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霧の日、古い祠にて  作者: 圭沢
キリコ

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14/23

14話 遭遇

お待たせしました。ホラーパート、開幕です。

「あれ、野宿といえば、今何時?」

 陽介の言葉に会話が止まった。セイジを除いて皆それぞれ門限が決められており、だいたいみんな暗くなる時間に合わせて最近は六時まで、となっていた。


 陽介の感じでは、もうそろそろ五時頃だ。そうだとすると、そろそろ帰った方が良い。

 斉木が腕時計を見て、素っ頓狂な声をあげた。

「あー、もう五時半だよー」

「え、もう帰らなきゃ」

「今日は早いなあ、もう」


 一行は洞窟を出て、霧の中の帰り道についた。

 霧はますます深くなり、林の中にいることすら分からなくなりそうだった。


「ね、相変らずすごいね、霧」

「ここまで濃いとなんか不気味だなあ。何か出る前にとっとと帰ろうぜ」

 セイジの言葉に、斉木が生唾をゴクンと飲みこむのが聞こえた。

 また怖がりが復活したらしい。


 陽介は、斉木の怖がりが自分にも伝染してくるように感じられ、ことさら明るい声を出した。

「何言ってんだよ、まったく。なんにも出る訳ないじゃん」

「いや、分かんないぞぉ。むかぁしむかし、何人もこの辺で行方不明になったらしいぞぉ」


 おいおいセイジ、洒落になってないよ、それ。キリコの話とかぶってる。


 言葉を無くした陽介と斉木に気付かなかったのか、裕太が陽気に切り返した。

「嘘つけよ、セイジ。もうちょっとマシな話ないのかよ」

「嘘じゃないって。ま、この辺かどうかは知らないけど」

 陽介は妙に胸騒ぎがして、慌ててセイジを問い詰めた。

「ね、それって別に霧の日に行方不明になった訳じゃないでしょ?」

「あれ、そうなの? まあ、確かにそうした方が話は盛りあがりそうだよね。ある霧の日、子供達が次々と消えていく…必死の捜索にもかかわらず見つからない…一ヶ月後、ある子供の片方の靴だけが見つかる…そしてその靴には…なんと…大量の血が!」


 うわああああ。


 斉木の絶叫が霧に吸いこまれて、消えた。セイジは大笑いしている。陽介も少し声をあげてしまったが、斉木のお陰で目立たなかったようだ。

 勘弁してよ、全く。


「な、なんか寒くなってきたね」

 林を抜け、もう少しで祠というところで、斉木が陽介に声をかけた。


 確かに急に冷えてきたようだ。息が白い。

 そういえば耳もちょっと痛くなっている。冬に外で遊んでいる時みたいだ。でも、あんな爽やかな寒さじゃなくて、なにか違う寒さの気がする。


「ホント、寒いや」

 裕太も相槌を打った。

「ぼちぼち暗くなってきたし、急ごう。セイジ!」

「おう。マジで寒いねえ」

 先導のセイジも振り返って、霧の中に白い息を撒き散らした。

「なあ斉木、お前の腹巻ちょっと貸してよ。って、そりゃ贅肉だったか。こりゃ失礼」


「……ちは」


 セイジの後ろ、祠の辺りからか細い声が聞こえた。

 陽介の笑い顔が凍った。

 え? 今の何? 


「…にちは」


 霧の中からもう一度、聞こえた。


 後ろから、冷たい空気が霧と共に流れ込んできた。

 祠の手前にどんどん霧が集まっていく。祠はあっという間に見えなくなってしまった。


 斉木があとずさって陽介の腕を掴んだ。

 痛いって。陽介はどこか遠くでそう思った。嫌な予感が固体となって陽介の体を熱く駆け巡った。

 微かな声を聞き、陽介と斉木の表情を見たセイジと裕太が、そろそろと振り返り始めた。


 ポツン。雨が一滴、陽介の肩に落ちた。


「こんにちは」


 霧の中に小さな男の子の姿が浮かび上がってきた。


 ダルマさんが転んだ。いやに明るい声が陽介の頭の中に響いた。陽介自身の声だった。


 キリコ。

 キリコなのか。


 陽介は呼吸が出来なかった。舌が干乾びてべったりと口蓋に貼りつき、喉をふさいでいる。

 風が止み、雨が一斉に落ちてきた。大粒の雫が乾いた落ち葉の上に落下して、そこら中でカサカサと音を立てた。


「ねえ…ボクと…遊ぼうよ」

 白っぽい浴衣を着た幼い男の子が姿を現した。


 黒目がなかった。

 白いだけのその目が青白い顔にヌメヌメと光っている。

 口元には禍々しい微笑み。深紅に染まった舌がチロチロと見え隠れしている。


 陽介は悲鳴を上げたかった。しかし喉から出てきたのは、小さく掠れたヒィッという声だけだった。

 斉木が陽介の隣でへなへなと座り込んだ。


 体中の細胞が逃げろ逃げろと大騒ぎしている。が、指一本動かせない。

 脂汗が陽介の背骨にそって、ツツ、と落ちた。


 セイジと裕太は振り返った姿勢のまま凍りついている。

 雨が一段と激しさを増した。もう落ち葉はすっかり濡れてしまって音は立っていない。陽介の前髪から、ポタポタと雫が落ちていく。


「ねえ…遊ぼうよ」

 周囲の霧が渦を巻いて男の子に吸い込まれていった。


 その時、陽介の脳裏に、背中を向けて去って行く裕太の姿が映った。裕太の目には、死んだ弟が泣いている姿が見えた。

 斉木は、自分のことを陰で笑っている陽介達の姿を見た。

 セイジには、オシロイ星人との子供を嬉しそうにあやしている父親が見えた。セイジ自身は窓の外で凍えながらそれを見ている。


 キリコの顔に邪悪な微笑が浮かんだ。手を差し伸べて、キリコはゆっくりと一歩前に踏み出した。


 セイジが絶叫した。


 その絶叫で陽介の呪縛が解けた。

「逃げろ!」

 陽介は叫ぶと、斉木を引っ張り起こして駆け出した。我に返ったセイジがものすごいスピードで陽介を追い抜いていく。


 裕太? 裕太はどこ?

 陽介が振り返ると、裕太はまだ同じ場所で立ち尽くしていた。あと少しでキリコの手が裕太に触れてしまいそうだ。


「ゆうたああ!」

 陽介は迷わず取って返した。

 さっき見えたの、あんなの嘘だ。


 キリコが裕太の手を引っ張っている。裕太はなすがままだ。

 陽介は自分でも訳のわからないことを叫びながら、そのままの勢いで裕太に突っ込んだ。突っ込み際、裕太に抱きつき、体をひねって、裕太をキリコからもぎ取った。勢いあまって裕太ごとびしょ濡れの落ち葉の中に転がり込んだが、すぐ起きあがって、裕太の手を取って引っ張った。


 裕太はまだ少しぼうっとしているようだ。陽介は裕太を引っ張りながら走り出した。


 と、二人は目の前に突っ立っていた斉木を危ういところでかわした。陽介が手を離したその場所で、そのまま呆然と立っていたらしい。

 何やってんだよ!

 文句を言う暇もなく、陽介は残った手で斉木も引っ張りながら駆け出した。


「うおおおおおお」


 後ろからキリコの声が追いかけてきた。大地の底から響いてくるようなそれは、もう子供の声ではない。陽介は、キツツキのように顔をついばむ雨を無視して、暗さを増す深い霧の中で更にスピードを上げた。


 突然脛に激痛が走り、次の瞬間、陽介は肩をいやというほど地面にぶつけていた。

 続いて陽介の背中に斉木が落ちてきた。肺の中の空気が叩き出され、陽介の視界に星が舞った。


 倒木に足を取られたのか。

 陽介はパニックに暴れる斉木を乱暴に押しのけ、立ち上がろうとした。


 が、その場に動けなくなった。前方の地面が激しく動いている。

 キリコ。まわり込んだんだ。いつの間に。

 陽介は上げかけた顔を、力なく落とした。


「あ、あ、あああ」


 陽介はセイジの声で我に返った。

 セイジ?

 キリコとばかり思っていた目の前の気配から、セイジの足が陽介の目に飛び込んできた。


 どうやらセイジも同じところで転んでいたらしい。

 みんな揃って、まったく!

 しかしセイジはよっぽどひどく転倒したようだ。陽介はセイジを半ば担ぐようにして走るしかなかった。斉木はまだぼうっとしている裕太を引っ張っている。


 後ろからキリコの叫び声がどんどん距離を詰めてきた。


 このままじゃダメだ。

 どこか…どこか…洞窟!


 陽介は急速に足りなくなってきた息を集めて、喘ぎながら叫んだ。

「洞窟…あそこ…霧…入ってこない」


 どうやらみんな分かってくれたらしい。

 あそこなら助かる。あそこまで辿り着ければ。


 突然見えた希望の光に、走るペースが上がった。真っ青な顔をしたセイジですら、なんとか自分の力で走ろうとしている。

 確かあの辺り…あった!


 キリコの叫び声はもうすぐ後ろに迫っている。

 陽介は後ろを振り向く誘惑と戦った。でも振り返ったら捕まる。そんな余裕はない。逃げるしかないんだ。


 もうちょっと、あと少し、あと少しだ。

 陽介の肺は、熱い蒸気を送り込まれたかのように、呼吸をするたびに鋭く痛んだ。濡れた落ち葉に足を取られそうだ。あと少し!


 陽介はセイジごと洞窟に文字どおり転がり込んだ。

 斉木が今度は裕太の上に倒れこむ。


 着いた!

 洞窟の外でキリコの雄叫びが上がった――ウオオオオオッ!


 四人は慌てて穴の一番奥へと這って逃げた。

 しかし、キリコが洞窟の中に入ってくる様子はなかった。悔しそうな叫びを繰り返している。陽介の思いつきは正しかった。陽介は、力強い岩肌にぐったりと体を預けた。

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