10 イナ・ルー
執事長であり、諜報部のトップでもあるアルフレッド様と明日の打ち合わせをしていた。
すると妹のハナが部屋に忍び込んできていた。
「ハナさん、部屋に入る時はノックをしなさいといつも言っているでしょう」
気づいたアルフレッド様が窘める。
この方は私たち三姉妹を見分けることができる数少ないお方だ。
「アルフレッドのおっさんも主と同じで心が読めんじゃないの?」
ハナは悪びれることもなく、さらに馴れ馴れしくアルフレッド様の肩を叩く。
「ハナ」
「ちょっ、そんな怖い顔で睨まないでよイナ姉」
この子は私がアルフレッド様に懸想していると勘違いしているのか、こうして都度揶揄ってくるので辟易している。
「心を読んでいるのではありませんよ。私はあなたたちの教師。体術の癖がわかるのですよ。イナさんは重心がわずかに右足寄り。ロカさんは左。ハナさんはより大きく左に寄っています」
流石はアルフレッド様です。
「うげぇ。変態主とどっこいどっこいの変態執事だな」
なぜかハナは半目でアルフレッド様を睨みつけています。顔は似ているのにどうしてこうも性格に違いが出てくるのか不思議です。
「それでハナさん、何か御用ですか?」
「あぁ主から私たち姉妹への指令だよ。明日くる奥様の護衛と調査をしろだってさ。きっと何らかの秘密を抱えているはずだって。本当性格歪んでるんだから」
なるほど私が専属侍女を命じられた理由は姉妹と協力して、奥様を調査しろということなのですね。
「サーシェス様は秘術のせいで他人に対しては疑心暗鬼であられますから」
「あの顔もでしょ。変態貴族のおっさんやおばさんが人を使って攫おうと必死で、私たちも大変だったもの」
ハナが当時を思い返して苦い顔をしている。
「奥様はサーシェス様が今追っている公爵に繋がる何かをお持ちです」
「それを私たち三姉妹で探るのですね」
「えぇ、あなたたちならば可能でしょう」
「奥様、ようこそレッドメイン侯爵邸へ。私は執事のアルフレッドでございます。何かありましたら気兼ねなくお申し付けください」
そうしてニア様のお出迎えの日。
サーシェス様は立ち会わず早朝仕事に向かわれてしまった。
アルフレッド様の背中越しにニア様の様子を盗み見る。
思わず声が漏れそうになった。
こんな美しい人がこの世にいるのか、と目を見張ってしまった。
「こちらは奥様付きの専属侍女」
「イナでございます」
ニア様の視線が私に向く。
「イナは異大陸の生まれでございます。幼く見えますが旦那様よりも年齢は上でございます」
大体の貴族は私たち異大陸人を見るとあからさまではないにしろ、多少顔をしかめる。
しかしニア様はその表情を変えることはない。
その表情からは一切の感情を読み取ることができない。
ニア様付きになって数日。
通常の侍女業務をこなしながら、ニア様の調査並びに護衛業務。
簡潔に結果を言えば異変なし、でした。
サーシェス様の危惧していたフィッツロイ公爵の介入もなく、ニア様自身にもおかしなところはなかった。
「変ったことは起きないけれど、変わった人だよね」
「確かに」
夜、アルフレッド様への報告を終えて自室に戻るとロカ、ハナの姿。私がニア様のお傍仕えしている間、陰ながら周囲の監視を行っている。
「二人とも気を抜かないで」
「イナ姉は気を張り過ぎだよ」
「ハナ」
ハナは実力で言えば姉妹の中でも抜けているのだが、どこか性格にムラっ気がある。少しお説教が必要なようだ。口を開きかけた瞬間、ロカが口を挟む。
「イナ姉さん」
「なんですロカ」
「明日のフィッツロイ公爵派閥の調査業務。私と交代していただいてもいいですか?」
「ロカ?」
「明日は私がイナとしてニア様にお仕えします」
「ん? ロカ姉は何か気になることあるの?」
「そうなのロカ?」
しかしロカは首を横に振った。
「いいえ。ですけれど、少し気になることがあるんです」
気になること。
ロカと同じく影から警護をしていたハナに視線を送るが、彼女は首をひねる。
「わかりました。でしたらローテーションを変えて明日はロカとハナでニア様の周辺を固めてください」
「え? ニア様に見破られた? そんなことあるわけ」
公爵派閥の調査任務から帰った私にロカとハナが告げた報告に思わず声が出た。
しかしハナはともかく生真面目なロカが冗談など言うはずがない。
「本当だよイナ姉。というかニア様って相当ヤバいね。私とロカ姉を見てなんて言ったと思う?」
「ニア様は『確かに言われてみれば目元とか少し似ているわね』と私とハナを見ておっしゃりました」
は? 少し似ている?
「はははっ、イナ姉驚きすぎて声も出ないみたいだね。そうなんだよ。ニア様の目には私たち姉妹は言われてみれば似ている程度らしいんだよ」
混乱する頭を落ち着かせるためにひとつ息をついて、ロカを見ると、肯定するように頷いた。
「ニア様は一目で私がイナ姉さんではないことを見破りました。アルフレッド様のように動きの癖などからでも、ご主人様のように心を読んだわけでもありません。見て判別したのです」
「そんなのは不可能でしょう。母さんだって私たちのことはわからなかったのに」
「けれどニア様は違いました」
それは侍女である前にレッドメイン侯爵家の諜報員としては落ち込むことなのかもしれない。
なのに、その時私の心の中に芽生えた感情は別のものだった。
それは妹たちも同じだったろう。
報告する妹たちの顔にはそれらの感情がありありと浮かんでいたんだから。それもそうだ。妹たちは常にイナとして、私として生きてきたのだ。
私が私以外の人間が私になるのを見なければいけないのと同じく、彼女たちも自分を捨ててきたのだ。
「主様はどうやらとてもいい掘り出しものを見つけたようだよ」
ハナの言い方は不適切だけれど、この時ばかりは頷かずにはいられなかった。
あの美しい方の瞳には確かに私――イナ・ルーが映っているのだ。
「それでは三人でサーシェス様へ報告に向かいましょう。この仕事だけは、ニア様の専属侍女だけは誰の手に譲るわけにもいきません」
イナ、ロカ、ハナ。『いろは』三姉妹です。
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