17話 捜索
陽介は斉木が肩に手を置いたのが分かった。
よせよ。
陽介はその手をどかせようとしたが、斉木の手は力強く陽介の肩を握り締めていた。陽介はそのまま、いつになく力に満ちた斉木の言葉を聞いた。
「あのね、陽介君、ボク、実は自分に自信がなかった。はは。そんなの言われなくても分かってるかもね。でもね、ボク、またいじめられたらどうしよう、陽介君に嫌われたらどうしようって、いつも思ってたんだ」
いつのまにかセイジも陽介の脇に来ていた。
陽介は俯いたまま、斉木が言葉を続けるのを待った。
「でもね、陽介君はボクをしっかりと見てくれた。さすが斉木だよなって、たまに言ってくれたりもした。嬉しかったよ。だって陽介君は僕のヒーローだから」
陽介の肩に置かれた斉木の手から力が抜け、優しく陽介の肩を叩いた。
斉木は少しの間そのまま黙っていたが、やがて意を決したように再び話し出した。
「でもまだボク、自分の思ったこと、全部みんなに話してない。誰かの後ろにくっついて、時々その人を応援したりはするけど、自分からこうしようよなんて言い出すことはなかったでしょ。ホントは今日、ボクの家に来て欲しかったんだ。お母さんもおやつなんかを用意してくれてたと思う。でも、みんなに、お前の家なんか行くの嫌だね、どうせつまんないだろって言われるのが怖くて、結局言い出せなかった。みんな、ボクのこと仲間に入れてくれたのにね。だからボクの提案も、ちゃんと考えに入れてくれるはずなのにね。ボク、自分にまだそこまでの自信がなかった。逃げてたんだと思う。でも、ボク、本当は違うんだ」
斉木はきっぱり言いきった。
まじまじと見つめるセイジの視線を無視して、斉木はやおら陽介をグイッと持ち上げ、立ち上がらせた。
「ウジウジしてちゃダメなんだ。陽介君も同じ。ほら、裕太君を探しに行くよ!」
斉木の力強い声が洞窟に朗々と響きわたった。
陽介は斉木に引っ張られるように洞窟を後にした。いつになく静かなセイジも続く。
「裕太君はキリコを探して行ったから、きっと祠に向かったんだと思う」
斉木はスタスタと霧の中へ入っていった。
いつのまにか雨はやんでいた。
陽介は斉木の後ろ姿を見て、あいつの背中ってこんなに大きかったっけ、などと場違いなことが頭に浮かんだ。
あ、ここ滑るから気をつけて、なんて言ってる端から自分で盛大に転んでいる斉木に、陽介は微笑んでいる自分に気が付いた。
斉木っていいヤツだ。順位なんてつけてゴメンな。
陽介達は、祠に近づくにつれて歩くペースが落ちた。どうしてもキリコの白い目が思い出されてしまう。
しかし裕太はキリコを探しているはずだ。裕太を助けなきゃ。
それもなるべく早く、キリコに出会ってしまう前に。
陽介はそのことだけを考え、先程みんなして転んだ原因となった倒木をまたいだ。
ついに祠に辿り着いた。が、裕太はいなかった。キリコもいない。陽介は落胆と安堵が入り混じった妙な気分になった。
「ゴ、ゴメン。ここじゃなかったみたい。本当にゴメン」
斉木が消え入りそうな声で言った。今にも泣き出しそうだ。
ああ、そうか、斉木の初めての提案だったんだもんな。自信をなくすなよ。
陽介は努めて明るく答えた。
「謝ることじゃないって。ここが一番可能性は高い、さっきはみんながそう思ったんだから」
「よし、じゃあ次はどうする?」
ずっと無言だったセイジが、ポンと斉木の背中を叩いた。
セイジも優しいところあるなあ。陽介が感心していると、斉木は泣き出してしまった。
セイジはしばらく斉木の背中をさすって言った。
「泣くなって。オレはお前を見直してたんだぞ。さあ、次はどうする?」
斉木は鼻をすすりながらも涙を拭い、ニコッと笑った。涙と鼻水まみれのひどい顔ではあったが、いい笑顔だ、と陽介は思った。
「こ、ここじゃないとすると、本当に難しいよ。と、とりあえずまた洞窟に戻って、そこを中心に、さ、探した方がいいんじゃないかなあ」
「うん、それがいい。実際、最後にキリコを見たのはあそこだからね。よし急ごう」
陽介はニッコリ笑って斉木を後押しした。
三人は徐々に暗さを増す林の中を引き返した。
霧は相変らず深かったが、そのお陰でぼんやりと明るく、歩く分には支障はなかった。
早く裕太を見つけなきゃいけない。誰も口に出して言わなかったが――もうキリコと一緒だったらどうしよう?――半ば小走りに陽介達は進んで行った。
時々足の下で湿った枝がくぐもった音を立てて折れた。斉木の荒い息が小刻みに霧に吸い込まれていく。
木々は物音ひとつ立てずにひっそりと霧に隠れていたが、不思議と怖さはなく、林は安らぎに満ちているように陽介には感じられた。
僕達はやかましい侵入者みたいだ、陽介はそんなことを考えたりした。
「まさか中にはいないよね」
十分後、洞窟の前に到着した三人は、念のため洞窟の中を確認した。
やっぱりいない。
とんだポコペンだよなあ、セイジがポツンと言った。
そういえば、今日ポコペンをやるつもりだったんだっけ。陽介は、そんな話をしていたのが遥か昔に思われて、ため息をついた。平和な教室で、当たり前のように一緒にいた僕ら四人。いつものようにセイジが斉木の背中で手を拭いて、斉木はもうそれに慣れっこになっていた。ポコペンの話で斉木がからかわれて、教室を出る時に裕太が僕を待っていてくれたっけ。
輝く宝玉のような一コマ一コマが、陽介の中で甦った。スライド映画のように次々と切り替わっていく。
カシャ、昇降口で霧に突撃する僕達四人。
カシャ、公園での待ち伏せが成功して興奮している四人。
カシャ、軍隊ごっこの時の真剣な裕太の横顔。
カシャ、洞窟で教頭先生のモノマネをしているセイジ。
カシャ、霧の中を帰っていく四人。ああ、この辺で止まってよ。でないと…。
カシャ、キリコの白い目。
カシャ、去っていく裕太のイメージ。
カシャ、本当に去っていった裕太。
カシャ、キリコの白い目。
カシャ、去っていく裕太。
カシャ、去っていく裕太。
カシャ、去っていく裕太…。
ポン。
セイジが陽介の肩に手を置いた。セイジは、戦いに赴くインディアンのように頬骨から額にかけて泥をつけ、目の下にはうっすらと隈ができ、口の脇にはかさぶたになった血がついていたが、はっとするほど優しい顔をしていた。分かってるよ、でも、行こうぜ。口にはしなかったけれど、陽介にはしっかりと伝わった。
「行こうか」
穴を出ようとして、陽介はあることに気付いた。
「ね、見て」
穴の外の霧がゆっくりと上に昇っている。まるで陽介達がエレベーターで下に降りているようだ。
「ひょっとして、キリコが上にいるってことじゃない?」
陽介は、さっきキリコに出会った時、周りの霧がキリコへ集まっていたことを思い出した。
「さすが陽介君、それ、当たりだと思うな」
「オレもそう思う。ただ問題は、裕太がキリコと一緒にいるかってことだな」
「うん。裕太がいないのにキリコのところへ乗りこんで行くのはバカみたいだよね。でも、もし一緒だったら…」
「よし、急ごう」
洞窟の脇の崖は険しく、よじ登るのは難しかった。
「どこか登れそうなところを探すんだ」
陽介の言葉に三人は散らばった。
裕太、今行くからな。
陽介は、時間がもうあまり残されていない、そんな気がしてならなかった。
「みんな来て」
斉木の声に集まってみると、斉木がある一点を指差している。
少し緩やかになった斜面の落ち葉が下方向に削られ、地面が剥き出しになっていた。
「裕太君がここを登って行ったと思わない?」
そうかもしれない。陽介は無言で斜面を登りだした。




