08 レッドメイン侯爵
「はぁー」
「サーシェス様」
何度目かの溜息をつくと、執事のアルフレッドが窘めてくる。
ここは侯爵邸の執務室。室内にはこの家の主である俺と、執事のアルフレッドのみだ。多少は大目に見て欲しい。
「仕方がないだろう。いくら仕事の為とはいえ結婚しなくてはいけなんだ」
「いいではないですか。こんな機会がなければ絶対に結婚などしないでしょう?」
「別にかまわないではないか。後継は弟夫婦の子供を養子に取れば済む話だ」
弟夫婦には子供が男児のみで四人いるので、その中のひとりを迎え入れればいい。
「ですが、結婚すればサーシェス様が煩わしいと言っているご令嬢たちも静かになりますよ」
「むっ」
眉間を揉みほぐす。
グラスに映る自分の顔。謙遜したところで嫌味だろうから言うのだが、俺の顔は整っている。父である前侯爵は獰猛な猛禽類が二足歩行しているような方だ。そんな父と結婚したのは丸顔のぬいぐるみのような母。どうやらその母の血がいくらか俺の顔に人間味を与えているようだ。
しかしそのせいで幼い頃より多数の令嬢、さらには母と同齢ほどの夫人たちにまで迫られた。
もちろんそれは幼い子供には大きなトラウマだったろう。
確かに俺のトラウマとして今も深く刻まれている。
けれど俺の人間嫌いはそれだけが理由ではない。
「それにサーシェス様の力は唯一無二です。その力を引き継ぐ後継を先代も期待されていますよ」
その理由はレッドメイン侯爵家の男児が受け継ぐ秘術。
心握眼。
対象の心の内を読み解ける能力。
この眼で見た相手の考えていることを知ることができるのだ。どうやら俺は歴代レッドメイン家の中でも優れた力を持つ。
先代の父を含め大半のレッドメイン家の男が読み取れるのは対象の大まかな感情程度。しかし俺は明確に相手の思考が読み取れる。今でこそ能力のオン、オフができるようになったが、幼い頃はこの能力のせいで知りたくもない人間の汚い部分をたくさん見せられた。
人間というのがどれほど汚いか、ということを嫌というほど思い知らされた。
「こんな能力は受け継ぐべきではない」
「しかし王家の方々としてもそれは望むところではないでしょう」
レッドメイン侯爵家は代々この能力を用いて王家に仇を為す者を見つけ出し、その芽を摘む。それが俺の仕事だ。
「あぁ、本当に煩いことだ。こんな能力に頼らなくちゃいけない時点でダメなんだ」
「滅多なことを言わないでください」
グラスのアコアヴィーを味わう。
「しかし不満ばかりも言っていられないな」
「フィッツロイ公爵ですね」
フィッロイ公爵。
王国建立からの古くから続く貴族家。俺はそんなフィッロイ公爵の中に王家への敵愾心が宿っているのを見た。けれど彼は実害のある行動には出ていない。
しかしどうにも怪しいのだ。
王国で起こる様々な事件。それらが遠因としてフィッツロイ公爵の利となっているのだ。
そしてその繋がりを掴みかけたのだが。
「あぁ、先の件ではしてやられたが今度こそは」
「マクナガン子爵の人身売買事件ですね」
昨年、俺はマクナガン子爵が領地内で人身売買ならびに違法な薬草栽培をしていることを突き詰めた。俺としては王家に叛意を抱いているフィッツロイ公爵へつながる手がかりを探したが、フィッツロイ公爵の方が上手だった。
マグナガン子爵は異例とも言える早さで死刑執行。一族は国外追放となった。
マグナガンは死んだが、彼からフィッツロイへ繋げる糸はまだ切れてはいなかった。
マグナガン子爵領は王家の直轄領となる前に、他の貴族家が再建事業を行うこととなった。元マグナガン子爵領に何らかしらの手がかりがあるのでは、と考えた俺は再建に乗り出そうとした。
けれどここでもフィッツロイ公爵に後れを取ってしまった。様々な派閥の対立を利用、関係のないミークリヤ伯爵がその任をおうこととなった。
「ミークリヤ伯爵とフィッツロイ公爵に繋がりはない、と」
「あぁ、共通点はたったのふたつ」
当主であるアーサー・ミークリヤとクロード・フィッツロイが貴族学院で同窓であった。
両家が古くから続く貴族家である。
たったそのふたつ。深いようで浅い関係だ。
実際、心握眼を使ってミークリヤ伯爵を調べたが、両家の繋がりは存在しなかった。
アルフレッドがグラスにアコアヴィーを注ぐ。
「しかしフィッツロイ公爵は今回、領土経営の借金で苦しむミークリヤ伯爵に取引を持ち掛けた」
「ニア・ミークリヤ伯爵令嬢を自分の後妻へ、その代わりに資金援助をするという取引ですね」
「あぁ、どうにもくだらない噂だと思っていたが真実だったらしい」
「フィッツロイ公爵がミークリヤ伯爵夫人に横恋慕していた、という噂ですね」
フィッツロイとミークリヤを調べている時に聞いた噂のひとつだ。
貴族学院時代も交流のなかった二人を結びつけるひとつ。
クレア・ミークリヤ伯爵夫人。
「あの夫人ならば納得というものです」
何かを思い返すようにアルフレッドが頷いている。
「お前は見かけたことがあるのか?」
「えぇ、最近はお見掛けしませんが先代の時代に我が家で開かれた茶会で」
「そうか」
「大変美しい方でした」
元帝国貴族の令嬢。貴族学院へ留学で訪れた際にはその美しさと品性溢れる立ち居振る舞いから、多くの王国貴族子息を虜にしたらしい。
通称『氷姫』とも呼ばれ懸想されていたそうだ。
氷姫とはなんとも大げさな通称だが、あながち間違いでもなく夫人はその美貌もさることながら、感情を表に一切出さないことで有名だったのだ。
こんな逸話もある。
彼女の美しさに嫉妬した貴族令嬢の一人が嫌がらせで、お茶会で出されたお茶請けの中に南舞虫が仕込まれていたのだ。
南舞虫。
無数の脚を生やした虫なのだが、醜虫と嫌われている。
周囲の令嬢や給仕までもが悲鳴をあげる中、手にしたスコーンの中から飛び出した南舞虫を見ても顔色ひとつ変えなかったそうだ。その逸話はますます彼女の評判を高めたそうだ。だからこそ社交界の高嶺の花であるクレアがミークリヤ伯爵と婚約を発表した時には、様々な憶測が飛び交ったそうだ。
「まさか今回の件はそのクレア夫人に瓜二つと噂のニア嬢を手に入れるためのことだった、と?」
アルフレッドが尋ねる。
「まさか。そんな馬鹿なことがあるか。きっと何かあるはずだ」
かつて惚れた女の子供を自分の後妻に迎える。
他の色ボケ貴族ならあり得るかもしれないが、あのフィッツロイ公爵だ。
きっとそこには何らかの裏があるはずだ。
「しかし恋とは時に人を狂わせるものですよ」そう言って俺を一瞥する。「サーシェス様にはわからないでしょうけれど」
「煩い。だが今回は先手を打てた」
話は冒頭に戻るのだ。
俺はフィッツロイ公爵が何を企んでいるか、そしてその企みを邪魔するためにニア嬢への婚約を申し込んだのだ。
作中内のアコアヴィーはかつて教会で飲まれていた薬用酒。古代アリストリア語で命の水という意味。かつての国王が飲みやすいように改良を命じ、現在では嗜好品として好まれている。
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