第12話 悪喰姫と暴走
アルテラとコッパー伯爵が連行された翌日、ルー、マーリンお爺さん、そしてエルマを連れて私は城にある地下牢獄へとやってきていた。
アルテラの処遇が気になる……と言うよりもアルテラに聞いておかなければならない事があるからだ。
まだマール王国にいた頃、お母様が亡くなってからは私の扱いは酷いものだった。
学ぶ事も許されず、ほぼ軟禁状態で高価なドレス類や装飾品は没収され食事も質素な物しか出されなかった。
唯一、偶にあるお見合いの時だけは一張羅の綺麗なドレスを着て王女らしい食事が提供される。 それも一応王女としての体裁を整える為だけのものだ。
私がアルテラに聞きたい事は、没収された母の形見の事だ。
お母様が好んで着けていたネックレスで私やお母様の髪の色と似ている紅燐石がはめられている。
紅燐石はそれほど高価な宝石ではないけれど、私はそのネックレスが大好きだった。 だから、お母様にいつか嫁ぐ時には私にそのネックレスを頂戴とおねだりしていた。
「アルテラ、お母様の形見のネックレスの事なんだけど……」
頑丈な鉄格子の向こう側、憔悴したアルテラが見える。
「……なんでアンタなんかが皇子の婚約者になんてなってんのよ! 【恩寵】なんか持ってたって何の役にも立たなかったくせに……」
ボサボサに崩れた髪に所々汚れているドレス。 目は血走って私を憎らしげに睨んでいるようでいて、何処か焦点が合っていない様にも思える。
「お母様の形見のネックレスを返して欲しいの。 そうしたら少しでも貴女の罪が軽くなるようにルシオ殿下にお願いするわ」
「……考えてやる」
あの騒動の後、皇帝陛下やルー、マーリンお爺さんに私のマール王国での生活について聞かれたので今までの事を話したのだ。
家族や臣下にすら冷遇されていた王女なんて外聞が悪いし下手に同情とかされたくないから黙っていたかったがルーが優しく促してくれたから思わず話してしまった。
それからルーと陛下は私以上に私の境遇に憤ってくれて……それもあってか、隣に立つルーは難しい顔でアルテラを睨んでいる。
「……何? ネックレス? そんな物知らないわ」
「知ってる筈よ! 赤い……大粒の紅燐石が付いたネックレスよ!」
「紅燐石……あぁ、あれね?……くくくっ、あははははは!」
ネックレスの特徴を伝えると何か思い当たったのか、小さく呻くと急に壊れたように笑い出した。
「あっーははははは! 本当面白いわお姉様!」
「な、何が面白いのよ……」
「うふふ……だって、そのネックレスなら|とうの昔にお姉様にお返ししたわ《・・・・・・・・・・・・・・・》」
返した……? そんな筈はない! 私はネックレスを返してもらってなんて……
「お姉様が凄く返して欲しそうだったから……そんなに大事ならいっそずっと一緒になったらいいと思って……ふふふ、親切心だったのよ」
狂気に支配されていたアルテラの瞳が理性を取り戻し以前、私を虐げていた頃の嘲りの表情が戻る。
──嫌な予感がする……
「何を言って……」
妙に口が渇いて、上手く言葉が出てこない……
「せっかく【なんでも食べれる】なんて【恩寵】を持って生まれたんですからねぇ。 お姉様に美味しく召し上がって貰うために料理長と一緒に試行錯誤したのよ。 うふふふふ」
──召し上がって貰うため……?
「やめて……」
「砕いたり、すり潰したり、溶かしたり……流石は【悪喰姫】ね、美味しそうに食べてたわね! あははははははははは!!」
「うわあぁぁぁぁぁああ!!」
「姫様!!」
「貴様ッ!!」
「これは……ちと、まずいのぅ」
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない…………許さない! ユルサナイッ!!
「ひぃっ!? な、なによっ!? 何なのよ! その大きな口はっ!??」
上手く考えがまとまらない……お母様の形見を……私が、食べた? どうして? 何で?
ドウシテソンナヒドイコトヲスルノ……?
「シェリー!? どうした! しっかりするんだ!」
「ひ、姫様……大口が……」
「【恩寵】が暴走しておる……早く正気に戻さねば、最悪……国が滅ぶぞ!」
「そんなっ! マーリン様! どうすれば!?」
ルーやエルマの声が聞こえる……でも、もうどうでもいいや……全部食べてあげる……お母様の形見もルーもエルマも……アルテラだって、全部……ぜーんぶ食べてしまえばワタシの中で一緒にナレルよね……
頭が酷く痛む……目が霞む……喉が渇く……激しい飢餓感が襲ってくる……
今朝は何を食べたっけ? お腹が空いたな……オナカガスイタ……皆仲良くご飯を食べよう……ミンナナカ……ヨク……ミンナタベヨウ……
全部喰ベテシマエバ……皆イッショ……ズットイッショダヨ……
「ひ、ひぃぃぃ!! お、お姉様! わ、私を食べたって美味しくないわよっ!! お願いッ! た、助けて!!」
「まだ暴走したてじゃ、こういう時はショック療法が1番じゃ!」
「ショック療法……わかりました! 俺は何をすれば?」
「キスじゃ! ルシオ殿下、お嬢ちゃんにキスをするんじゃ!」
「へっ!? キ、キス!? いや、そんな……しかし……」
「時間が無いのじゃ! 殿下がしないのであれば儂が……グフフフフッ」
「駄目ー!! 姫様とは私がキスしま〜す!!」
「待て待て待て待て!! 俺が……シェリーを助けるのは俺だ!」
──周りが何やら騒がしいけれど……今は目の前で無様に命乞いをしているこの女をハヤク食べてしまおう……間を隔てる鉄格子は既に飲み込んだ。 いつもよりも調子が良い……イマナラナンデモタベテシマエル…………
ふと、柔らかい何かが唇に触れる……大口で食べているから私の口に感覚がフィードバックしたのだろうか? でもこんな柔らかいものは食べていない……
目の前で艶やかな銀が揺れる……綺麗な蒼い瞳が近い……ルー……?
えっ!? ちょっ!? 近ッ!! えっ? 待って待って待って!? これってルーの……唇!?
「きゃーーっ!! ル、ルー!? そ、そういうのはちょっと早いんじゃないかな? いや、い、嫌とかじゃ無いのよ!? ほら……でも雰囲気とか順番とかってあるじゃない? こんな……こんなーーッ!?」
いやーー!? 何で!? 改めて周りを見渡したら、こんなジメジメした地下牢でエルマやマーリンお爺さんがニヤニヤ見てる前で何してんのよ!? えっ? 本当何してんの!?
「シェリー! 良かった!! 正気に戻ったかい?」
「ふぉふぉふぉ、中々良いものを見せてもらったのぅ。 ほれ、どうじゃ? そのまま続きをしてもええんじゃよ?」
「姫様ぁ!! エルマも! エルマもキスします〜!!」
「いやいや、どんな状況よ!?」
ルーは顔を真っ赤にして照れているし、何故かキスしてこようとするエルマを引き離すと……目の前で倒れ込んでいるアルテラは……何か色々漏らしちゃって放心してるわ……まったく、一体何があったってのよ?




