06
はい、そんなわけで夜会当日。
色々大変でした。
そりゃもう大変な日々でした。社交の場に一度も出たことがない、と正直に伝えれば翌日から執事のアルフレッドからマナー教育。イナ、ロカ、ハナの侍女三姉妹も侯爵家の侍女として私以上に礼儀作法は詳しくて色々教えてくれたわ。
侯爵夫人としての及第点を頂いて乗り込む戦場。
馬車の車窓から王宮を仰ぎ見れば夜空に淡くライトアップされた白磁の城。
様々な装丁に飾られた馬車が吸い込まれていく。
「物珍しいのはわかるが、仕事は忘れないでくれ」
旦那様が向かいの席でしかめっ面をしている。
疲れないのかしら。
「わかっています。お任せください」
これまでの特訓の日々。大丈夫、私やればできる子よ。
「さぁ、行こうか」
馬車が止まり、先に降りた旦那様がエスコートのために手を差し出す。
「は、はい」
その手に手を重ねる。
思えば初めて旦那様に触れたわ。
まるで絵画からそのまま飛び出したか、突然動き出した彫像のような旦那様。だけれど、その手は意外とゴツゴツしていた。その、あれ、裸はみたことないけれど筋肉もしっかりとついているのかしら。仕事ばかりで不摂生している、と思ったけれどしっかり体力があるからそんな無理をしても病気にならないのね。
旦那様にエスコートされ入場した夜会会場。
「まぁ」
思わず声が漏れる。
これが王宮の夜会。
すごい。すごい。素晴らしいわ。
まるで天まで続くかのような吹き抜け。遥か天井からは沈んだ太陽を盗んできたかのような眩い光。壁に飾られている調度品もとても質がいい。さらにはこの空間に負けない煌びやかな衣装を着た参加者たち。
すごいわ。フィクションだと思っていた世界がこうして目の前に。
「さぁ、行くぞ」
思わず立ち止まって見入っていたら旦那様に促されてしまった。
ダメダメ。
顔を引き締めないと。
実家にいた頃はすぐに思ったことが顔にでると注意されていたわ。侯爵家に来てからはそんな注意されることもなかったから、緩んでいたわ。
はっ。
イナたち三姉妹がたまに私の顔をじっと見つめていることがあるけれど、それって『こいつコロコロ表情変わるなぁ』みたいな感じで珍獣を見るように観察されていたのかしら。
「サーシェス・レッドメイン侯爵。ならびにニア・レッドメイン侯爵夫人ご入場」
会場中の視線がこちらに集まる。
なるほど。
ご令嬢たちの黄色い視線が旦那様に集まる。流石に王宮の夜会に招かれるような家のご令嬢。不躾に嬌声をあげるようなことはない。しかし声をあげずに歓声を上げる、という妙技を見せてくれている。
次いでそれら旦那様に向いていた視線は私に集まる。
対人素人の私でもわかるわ。
それぐらいわかりやすい敵意、嫉妬、羨望、なんか浴びたくない様々な感情のこもった視線を浴びている。
「あら」
しかしそれらの視線はすぐに霧散する。
どう考えても答えはひとつ。
『この程度、私なら勝てる』といったところでしょうね。
ええ、ええ、自分でもわかっておりますとも。そんなどこぞの国のお姫様でもなければ、上位貴族家の深窓の令嬢というわけでもない。貧乏伯爵家の引きこもりだもの。
この上質なドレスも着こなすというよりも、完全に着られているわ。
会場に踏み入れれば、たくさんの人々が挨拶に集まってくる。
「こちらが噂の奥様ですか」「ミークリヤ伯爵家のご令嬢だとか」
笑顔の仮面の下から値踏みするかのような視線。そんな貴族の男性方のそばに控える令嬢からは敵意の籠った眼差し。
これも私のお仕事。実家の借金代金分は頑張らなければいけないわ。
ミークリヤ家の秘技、愛想笑いを顔に張り付けてお仕事よ。
「ニア・レッドメインでございます」




