路を開けるよ……『秘された路よ、主より認められし証によって正しき路を示せ』」


 ロタと呼ばれた少女が手のひら大の徽章を掲げると、鬱蒼と茂っていた森が揺らめき、まるで霧が晴れるように道が開けた。 徽章からは柔らかな光が放たれ、木々が左右に分かれるように動く様子は幻想的だった。 私は息を呑んでその光景を見つめた。


「……すごい」


「良い案内人じゃろ? ほれ、着いていくぞ」


 私たちは、彼らに気づかれぬようそっと後を追い、森の奥へと足を踏み入れた。 木々の間を抜ける風が頬を撫で、どこか甘い花の香りが漂ってくる。 私達は緊張と興奮を胸に秘めながら、魔女の住処へと続く道を進んでいく。



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