第18話 悪喰姫と絶対絶命
「ジルベール! 貴様ッ!! 何故だ!! 何故シェリムを狙った!!」
力無く横たわるシェリムをそっと地面に下ろし、ルシオは強烈な怒りをジルベールへと向ける。
「シェリム様とのお別れは済みましたか? しかし、殿下……駄目ですよ。 私と問答でもするつもりですか? 何故だなんて言ってないで直ぐに斬りかかってくるべきですよ。 もし、理由を訊いて、私がやむに止まれぬ事情で仕方なかったと涙ながらに語れば殿下は赦すんですか? そんなはずないですよね? それならば、問答無用で斬って捨てれば良いのです……」
ジルベールが手にしていた弓を無造作に放ると、大仰な身振りで肩を竦ませる。
まるで芝居でも演じるかのように両手を広げると薄暗い洞窟の中で、彼の金髪がわずかに揺れ、冷たい笑みが浮かべる。
彼の言葉は軽薄で、どこか嘲るような響きがあった。 ルシオが口を開こうとしたその時、洞窟の奥から低く唸るような音が響いてきた。
グルルルルルルッ…………
魔獣の唸り声だ。 ジルベールはまるで気づかないふりをして、淡々と話し続ける。
「10年も呪いによって苦しんでいる皇子がいると聞いたときは同情だってしたんですよ。 そもそも殿下には個人的に恨みも何もありませんからね。 むしろ大変良くしてもらって感謝してるぐらいです……」
「おいっ! 魔獣の声が聞こえる! 気をつけろ!」
「ククククク……気をつけろ? 根が善良なのかアホなのか……明確な敵に対して気をつけろなんてどうかしてますよ? もしかして不老不死だからと余裕ぶってるのですか? ……死ななくても殺せなくても無力化する方法なんて幾らでもあるのに。 殿下が1番知っているでしょう? それに……殿下はまだまだ甘い」
ジルベールの後ろ──洞窟の入り口の方から体長2メートル近い魔獣が何十匹と姿を現す。
鋭い牙を剥き出しにした口からは大量に唾液を滴らせている。 濡れた地面に落ちると小さな水音を立てる。 灰色の毛皮に覆われたその姿は、狼とも熊ともつかぬ異形だった。
「なっ……!?」
それらの魔獣はジルベールを素通りしルシオを取り囲み始める。
「ククク、殿下達に吹きかけた香水。 あれ、本当はただ匂いがキツイだけで何も効果はないんですよ。 強いて言えば大量に吹きかけて鼻を麻痺させるぐらいですかね」
「……まさか!?」
ルシオが慌ててアンネローズとベリオの方に視線を移す。 二人とも壁に寄りかかり気を失ったままだったが、彼らの周りには魔獣が一匹も近づいていない。 ジルベールが嘲笑うように言葉を重ねた。
「気付きましたか? あの2人にかけたのは本物の緋色柳です。 簡易的な結界も張ったので彼等の心配はしなくて大丈夫ですよ。 そして独特の甘い香りのするハニーネメトスをここまで少しずつ撒いていたんですよ。 ヒュドラの気配に洞窟内までは入ってこなかったのが、ヒュドラが死んだ事が分かったんでしょうか? 漸く役に立ってくれそうです。 こうやって会話で時間を稼ぐのも飽きてきた所ですから」
「で、殿下!!」
魔獣に囲まれるルシオを守るようにしてダムエルが前に立つ。
その身体はヒュドラによって壁に打ち付けられた時の傷なのか明らかに満身創痍だ。
「ダムエル、貴方にも勿論恨みは有りませんが、運が悪かったと諦めて下さい。 では、私はやる事がありますので。 また、後ほど」
「待てッ!! 貴様ァ!!」
「殿下! 来ます!!」
ジルベールがルシオとダムエルを一瞥して去って行くのと魔獣達が襲いかかってくるのは、ほぼ同時だった。
☆★☆★
「ハァハァハァ……殿下、申し訳有りません……私はもう……」
「くっ、ダムエル!!」
魔獣達の襲撃に対しダムエルとルシオは善戦していた──が、数が多すぎる。 辺りには何頭もの魔獣の死体が転がっているが、それでも数が減ったように思えないほどの群れに取り囲まれている。
『め、命令だ! 命を賭けて俺達を守れ! ……ぐっ!!』
ルシオが新たに王命によって魔獣に命令を下す。
対象に強制的な命令を下す、強力な【恩寵】だが、どうやら無制限に行使できる能力ではないらしい。
"魔獣と戦え"と命じただけだと、自分の生命に危機が迫ると消極的な動きになるし、何よりルシオやダムエルのサポートは一切しない。
だから、ルシオは命を賭けて守るように命令を下す。 これが一番場持ちが良かったからだ。
更に、一度にかけれる対象の数も3体が限度だった。 それ以上は一度命令を解くか対象が死亡するまで新たな王命は発動できなかった。
そして不死であるルシオはその再生力によって耐えているが、短い間隔での能力の再使用は身体に負担が掛かるようで、ルシオは先程から壮絶な頭痛を我慢していた。
(くっ……頭が……割れるように痛い……)
帝国兵として皇族の護衛を任される程の手練れであるダムエルも疲労と怪我により膝を付いてしまっていた。
絶体絶命……まさに、そんな言葉がルシオの脳裏をよぎる……
「んっ! 影狼縛糸結界──"影縛り"」
「金気解放!! 雷獣爪! に゛ゃ」
――次の瞬間。
ルシオの目の前で、飛び掛かろうとしていた魔獣がまるで見えない糸に絡め取られたかのように空中でピタリと静止する。
直後、雷鳴のような轟音と共に、白い稲妻が駆け抜けた。
気付けば、辺りを埋め尽くしていた魔獣の群れは、もれなく鋭い爪に切り裂かれたように両断された屍になっていた。
「にゃ! 最強の魔法使い参上!!」
「ん、ロタのそれ物理。 無魔法、脳筋肉」
そこには、ローブを羽織った白髪の少女と黒髪の少年が立っていた。
それぞれ、頭に獣の耳が生えており、長い尻尾が揺れている。
「お前たちは……魔女の所の……」
「ん、お師匠様はなんでもお見通し! 要敬服! 要崇拝!」
「それならば! どうしてッ! もっと早く……」
魔獣の危機から逃れたものの、ルシオは横たわるシェリムを抱え嗚咽を漏らす。
それを見て、グンが少し慌てたように言う。
「ん……ロタがちょうちょ追っかけてたから……」
「にゃにゃ!? ア、アタシのせいにしないでよ!? だ、だってお師匠様が……」
「それについては、私が説明しよう」
どこからか聞こえた声にルシオが当たりを見渡すと小さな鳥がロタの肩にとまる。
「訳あって、私は其処には行けないがこの子達が居れば十分だろう。 それと、その娘に刺さっている矢を早く抜いてあげるんだ」
「矢を……?」
ルシオが改めてシェリムを見れば矢は胸を貫通しているにも関わらず出血が少ない様にも見えた、そして……
「あっ……胸が動いてる!!」
まだ弱々しいが胸が上下に動いているのが確認できた。
「その娘、ヒュドラを食べたんだろう? 劣化するとはいえヒュドラの再生力はかなりのものだ。 それぐらいの傷なら死にはしない。 その異物を取り除いてやれば、直ぐに目を覚ますだろう」
アルヴィトの言葉にルシオは素早くシェリムの胸に刺さる矢を取り除くと、矢の刺さっていた傷口は何事もなかったように白い肌へと戻っていく。 そして……
「んっ……ルー……?」
ルシオは喉が詰まり、直ぐには言葉が出なかった。 これまで何度も、もうダメだと絶望しかけた。 それでも彼女は――生きていた……生きていてくれた。
視界が滲む。 気がつけば、彼は震える手でシェリムを抱きしめていた。
「シェリー!! 良かった! 良かった!!」
ルシオはシェリムをもう一度強く抱きしめた。 そして今度は、周囲を憚ることなく涙を流した。




