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元貧乏伯爵令嬢は『氷の人形令嬢』と呼ばれていることをまだ知らない  作者: 目黒市


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09 レッドメイン侯爵

「ニア嬢に関しては社交の場に一切姿を現さないので、調査が大変でしたよ」


 ニア嬢と婚約するに際して身辺調査を担当したアルフレッドが溜息を吐いた。


「出入りの商人や遠縁の親族などから調査した限りですと」

「母親そっくりの才媛ということだけ」

「はい、それ以上は何も」


 十六ということは貴族学院に通う年齢だろう。しかし伯爵家に娘を学院に通わせるだけの財はない。


「ミークリヤ伯爵夫人の若い頃に瓜二つ。学院には通っていませんが」

「夫人からの教育が為されているのなら充分だろう」

「はい。それは確実でしょう。こちらをご覧ください」

「なんだこれは?」

「アレックス・ミークリヤが先月提出した王国内の各領地で飼育に適した家畜をまとめた資料です」


 アレックス・ミークリヤ。

 ニア嬢の兄で、現在は王宮で文官として働いている。父によく似た男で、悪く言えば影の薄い男。

 アルフレッドから資料を受け取り目を通す。

 

「よくできているな」そこで気づいた。「まさかこれは?」


「はい。製作者はニア嬢で間違いはないでしょう」

「ほぉ」


 才媛というのは噂だけではないようだ。


「どうやら人避け以外にも使い道のある令嬢のようだな」

「そのようなことを」

「フィッツロイ公爵の謀反の手がかりを探すための婚約だ。何かしら俺にとって利のあるものの方がありがたい」

「そのまま奥方として愛されればよろしいのでは?」


 ぞわっと鳥肌が立つ。


「おい。気持ちの悪いことを言うな。愛する? この世で人間ほど気持ちの悪い生き物はいないぞ」

「おやそれでは私たちのことも」


 アルフレッドが眉根を下げる。能力を使わなくたってわかる。そんなことを一ミリも思っていない。


「お前たちが人間? ふざけたことを言うな」


 アルフレッドを含むこの屋敷で働く人間は全員が産まれた瞬間から、レッドメイン家のために諜報から殺人術まで様々な訓練を受けた者たちだ。


「まぁいい。明日実際にこの目でみてくるさ。いくら見てくれが良くても中身は汚い屑袋だ」




 執務室で出された香りだけは良いが、苦みの強い真っ黒な紅茶を出され待つこと数分。

 ニア嬢がやってきた。

 確かにこれは噂通りだ。顔立ちこそまだ幼さが残っているが、その瞳には少女とは思えないような怜悧さが宿っていた。俺の顔を見ても表情を一切変えない。初対面でここまでの無反応をされたのは初めてだ。


 しかし、人なんていうのはいくら表情を取り繕ってもその内は誰も変わりはない。


 席についたニア嬢へ視線を合わせて秘術を発動させた。


 心握眼。


 ニア嬢の思考が俺の脳内に流れ込む。


「……っ」


 思わず顔をしかめてしまった。

 なんなのだ、こいつは。

 頭の中を読み取った瞬間に膨大な量の思考が流れ込んできた。

 例えば窓の外で雨が降っているのを見て、人は『雨だな』、とまず考える。

 人はひとつのことしか考えられない。稀に思考が飛び飛びで複数のことについて絶え間なく考える人もいる。それでも心握眼で見た時に流れる思考は、『雨、馬車、連絡、いつまで降るだろう、昨季の売上は』という風になるだけだ。

 だがニア嬢のそれは違った。

 様々な複数の思考が同時に進行しているのだ。

 思考を読み取った瞬間に彼女の声が五重奏、六重奏となって響いてきた。それぞれがまったくこの場とは関係のない事柄を考えている。まさしく不協和音だ。


 なんだこいつは?

 戸惑いを顔に出さないよう、顔をしかめた。


「こらニア」


 唐突に伯爵が娘を叱った。

 傍から見れば物静かにこちらを見つめていただけの令嬢だ。叱られる謂れはないだろう。

 しかし彼女が俺たちの会話を聞いていないのは、思考を読み取れる俺と、『なぜだか』一見無表情な彼女の表情をよみとれる伯爵だけだ。

 

 一瞬にしてこの無表情な令嬢が得体のしれないナニカに見えてきたのだった。





「仕事の方は大丈夫なのかイナ」


 ニア嬢との顔合わせから数日後。

 明日はニア嬢の輿入れ。俺は彼女の専属侍女となるイナを呼び出した。


「はい。辺境伯領の調査をしていたロカ。帝国に潜入していたハナともに任務を終えて帰ってきております」


 イナ・ルー。

 海の向こう異大陸の出身。奴隷商人に姉妹揃って売られて王国へとやってきた。それを購入したのが先代のレッドメイン侯爵。

 イナ、ロカ、ハナの三人は王国でも珍しい異大陸人。さらにこの三姉妹は三つ子なのだ。この大陸の人間で彼女たち三人を見分けられる人間はいない。

 それを利用して彼女たちはひとりの人間イナ・ルーとして諜報をメインに活動している。


「君たち姉妹にはニア嬢の専属侍女として彼女の身辺警護ならびに、不審な点がないかを調べて欲しい」

「不審な点?」

「あぁ、彼女にはおそらく何かしらの秘密がある。本人が知っているか知らないのかもわからないのだが」


 あの時、心握眼を使って読めた多重層の思考。あんなものは生まれて初めてだ。

 最初はフィッツロイ公爵にも人間的弱みがあったのか、と思ったけれどフィッツロイ公爵がニア嬢を欲したのには何か理由があるはずだ。

 それを探らなくてはいけない。


「よろしく頼むぞ。ロカ」


 俺が名を呼ぶと、イナ――ロカは露骨に顔をしかめる。


「勝手に人の心を読むな変態主」

「読まれたくなければ、俺相手におかしなことをするな。イナは?」

「姉さんはアルフレッドのおっさんと逢引中だよ」

「明日の打ち合わせか」

「どうだか。お子様な主にはわかんないだろうね」


 そっくりな姉妹だがそれぞれ性格は違う。言動を取り繕っても俺は騙されない。

 そう俺は騙されない。


 騙されたくはないんだ。


 読んでいただきありがとうございます。

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