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霧の日、古い祠にて  作者: 圭沢
キリコ

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21/23

21話 砕かれた希望

 うわああああ。


 突然セイジが岩棚から飛び出した。尻で滑り落ちながら叫ぶ。

「みんな続けえー」


 陽介の呪縛が解けた。落下の恐怖とキリコの恐怖。比べるまでもない。

 裕太は既に飛び出していた。

 無茶なのは分かっている。

 陽介はためらわずに、叫び声をあげながら斉木と後に続いた。


 最初はセイジと同じように、順調に尻で滑っていった。

 このまま下まで、と思ったのも束の間、下から物凄い衝撃と突き上げがあり、陽介は宙に投げ出された。


 一瞬の開放感が陽介を包んだ。


 が、今度は背中を引っ叩かれた。

 次の瞬間には、顎から斜面に突っ込んでいた。

 後は、何が何やら分からず、最後に地球が体当たりしてきた。


 陽介は体中が痛かった。笑ってしまうほど、若しくは気が狂いそうになるほど痛かった。どこもかしこも最悪だった。中でも、肩、膝、肘、顎、尻が特別に痛かった。頭、手、脇腹も、陽介の無謀に猛烈に抗議していた。まるで体中で絶え間なく爆破実験をされているようだった。

 しかし陽介は動くことが出来た。なんとか立ち上がりさえした。


 キリコ。

 洞窟、あと少し。

 そう、安全な洞窟まであと少しだった。豪雨の中、陽介は洞窟を目指してよろよろと踏み出した。


 周りを見ると、みんなふらふらと立ち上がろうとしていた。

 みんな無事だね。洞窟だよ。


 まるで悪夢の中にいるようだった。絶え間ない苦しみ。揺らめく意識。

 右足を持ち上げて、前に落とす。

 次は左足の番だ。さあいくぞ。

 よし、今度は右足だ。お願い、動いて。



 しかし、その懇願は無視された。足がもつれて、陽介はそのまま地面に倒れこんだ。一斉に爆破実験が体中で再開した。

 ああ、ああ。ひどいよ。

 誰かの力強い手が陽介を引き起こした。裕太だった。


「大丈夫か」

 セイジも斉木もいた。みんな心配そうな顔をしていた。

 僕なら大丈夫。早く洞窟…

 陽介は精一杯笑顔を作ったが、三人の心配そうな顔は動かなかった。


 早く洞窟へ行ってよ。陽介は腕を振り払おうとしたが、三人は動こうともしない。逆に、恭しいともいえるほどの丁寧さで、陽介を運ぼうとする。仕方なく陽介はみんなに身を任せた。


 両脇から裕太と斉木に支えられ、びっこを引くセイジにそっと後押しされて、陽介は歩き出した。有難いことに、キリコは見当たらない。

 体の痛みが減ることはなかったが、陽介は無性に嬉しかった。心の中から暗闇が追放され、暖かくふわふわしたものがいっぱいに広がった。三人は本当の友達だった。陽介は改めてみんなの顔を見た。


 みんなひどい顔をしていた。雨に打たれ、泥やら葉っぱやら血やらをまとわりつけて、みじめとしかいいようがない。けれど、みんな陽介が心の底から誇れる友達だった。


 ふと、陽介は、顔中血まみれの裕太が、微かに顔を歪めているのに気が付いた。

 あ、裕太も体、痛いんだ。

 陽介はそう思うと、自分だけ甘えているのが申し訳なく感じられた。裕太だけじゃない。斉木だってセイジだって辛いんだ。みんな大丈夫なんだろうか。陽介の心に不思議と力が涌いてきた。そっと足に力を入れてみた。痛いけど、大丈夫だ。


 陽介は、自分はもう平気だということを、みんなに伝えた。

 自分一人で立ってみると、やはりとてつもなく体中が痛んだ。が、先程のようにいじけてしまうほどではない、と思えた。危ぶむような周囲の視線をよそに、陽介はふらふらと歩き出した。


 キリコに追いつかれる前に、とにかく早いとこ洞窟に逃げなきゃ。みんなだって限界のはずだ。


 陽介はそのことだけを考え、着実に歩きつづけた。

 右足、左足、また右足…。

 裕太もつらそうだな。手が握りこぶしになってるよ。でも、もうちょっとだからね。


 深い霧の中とはいえ、すぐに洞窟が見えてくるはずだった。漆黒の悪夢に射す、希望の光。体の全細胞が求めてやまない安息の場所。

 が、どこかおかしい、と印刷された紙が、頭の中で執拗に舞い始めた。

 どこもおかしくなんかない。陽介はむきになって否定した。

 僕達は崖を飛び降りた。キリコは置き去りだ。それからすぐ歩き始めて、みんなに助けてもらって、こうして独りで歩けるようになって……


 キリコはどこ?


 追いつかれていてもおかしくないんじゃないか。

 嫌な予感が熱い塊となって、陽介の喉元にこみ上げてきた。


「どうした?」

 裕太が声をかけてきた。陽介は答えられかった。

 言葉にしたら現実になっちゃうかもしれない。でも、もしこの予感が当たっていたら、今のうちに相談しなきゃいけない。でも、洞窟がダメだとしたら、どこへ?


 陽介の逡巡を、キリコの高笑いが遮った。

 霧の向こうに洞窟が見えていた。そして、その手前にキリコが立っていた。


 陽介の予感は的中した。陽介達が逃げるとしたら、洞窟しかない。ちょっと考えれば分かることだ。キリコは、ただそこで待っていればいい。

 キリコはひとしきり陽介達をあざ笑うと、ぺこりとお辞儀をして、おもむろに洞窟に手をかざした。霧が手に集まっていく。


 まさか…。

 陽介の頭は、臨海学校でスイカ割りをした時のように、ぐらぐらと回り出した。


 キリコの手から閃光が迸った。

 光の奔流が洞窟上部の斜面めがけて突き進んだ。

 初めは何も起こらなかった。


 が、次の瞬間。息を詰めた陽介が見守る中、地響きを立てて崖が崩れ出した。

 そして、洞窟があっけなく轟音と共につぶれた。まるで斉木のゲップのように空気が飛び出し、周囲の霧を掻き混ぜた。


 洞窟はなくなった。


 声にならない叫びをあげる陽介の足元に、岩がひとつ転がってきた。

 洞窟はなくなった。

 もはや逃げ場はない。安全な場所も、限界に達した肉体を休める場所も、そして希望もない。


 終わった…。

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